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混合診療解禁で医療はどうなるのか(下)
歯科差額、差額ベッドの歴史は何を語る
 前回は、混合診療とは何か、解禁を求めている財界のねらい、などにふれた。混合診療解禁をめぐる論議は、その定義を含めて混乱している部分もある。今回は、規制改革・民間開放推進会議が要求している内容、歯科差額と差額ベッドの教訓、特定療養費など現行の保険外負担をどうするか、を考えたい。
(N)

全面解禁には健保法改定が必要

 全面解禁とは、前回紹介した(1)保険診療と保険外診療の併用、(2)法定の一部負担金以外の割増料金などの徴収、を全面的に自由化することである。
 そのためには、前回紹介したように、健保法の「療養の給付」(現物給付)規定を変更し、「療養費の支給」に改めなければならない。
 介護保険は、「費用の支給」と規定されているので、「上乗せ」「横出し」など給付対象外のサービスを併用して提供することが認められるとともに、保険外負担の徴収が可能とされている。
 混合診療禁止の法的根拠については複雑な議論はあるが、厚生労働省は一貫して、混合診療は法律上禁止という見解を示してきた。
 裁判所の判例では、1989年に東京地裁で、現行の健保法は混合診療を特定療養費に限定している、との判決が下されている。
 国民皆保険制度の根幹にかかわる問題であり、厚生労働省の通知や解釈で認められるという性格の問題ではない。当然、国会での健保法改定の審議が必要である。

規制改革・民間開放推進会議の要求と問題点

混合診療が容認されるべき具体例
(規制改革・民間開放推進会議「中間取りまとめ」より)
●専門医の間で効果が認知されている新しい検査法、薬、治療法
□有効性が認められる抗癌剤など医薬品の保険適応外の症例への使用
□保険未収載の確立された治療法の実施
□保険未収載(未承認)の医療材料の術中使用等

●一連の診療行為の中で行う予防的な処置、保険適用回数などに制限がある検査
□入院中患者が行う検査・検診(心臓病患者の希望する胃検診など)
□老齢者に対する肺炎球菌ワクチン予防接種(疾病治療時に患者が希望した場合)
□分娩前の脊椎二分症等予防のための葉散服用(疾病で入院中の妊婦に対する予防的処置)
□ピロリの除菌(3クール目以降の除菌)
□腫瘍マーカー(月1回を超える腫瘍マーカー検査)

●患者の価値観により左右される診療行為
□乳癌治療による摘出された乳房の再建術(同時手術/一連の手術の乳房再建部分)
□舌癌摘除後の形成術(同時手術/一連の手術の再建部分)
□PPH法による痔治療[自動縫合機による直腸粘膜切除術](早期退院/保険適用するまでの避難的な措置)
□子宮筋腫の動脈閉栓療法(早期退院/保険適用するまでの避難的な措置)
□盲腸ポート手術(保険適用するまでの避難的な措置)

●診療行為に付帯するサービス
□外国人患者のための通訳(病院が用意した場合の通訳)
□国の基準を超える医師・看護師等の手厚い配置(基準を超える部分の人員サービス分)
 前回もふれたように、規制改革・民間開放推進会議が、8月3日に発表した「中間とりまとめ」では、「今年度中に措置」として「『混合診療』を全面解禁すべきである」とした上で、「その際、以下の措置から早急に講ずべきである」と、以下の2つの事項を提起している。
 第1は、表の「混合診療が容認されるべき具体例」である。
 この中の事例については、専門医会からも批判の声が挙がっている。
 外保連の出月康夫会長は、10月21日の専門紙との会見で、乳がん治療により摘出された乳房再建術や舌がん摘除後の形成術、PPH法による痔治療などは「すべて外保連としてこれまでに『保険に入れてくれ』と要望しているものだ」と述べ、これらの治療法はエビデンスが確立しているもので「高度先進医療でも何でもない。かえって自由診療にしてはいけないものだ」と強調したと伝えられている。
 「保険適用回数などに制限がある検査」についても、専門医会や学会などの意見をふまえて、有効なものについては制限の緩和・撤廃を行うべきである。
 なお、特定療養費の枠を超えた混合診療の解禁を求めている同会議であるが、ここで挙げられているものは、その是非は別として現行の特定療養費で対応できるものや、費用の徴収が認められているものである。
 第2は、「一定水準以上の医療機関」における混合診療の全面解禁である。
 10月22日に行われた推進会議と厚生労働省の公開討論によると、「一定水準以上の医療機関」とは、特定療養費の高度先進医療を取り扱う特定承認保険医療機関だけでなく、診療所や中小病院も優秀な技術を持っていれば対象にする考えである。
 これは、現行の特定療養費制度の枠を超えた提起であるが、推進会議は、なぜこれを要求するのだろうか。もちろん、混合診療の全面解禁に向けた突破口という位置付けはあるが、もう1つ重視する理由としては、医療特区での株式会社の医療機関経営参入との関連が考えられる。
 医療特区での株式会社の参入は、自由診療で「高度な医療」に限定されている。自由診療ということなので、株式会社病院が取り扱ってきた「高度な医療」が特定療養費の高度先進医療の対象になった場合は、取り扱いができなくなる。
 このように制限が厳しいために、10月末の段階では開設申請はゼロである。11月にも受け付けるが、それでも申請が少ない時は、1年後に規制を見直す予定である。「一定水準以上の医療機関」を医療保険の中で特別扱いすることによって、そこへの株式会社の参入を認めさせようというねらいがあるのではないだろうか。
 「一定水準以上の医療機関」における混合診療の全面解禁が、厚生労働省の通知や解釈で可能なのか、法律改定を必要とするのかについては、厚生労働省も現時点では未検討と回答しており、不明である。しかし、特定療養費の枠を超えて混合診療を認めるのであれば、これも当然、国会審議を経るべきである。

歯科差額、差額ベッドの歴史的教訓

 混合診療が解禁されると医療はどうなるのか、このことを考える上で、参考になるのは、歯科の差額徴収と差額ベッドの事例である。解禁論者は、「患者が治療法を幅広い選択から選べる」「未承認薬などの制約がなくなる」というが、果たしてそうであろうか。
 歯科では、1976年まで20年以上、金合金や白金加金、金属床等を使用した歯冠修復、欠損補綴など広い分野にわたって、厚生省(当時)の通知によっていわゆる「差額徴収」(保険請求は保険適用のもので行い、それとの差額を徴収する)という混合診療が認められてきた。
 それでは、この混合診療の時代に、歯科の保険診療は拡充したであろうか。実態は逆である。

 図のように、歯科の保険医療費が国民医療費の13%から8.6%にまで落ち込んでいる。さらに、「選択の幅が広がった」と患者に喜ばれるどころか、70年代に入ると「高い治療費」「違法徴収」「悪徳歯科医師の横行」などと社会問題化し、とうとう1976年6月に厚生省が「原則的に廃止」する通知を出したのである。
 差額ベッドは、1961年の皆保険成立以前からある歴史の長い混合診療である。この存在が、日本の療養環境改善の障害となってきた。1984年の特定療養費導入以降の推移をみても、導入当初は個室・2人部屋で病床の2割という規定であったものが、現在では4人部屋まで認められ、一般病院では病床の5割まで可となっている。
 規制緩和がこのように進む一方で、診療報酬の入院室料(現在は入院基本料に包括)は改善されず、低診療報酬の下で差額ベッド料は、それを補い医療機関の経営を支えるものとなっているのが現実である。
 以上のことからも明らかなように、混合診療が導入されると、その部分の保険給付(診療報酬)の改善は遠のき、保険外負担を前提にした体系ができてしまうというのが歴史の教訓である。

現行の問題点をどう解決するか

その1 検査・投薬の回数制限や包括点数の不合理を是正する
 規制改革・民間開放推進会議の「中間とりまとめ」でもふれられた、保険適用回数などに制限のある検査・投薬や包括点数によって算定が認められていない医療材料の取り扱いは、医療担当者として不合理を感じる部分である。
 こうした矛盾は、診療報酬を改善することにより解決すべきであり、混合診療で別途料金徴収を認めるとそのまま固定されることになりかねない。このことは、患者の立場からも不利益である。

その2 特定療養費の取り扱い
 特定療養費については、保険給付の改善を進め、縮小・廃止の方向をめざしつつ、当面、次の対策が求められる。
(1)選定療養について
●これ以上、新たに対象拡大を行わない。
●「患者の選択」という導入の主旨から逸脱した180日超の入院については、速やかに廃止する。
(2)高度先進医療について
●これまで対象になったもので、その後保険適用となったのは、四割程度といわれている。特定療養費の対象となった後、安全性、有効性が検証されたものは、速やかに保険適用を行う。
●保険外負担部分(平均で約32万円)の負担軽減措置を検討する。
●試験的段階のものについては、保険財政でなく学術・研究費として公費負担の導入を検討する。

その3 未承認薬の取り扱い
 外国で承認されていて日本で未承認の薬や治療法などの使用については、現行の特定療養費制度の活用、公費負担の適用など、混合診療解禁とは別の問題として、解決策を検討する。


−全国保険医新聞2293号より転載−