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歯科と介護保険--新予防給付をどうみるか

保団連介護担当理事 賀来進


 介護保険法見直し案の中で、新予防給付が喧伝され、歯科においては口腔機能の向上が取りざたされている。施設・在宅における口腔ケアの現状から介護保険法案における口腔機能の向上を検証し、真の口腔機能の向上に必要な施策とは何かを考えてみた。

口腔ケア重要性の指摘

 介護等における口腔ケアの重要性のみならず、全身の健康における口腔ケアの役割の重要性が指摘されて久しい。

 例えば、日本歯科医学会第20回総会を記念して上梓された『歯の健康学』(岩波新書)の「6 口と全身の健康」の中でも、厚生労働科学研究で行われている口腔と全身の健康に関する調査結果が解説・紹介されている。

 表題のみ紹介すると、「義歯では噛めていなかった(平成13年度「厚生科学研究」)」、「誰も知らなかった元気の秘訣(平成13年度「厚生科学研究」)」、「歯が予防するアルツハイマー型痴呆(平成11年度「厚生科学研究」)、「命を狙う日和見菌、命を狙う歯周病菌(平成13年度「厚生科学研究」)」、「口腔ケアで肺炎予防(平成9年度「厚生科学研究」)、「寝るときに義歯をどうするか?(平成14年度「厚生労働科学研究」)」、「歯周病を治療したら糖尿病が改善できた(平成15年度「厚生労働科学研究」)」、「歯の治療で元気になった障害高齢者(平成15年度「厚生労働科学研究」)」など、どの報告も口腔ケアの重要性や口腔機能の維持・改善が全身の健康保持にも重要な役割を果たすことを、いわばEBMやEBHで実証している。

施設、在宅の口腔ケアは不十分

  実際に在宅や施設の医療・介護の場で、口腔ケアはきちんと行われているのであろうか。結論は、一部で献身的な努力もされ、その結果全身の健康や要介護状態に対して、好結果を生んでいるが、全体としては十分に行われている状況にない。

 例えば、施設ケアについていえば、菊谷日本歯科大学歯学部附属病院口腔介護・リハビリテーションセンター長は、「介護老人福祉施設などにおいては、摂食・嚥下機能の評価や診断が適正に行われていない場合が多く、また、低栄養が引き起こす問題点等に対する施設職員の知識も乏しい」(「特別養護老人ホーム職員の摂食・嚥下障害に対する意識・知識調査」「障害者歯科」)と指摘する、菊谷氏は、「要介護高齢者に対して行う専門的口腔ケアは気道感染予防を目的とした器質的口腔ケアに注目が集まっている。これに加え、食べる機能の賦活化を目的とした機能的口腔ケアは高齢者の栄養改善のストラテジーとして重要である」(「歯界展望」2005年2月号)と強調している。

 このように病院を含め介護施設における歯学的口腔ケア管理が必要である。

 在宅においてはどうか。介護保険の居宅療養管理指導の前提である在宅歯科医療については、「医科診療所の往診・訪問件数は、歯科診療所のおよそ5倍の件数である」(石井拓男「歯界展望」別冊「長くかかわる歯科医療の実践」の「これからの歯科医療の方向性」)と指摘されており、在宅においても、歯科の専門的な口腔ケアは十分行われていない。

 従って日本歯科医師会が調査した「歯科医師・歯科衛生士の行う居宅療養管理指導の請求状況」によれば、1カ月あたりの居宅療養管理指導費の請求機関数は、全歯科医療機関6万6611施設のうちの僅か3・2%、2129施設に過ぎない。役割の重要性にもかかわらず、施設にしても在宅にしても十分に口腔ケアが行われていない。その主な原因として次の三点が指摘できる。

 第一点は、在宅歯科訪問診療の評価が実態と異なり、制限が強化され、在宅歯科訪問診療を望む患者等の要望にこたえられない問題である。

 第二点は、施設においても居宅においても歯科の医学的口腔ケアに対する評価が低いことである。このような歯科医学的、専門的な口腔ケアの不十分さがある。

 第二の点とともに、第三点は、介護保険において、介護認定における歯科医の主治医の意見書が出せない問題、認定調査票における口腔に関する調査項目の不十分さの問題がある。認定調査票における口腔に関する調査項目は、洗顔、整髪、

つめきりなど身の回りに関する項目と一緒にされて口腔清潔が盛り込まれている。介護保険法見直しのために行われた介護予防市町村モデル事業の口腔ケアにおける「口腔アセスメント」と比べてみると格段の差である。

見直し案では解決できない

 介護保険法見直し案はこうした問題点を解決するものとなっていない。

 介護認定にあたっての歯科医師の主治医の意見書については法案に書き込まれていない。また介護保険法見直し案の目玉として喧伝されてきた新予防給付における政府のねらいは、新予防給付の対象者を現行の要支援および要介護1まで拡大し、新予防給付に区分された要介護1の者の施設サービスを制限しようというものである。

 そのメニューの一つとしての口腔機能の向上については、国会に上程された法案の新規介護予防サービスの中には書き込まれていない。

 厚労省担当官の説明によれば、「口腔機能の向上」は筋トレや栄養改善も含めて、法案成立後における介護報酬におけるデイサービスや居宅療養管理指導の検討段階で検討すると答えている。また法案では、新予防給付のマネジメントは地域包括支援センターの保健士等が行うとされ、日常診療の中で口腔にたずさわっている歯科医師や歯科衛生士がどこまで口腔機能の向上に関与できるかは不明である。

 さらに、施設や在宅における口腔機能の向上の評価、在宅歯科訪問診療を需要や実態にあわせて抜本的に改善するか否かの問題についても、厚労省は、今の段階では全く明らかにしていない。

歯科訪問診療の抜本的な改善を

  口腔機能を真に維持・向上させるためには、以上述べたような介護保険法見直し案の内容でなく、公衆衛生としての予防、手技の保障としての診療報酬、ケアとしての介護保険の各々の守備範囲を明確にするとともに、互いに連携を強めながら、次のような改善が必要である。

 第一は、在宅歯科訪問診療の参考とされている日本歯科医学会の「歯科訪問診療における基本的な考え方」を実態と需要にこたえられるよう抜本的に改善すること。

 第二は、施設・在宅において歯科医学的に口腔機能の維持・向上の管理ができるよう、例えば「歯学的管理料」(仮称)を新設するなど、診療報酬上の評価を行うこと。

 第三は、介護の口腔ケアについては、介護予防市町村モデル事業の成果を十二分に取り入れ、歯科医師、歯科衛生士も参加し、医師、看護師、保健士、栄養士、介護福祉士、言語療法士、ケアマネジャー等がチームを組んで、お互いに専門性を出し合って行える施策を公費で充実させること。

 第四は、介護認定にあたっての主治医の意見書を歯科医師も出せるようにすること。

 これらを総合的・有機的に結合し、展開できることによって、真の口腔機能の向上が保障できるのである。