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社会保障「総額管理」が狙うもの

保団連政策部長 津田光夫


 社会保障制度の「一体的改革」論議が進む中、財政制度審議会や社会保障審議会では、社会保障給付費をめぐって伸びの抑制、総額管理などの意見が出されている。

 主として経済財政諮問会議からの強い要求の形を取っており、同会議は6月21日答申予定の『骨太方針2005』にその方向性について明記する方針で臨んでいる。

 給付費の5割を占める年金には、2004年の制度改定で社会全体の保険料負担能力の変動に合わせて給付を管理する仕組み(マクロ経済スライド方式)が導入されたため、実際上、議論の俎上に上っているのは、公的医療保険の給付抑制問題となっている。

 経済財政諮問会議での議論内容も、総額キャップ制を主張する民間議員など同会議側に対し、それとは違う方法でと主張する厚労省側との、「抑制」は同じだが、目標や手法についての意見の対立と捉えることができる。

 何が議論されているのか

  経済財政諮問会議側の主張の要点は以下のようなことである。

 従来のような、医療や介護サービスの必要量の積み上げでは将来の給付費が増大する。給付費に指標を設けて伸び率を管理すべきである。そして、団塊世代の高齢化に伴う負担を回避する仕組みとして、来年からの5カ年計画を今年中に策定することにする。

 その柱には、@医療サービス向上プログラムの策定(生活習慣病への取り組みなど健康増進・予防施策、医療の標準化・IT化等)、A診療報酬・介護報酬の改定方式のルール化(GDPの伸び率とリンクするマクロ経済スライド方式の導入)、B公的保険給付範囲の見直しや患者負担の見直し、などを組み込む。さらに診療報酬については、8300項目全体の見直しを掲げ、来年の改定はその第一歩とし、中医協についても権限の限定や委員構成の見直しなどを行ってその役割を縮小させる、ことなどである。

 これに対し厚労省は、財界が提唱する名目GDPの伸び率の範囲内に抑え込む総額管理には反論を示しつつ、@短期的に効果の現れる取り組みとして、公的給付範囲のあり方の検討など、A中期的に効果の現れる取り組みとして、医療機能の分化・連携の推進、平均在院日数の短縮などをあげ、さらにB長期的に効果の現れる取り組みとして、生活習慣病予防の推進、という三つの柱による「医療費適正化」の方向性を示し、2025年にはこれらの効果として、7兆7000億円の医療費削減(医療給付費で6兆5000億円)が可能との試算を発表している。

 また、短期で効果の現れる抑制策も作れとの求めに応じて、@長期入院の居住費、食費の自己負担化、A例えば千円など一定額以下の医療費給付外しを図る免責制度の導入、B高齢者自己負担の2割への引き上げ、C高額療養費の見直しなども盛り込むとしている。厚労省は、これにより医療費総額の1割が圧縮できるとしている。

 これまでは諸制度ごとに進んできた給付抑制

  こういった、医療も含めた社会保障費の総額を抑制しようとする考え方は、今回始まったものではなく、これまでも繰り返し政府・財界の側から医療・介護・年金など各種の分野で提案され、一部は実施もされてきた。

 例えば、1988年「地域医療費適正化プログラム」として出された国保医療費適正化対策は、医療費引き下げの自治体間競争をあおり、際限のない「蟻地獄」へ自治体の給付を削らせるものとして批判を浴びた。

 また、2000年から始まった介護保険は、医療における現物給付とは違って、療養費を定額で支給する仕組みで作られており、その額も要介護認定によって第三者が決定するようになっている。そして、今回の制度改定では、さらに軽度介護者の給付はずしや予防という名目での給付対象者のスクリーニングなど、新たな抑制手法が導入されようとしている。

 2001年には高齢者医療費の伸び率管理・医療費総枠管理の方針が出され、国民の大きな反対運動の展開の中で、日本医師会からも「憲法違反の疑いあり」との声が出され(フランスでは違憲判決あり)いったんは立ち消えになった。

 そのほかにも、先述したような年金の物価スライド制からマクロ経済スライド制への転換(2004年)や、来年に予定されている医療保険制度改革における都道府県単位での医療費適正化計画策定など、社会保障費用の抑制にかける政府・財界の執念は並々ならぬものがある。

 「一体的改革」段階に呼応した総額管理の意味

  こういった各分野別の給付抑制の仕組みを一本化して抑えこもうとするのが、「総額管理」の考え方だが、現段階でこれを見るにあたっては、二つの視点から見ておく必要がある。

 一つは、「構造改革」路線に基づく社会保障制度改革が、分野別の改革段階から総合的な改革段階に移行しつつあるという点である。そのため、社会保障制度は全体として「保険主義=負担なければ給付なし」と「公私二階建て化」という考え方で捉えなおされ、国や企業の負担を軽減しつつ、市場化する仕組みへと「一体的」に転換させられようとしている。

 従って、「総額管理」も単純に額を削るだけの話ではなく、それによって制度の全体が、社会保障本来の普遍性や公平、平等といったあり方を否定した、市場原理への制度に切り替えることが狙われている。

 それとの関連で第二の視点として、医療保険制度の「いつでも、だれでも、どこでも、必要な給付が受けられる」といったあり方は、「保険主義」や給付の格差化などとは相容れないということである。

 この社会保障理念を体現している医療保険制度の姿を、市場原理に変えようという流れの具体化が、厚労省提案においても図られようとしている点を見ておかなければならない。

 善意の人たちは、一体的に改革され総合的に管理されれば、複雑な諸制度間での給付調整が行われ、無駄もなくなるのではないかと期待を抱くが、社会保障や医療に「保険主義」を徹底し、民間保険と同様な考え方で運営しようという流れが目指すところは、国民の自己責任・自己管理であり、国の責任の回避が巧妙に仕組まれていることを指摘せざるを得ない。 

 国の責任の回避が狙うところは、多国籍企業の社会的負担の軽減であり、社会保障分野の市場化を促進し、そこで、企業が「自由に」利益追求ができるようにするための社会的規制の撤廃、すなわち企業の社会的責任の撤廃や規制の撤廃にあることを忘れてはならない。

 世論形成が急務--社会保障本来のあり方を

 こういった動きには医療界からも急速に反対の動きが広まっており、4月の日本内科学会の『医療サミット』では、日本の医療界を代表する高久日本医学会会長、黒川日本学術会議議長、岸本前大阪大学教授の3人が、医療の危機的状況を指摘して「日本の医療は本来70兆円規模が必要で、現状との開きが混合診療や医療費抑制の発想を生んでいる。命に関する限り、国民が同じ恩恵を受けられるよう国は最大限の支援をしなければならない」と訴え、そのための「医師の団結」を呼びかけた。

 医療は社会的な「共通した資本」であり、地方自治3団体(町村会、市長会、知事会)の関係者も、「財政論ばかりで議論すると人の命は2番目におかれて、これだけの財源しかないから、これだけの治療しかできないということになる。間違った議論だ」という声を大きくしている。

 「総額管理」導入を許さないという一致点での国民的な合意を目標に、小泉『構造改革』そのものへの批判を強め、医療に携わるものとしてこの国の医療の将来をどう展望するのか、保団連が『医療保険再建プラン』や『医療制度改革提言・2005』で示した社会保障理念や「憲法25条に基づく医療」を基礎に、すべての国民、日本医師会・日本歯科医師会との共同行動を含めた運動の構築が求められる。