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□政策解説

社会保障の実質「改憲」--怒らぬマスコミ

保団連理事
杉山正隆

各地で「改革」の被害者が続出している。大田区では77歳と76歳の夫婦が介護を苦に自殺。障害者自立支援法での負担増に悩んだ母子心中事件もあった。自殺者は8年連続で3万人を超える中、小泉首相の医療改革はこれからが本番。今国会では医療改革関連法案がまともな審議もされずに成立目前だが、問題点を指摘する報道はあまりに少ない。格差が広がり負担ばかりが目立つこの国は一体どこに向かおうとしているのか。

医療現場は相次ぐ制度改定で疲弊しきっている。追い討ちを掛けたのが4月実施の「診療報酬改定」だ。単に治療費を決めるものと思われがちだが、通知文書は電話帳の厚さにもなる。保険治療が認められる患者や回数など詳細な規制を加え、医療の「質」を決定付けるものだ。

混乱を極めているのが「歯科」だ。50項目で患者への「文書交付」が義務化され、渡さなければ保険治療と認められなくなった。医師でもある桜井充参院議員が全国調査を呼びかけ、2週間で全国の1700人余の歯科医師から回答があった。1日に94分が文章作成に取られるという。

5月17日の参院行政改革特別委員会で桜井議員は「余計な文書提供で待ち時間が増え患者も迷惑している。現場の声を聞いていない」と指摘。川崎二郎厚生労働大臣は「患者への情報提供の観点で導入した。実態の検証はする」と答えるにとどまった。

リハビリには脳血管疾患で180日、心筋梗塞では150日など日数制限が新設された。東京大学の多田富雄名誉教授が朝日新聞にリハビリ患者の立場から「今回の改定は『障害が180日で回復しなかったら死ね』ということも同じ」と投稿。だが、厚生労働省の麦谷医療課長は「効果が明らかでないリハビリもあり、日数制限を入れた。多田さんのケースは従来通りであり、通知を丹念に見れば分かることだ。投稿の掲載を許した朝日新聞は『誤報』であり抗議した」と不満顔だ。

4月改定にもかかわらず、厚労省からの通知などが後手にまわり、内容も分かりにくかったことが混乱に拍車をかけた。川崎厚労大臣が中医協に諮問したのが1月11日。骨格を示す「大臣告示」は3月6日にずれ込んだ。局長通知、課長通知、管理官通知、疑義解釈、記載要領など様々な通知文書が発布され、新しい制度が始まった4月以降も大臣告示・通知の訂正や疑義解釈が相次いだ。

麦谷医療課長は「改定過程の議事録は公開し、複雑だった『点数表』も簡素化した。全体ではマイナス3・16%だが、メリハリも付けられ良い改定だった」と自賛する。「医者の中にはよく分かってないのもいるので疑義解釈を出してより明解にした。学会などからのクレームはない」と強弁した。

医療改革関連法案は、高齢者の負担を2割か3割に引き上げ、長期入院高齢者の食費などを全額自己負担化。保険での治療は最小限にして自己負担を拡大する「混合診療」が始まり、アメリカ資本の民間保険会社のビジネスチャンスが到来したといえる。

保団連の住江憲勇会長は「年金、介護、医療など国民の生命と健康を守る社会保障を空洞化する『実質的な改憲』が総仕上げの様相だ。何としても阻止しなければ」と訴える。危機感の希薄なメディアは「御用ジャーナリズム」のそしりを免れないだろう。