後期高齢者医療制度、負担と給付はどうなるか
4月1日から後期高齢者医療制度が実施された。同制度をめぐっては、2月28日に野党4党が「後期高齢者医療制度廃止法案」を提出したほか、3割近い自治体(546自治体)で見直しを求める決議が採択されている。実施目前になるほど怒りがわき上がる同制度。なぜ実施されなければならないのか、厚生労働省のねらい、問題点を探った。
ねらいは医療費削減
なぜ75歳以上の人のみを集めた制度として独立させたのか。そのねらいは、1947〜1951年生まれの“団塊の世代”が高齢化のピークを迎える2025年に向けて、医療給付費をいかにして削るかにある。
厚生労働省は25年度の医療給付費を、56兆円から48兆円に8兆円削減し、そのうち5兆円を後期高齢者医療で削ろうとしている。
4月から法律と制度が変わり、「老人保健法による老人保健制度」から、「高齢者の医療の確保に関する法律による後期高齢者医療制度」となった。老人保健法第1条の「目的」にあった「健康の保持」が削られ、代わりに「医療費の適正化の推進」の文言が加わるなど、法律の目的が大きく変わった。
指摘される多くの問題点
○運営主体
運営主体と財政責任は、現在の市町村から、都道府県ごとに全市町村が加入して設置された「後期高齢者医療広域連合」に変更された。地方自治法に基づく特別自治体で、広域連合長と議員を選出したが、独自の財源を持たず、議会も年間で数日間程度しか開かれていないのが現状だ。
○医療給付の財源
医療給付に要する財源は、後期高齢者が納める保険料が1割、健康保険や国民健康保険からの支援金が約4割、国と地方自治体の公費が約5割―という負担割合が法律で決められた。
○保険料は右肩上がり
高齢者の人口が増えていくと、後期高齢者の保険料で賄う割合が増えていくことになる。厚労省の試算では、2015年度に保険料で賄う割合は、2008年度の10%から0.8ポイント増加して10.8%になる。今後、わが国の高齢化は避けられないので、保険料は右肩上がりで上昇することになる。後期高齢者の支払能力に応じた負担とはなっていないため、2年ごとに行う改定で、保険料の引き上げが困難になれば、医療給付の制限に向かわざるを得ない。事実上のキャップがかぶさる効果が出る。
○保険料は年金から天引き
全員がもれなく亡くなるまで保険料を納めることになる。保険料の減額措置はあるが、免除することはないので、必ず保険料を払い続けることになる。
また、受給する年金が毎月1万5千円、年間で18万円以上の人は、機械的に年金から天引きされる。高齢者の生活を保障すべき年金から保険料を一律に天引きすることは、生計費は非課税という原則に抵触するものである。
○保険証の取り上げも
窓口で保険料を納める場合、保険料の滞納が4カ月続けば「短期保険証」を発行し、1年を経過しても「特別な事情」が認められないときは、保険証の返還を求め、10割患者負担となる「資格証明書」を発行する。
さらに、1年6カ月たっても滞納が続くと、「保険給付の一時差し止め」まで行うことを法律で決めた。老人保健法では「資格証明書」の発行は実施していなかったことと比べると、あまりにも苛酷な仕打ちだ。少なくない後期高齢者が、年々高くなる保険料を、介護保険料とあわせて支払うことになる。
○新たな矛盾が
75歳の健保本人に、74歳以下の扶養家族がいると、その家族は会社の健康保険を脱退しなくてはならない。そして、新たに国保に加入すれば、国保料を納めることになり、保険料が丸々負担増となる。また、保険料は個人単位で支払うが、保険料の軽減措置の判定は、世帯単位とされており、後期高齢者本人の収入に、世帯主などの所得が合算されてしまう。このため、本人の収入だけならば、保険料の軽減措置が受けられるのに、合算によって軽減が受けられないケースが出てくる。
○健診は努力義務に後退
老人保健法による基本健診は廃止され、後期高齢者の健診の実施は、各広域連合の努力義務とされた。厚労省は、血圧やコレステロールを下げる薬、インスリン注射または血糖を下げる薬を使用しているときは、健診の対象者から除外するよう各広域連合に示した。
徳島県の広域連合では、過去1年間に医療機関にかかった人まで健診の対象者から除いたため、健診が受けられる後期高齢者は全体のわずか3%強に限られる。
○支援金と保険者へのペナルティ
健康保険や国民健康保険の加入者数に応じて支援金の額が決まる。厚労省の試算では、加入者1人当たりにならすと約4万円になる。扶養家族である赤ん坊も1人が4万円を納める勘定になる。厚労省は、この支援金を最大で10%加算するペナルティと、特定健診・特定保健指導の実績を連動させる仕組みを導入した。那覇市国保では、10%と仮定した加算額が4億6千万円になると試算している。
○国保料の引き上げや都道府県の負担増
保険料収納率が高い後期高齢者の脱退、後期高齢者医療への支援金、特定健診など保健事業費等の影響で、国保料を引き上げる動きが全国的に広がっている。国保料を据え置く市町村でも、繰越金や基金の取り崩しで対応しているのが実情だ。また、都道府県の負担も老人保健制度に比べて増加する見通しで、県財政を圧迫することになる。
診療報酬改定への影響
○「後期高齢者診療料」の導入で医療費抑制
外来医療では、慢性疾患を有する後期高齢者を対象として、後期高齢者診療料が導入された。対象となる疾患のうち「主病」を診る1人の医師がこの診療料を算定できる。「主病は1つ」という考え方が持ち込まれた。厚労省のねらいは、1人の主治医に、複数の疾患を同時に持つ後期高齢者の患者情報を集約し、継続的・総合的な「管理」をさせることで、なるべく複数の医療機関を受診させないようにして、医療費を抑制していくことだ。
また、医学管理や基本的な検査、画像診断、処置(投薬や注射などを除く)は、包括点数(月1回600点)となった。定額のため、必要な治療を何回行っても診療報酬は変わらない。手厚い治療をするほど、医療機関の持ち出しになる。
高齢者の生活を支えるために、主治医を位置づけ、総合的な診療を行うことは重要だが、「後期高齢者診療料」では、高齢者の心身を総合的に診るという考えが歪められてしまうことが危惧される。厚労省は、「今すぐに登録制度を導入するのは、時期としては早い」(『国保実務』第2579号)としており、後期高齢者の主治医の登録制導入が再燃することも十分に考えられる。
○入院から在宅、介護への誘導
厚労省は、患者の病態などに応じて、入院・在宅を選べるようにするのではなく、「入院から在宅へ」「医療から介護へ移るよう」に、診療報酬や介護報酬を通じて促していく計画だ。今次改定で、一般病棟に90日を超えて入院する後期高齢者のうち、「脳卒中の後遺症・認知症」が原因の重度障害者等の患者は、低い定額点数になり、平均在院日数の計算対象となった。
また、特殊疾患病棟、障害者施設等には、厚生労働大臣が定める状態の患者を一定割合入院させなければならないが、「脳卒中の後遺症と認知症」が原因の重度障害者等の患者は、対象から外された。10月から実施予定だが、このままでは、障害を持つ入院患者が退院を余儀なくされることが危惧される。
高齢者の長期入院が多い療養病床の入院基本料も、全体的に引き下げられた。
一方で、5月の介護報酬改定では、療養病床から「転換型」の老健施設を創設した。現在の老健施設より高い介護報酬とし、施設内で看取ったときの「ターミナルケア加算」などが算定できる。
後期高齢者医療制度に伴った今回の改定では、75歳を境にしてあからさまな差異はつけられなかったが、将来的に国民1人1人に対する公的支出を削減する「医療費適正化」政策のための手段として、2010年、2012年に予定されている診療報酬改定を通じて、拡大されていくことが懸念される。患者負担の軽減と医療費総枠を増やす政策への転換が強く求められている。