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指導・監査に弁護士帯同で保険医の権利を守る


  厚労省が保険医に対する指導・監査の強化を進めようとする中、各地で個別指導や監査への弁護士帯同の取り組みが広がっている。福岡県歯科保険医協会と共に、帯同に携わってきた山本哲朗弁護士に、弁護士帯同の意義、最近の指導・監査をめぐる問題点などについて聞いた(「全国保険医新聞」9月5日号から転載)。


指導・監査の問題に携わるようになったきっかけは。
  初めて指導・監査の問題に接したのは2年前です。福岡県歯科保険医協会が行った「弁護士帯同問題」での勉強会に参加した際、「指導官から『患者を食いものにしとらんか』、『保険医を続けられなくしてやる』と恫喝された」、「まるで犯罪者のように扱われた」など、多くの先生方から個別指導や監査の経験をお聞きし、直感的に「これはおかしい」と感じたのがきっかけでした。

○現在の個別指導や監査はどのような点が問題だと思いますか。
  指導はあくまで行政手続法に基づく行政指導です。また、監査は行政調査であり、犯罪捜査とは全く別物です。保険医を威圧的に恫喝したり、「自白」を取るための取り調べのような個別指導は、およそ任意である行政指導とはいえませんし、指導大綱にあるような「懇切丁寧な指導」とは全くかけ離れています。 指導対象の選定も、恣意的に行われており、平等原則の点で問題です。手続保障について言えば、平日の昼間に一方的に呼び出され、日程の変更も認めない上、準備の猶予も与えずに、持参物を要求するなどの点でも問題があります。 
  また、個別指導で、自主返還を強要することがありますが全く法律の根拠がありません。さらに、監査に移行すれば当然のように医師・歯科医師としての活動を封ずるに等しい保険医登録取消処分がなされていることも大きな問題です。

○弁護士が個別指導や監査に立ち会うことで、どのように改善されるのでしょうか。
  法律の専門家として人権侵害がないか、適正な手続きが確保されているかをチェックしますから、威圧的な言動、誹謗中傷はなくなります。また、自主返還を強要されるようなこともなくなります。 何よりも保険医が過度に指導を恐れることなく、自由闊達に意見を述べることができる雰囲気ができ、保険医の権利を守りながら、懇切丁寧な指導を実現することが可能になります。
  しかし、弁護士が帯同していれば紳士的に行われ、帯同していなければ従来のままの保険医の人権を無視した個別指導や監査が行われるとしたら、私たちとしては本意ではありません。 

○本来あるべき指導・監査とはどのようなものとお考えですか。
  指導の根拠法である健康保険法は、その基本理念として、「国民が受ける医療の質の向上」を掲げています。これは憲法25条の保障する「患者の療養権」を守るための規定です。ですから、療養担当規則は、患者の療養する権利を保障するためのルールであるべきです。このルールがこうした憲法上の理念を正しく反映しているなら、あるべき指導とは、患者の療養権を守るための療養担当規則の理解に不十分な点があれば正し、未習熟な点があれば習熟を促すためのものであるといえるのです。
  ところが、このルールから「患者の療養のための」という視点が抜け落ち、療養担当規則が個別性のある医療に対応できないということであれば、患者のための医療を守るという根本に立ち返った議論の必要が出てくるのだろうと思うのです。

○根本に立ち返った議論とは
  臨床の専門家である保険医と、国民の生命・健康に責任を持つ行政が、患者・国民に最善の医療を実現する責任を果たすためのものです。
  この見地からすれば指導などの場で、保険医と指導を行う行政側が互いに尊重しあうことこそあっても、保険医の人権を無視した取り調べのような事態は起こり得ないはずです。
  にもかかわらず、実際の個別指導や監査はそうはなっていません。その原因は、行政の側が、憲法や健康保険法本来の目的である「患者の療養権の保障」という原点を見失っていることにあるのだと思います。

○最近、厚労省内の政策コンテストで、現役の指導管理官から「指導・監査の場に警察官など犯罪のプロの活用を」との提案がありました。
  提案では、個別指導や監査を、「悪を正し刑罰を課す」刑事手続と同列においています。行政手続と刑事手続との区別を忘れ、保険医を被疑者と同一視するような議論は、行政官としての資質が問われます。個人のスタンドプレーと思いたいですが、こうした提案が許されてしまう厚労省の体質も問題です。
  また、「必要に応じ刑訴法に移行する場合があるといったような『牽制効果』が期待できる」としています。何を「牽制」するのでしょうか。悪質で、明らかな不正請求は牽制されるでしょうが、それだけなら、あえて詐欺罪や横領罪などの知能犯を担当する「捜査2課」の捜査官を活用するまでもないはずです。
  この提案は、故意、過失にかかわりなく、また逸脱の程度にかかわらず、全て犯罪として保険医を脅し、結局は萎縮診療をもたらすのではないでしょうか。
  「保険ルールの中で何が患者のために必要なのか」は、臨床経験のある医療の専門家同士が行ってこそ意味があります。  犯罪捜査のプロは被疑者の弁解を排斥して自白を取り、起訴に持ち込む専門家ではあっても、医療の専門家ではありません。捜査官を活用するという提案は、日々の保険診療の現場で起こっている問題点を、患者・国民に最善の医療を保障するためにフィードバックするための場としてではなく、療養担当規則などのルールを形式的に適用し、「ルール違反を摘発する」だけの場と捉えていることが明らかです。
  提案者は、捜査のプロを活用することで「職員の資質の向上」を期待できるとしています。「不正摘発」のための「資質の向上」ではあるでしょうが、あるべき指導や監査の観点からみれば、むしろ「指導官の質の低下」を危惧します。

○提案は行き過ぎとしても、保険診療のルールを適切に運用するため、指導や監査を強化するべきという意見もあります。
  保険医としての志を奪い、ましてや自殺に追い込むほど保険医を追い詰めるような指導や監査のやり方は絶対に許されません。
  保険診療ルールを周知徹底させるべきは行政の責任であって、そのために指導大綱は「懇切丁寧な指導」を行うものとされています。従来の指導や監査は、現場で行われている保険診療の実際に学びながら、どのように国民医療の向上に生かしていくか、お互いが議論をする場ではなく、専ら医療費抑制のために保険医を行政に屈伏させる場だったといっても過言ではありません。
  厚生労働省が個別指導件数を08年度の3410件から8000件に増やす方針を示していることについては強い懸念を抱かざるを得ないのです。

○これからの取り組みに向けた思いと、保険医へのメッセージを
  いま必要なことは、療養担当規則を自らの武器とし、患者・国民の求める医療実現に即していなければ、改善を図るために努力すること、そのために、先生方には是非ともその力を存分に発揮していただき、患者・国民を守る医療のため頑張ってほしいと願っています。
  「医師・歯科医師と、患者が共に喜べる医療」の実現のため、一歩もひかない覚悟で、指導・監査改善に取り組みたいと思っています。 

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山本哲朗弁護士略歴
  1975年熊本市生まれ。九州大学大学院修了。2006年弁護士登録。一般民事事件、労働事件のほか行政により侵害された市民の権利を回復する立場からの活動に取り組む。弁護士法人奔流所属。