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「地域主権改革」は何をもたらすか……住民福祉向上の地方自治へ


 京都大学教授 岡田知弘
(『全国保険医新聞』2011年3月15日号より)



財界主導の構造改革路線への回帰
  民主党政権が誕生していまだ1年半。政権交代の最大の要因は、小泉構造改革が、「格差と貧困」をはじめ多くの社会的矛盾を引き起こしたことにあった。それゆえに、「国民の生活第1」を掲げた民主党に多くの有権者が期待したといえる。
  しかし、瞬く間に国民の期待は裏切られた。米軍基地再編問題や後期高齢者医療制度廃止問題をはじめ政策の根幹部分で、後退と転向が目立ち、鳩山内閣は崩壊し、菅内閣が発足した。
  しかし、菅内閣は、発足直後から日本経団連の成長戦略を丸呑みし、法人税率の引き下げと消費税率の引き上げの検討を表明するだけでなく、突如TPP(環太平洋連携協定)への参加姿勢を示し、再び財界主導の構造改革路線に回帰するに至った。
  同様の事態が、民主党政権が売り物の一つとした「地域主権改革」においても進行している。民主党は、これまでの「地方分権」という呼称を変え、「地域主権」という言葉を使い、自公政権との違いを押し出した。
  では、民主党のいう「地域主権改革」は果たして、憲法と地方自治法の精神に則り、住民の基本的人権を守り、その福祉の増進を図るものなのだろか。結論的にいえば、それが、住民福祉や住民自治の充実と相反する内実であることが、明白になりつつあるといえる。

前政権の工程表に即した地方分権改革推進計画
  第1に、自公政権の安倍内閣時代に、道州制導入の前提作業として検討が開始された地方分権改革の流れを、継承している点である。
  鳩山内閣は、発足後、地方分権改革推進委員会の第3次勧告および第4次勧告を受け取り、当時の鳩山首相や原口総務大臣は、それを最大限尊重するとして、2009年12月の第1回地域主権戦略会議で、前政権の工程表に即した地方分権改革推進計画を決定した。
  また、地方自治法の抜本改正を図るとして、地方行財政検討会議を設置し、制度改革を議論する第1分科会主査に、西尾勝氏を据えた。西尾氏は、自公政権時代の地方分権改革のブレーンであり、民主党政権が引き続き氏を重用すること自体が、両改革の連続性を如実に示している。
  さらに、継続審議となっていた「地域主権改革関連3法」が、「地域主権」という用語を法文から取ることで民主党・自民党間での妥協が図られ、法案成立の見通しが立ったと報じられている。要は、表現の差だけであり、質差はないということだ。

「国と地方の役割分担」論を前提にした大綱
  第2に、昨年6月に閣議決定された「地域主権戦略大綱」の内容を見ると、自公政権時代と同様「国と地方の役割分担」論を前提としたものになっている。
  308項目528条項にわたる「義務付け・枠付けの見直し」が提起され、保育所の設置基準の緩和に続き、各種福祉施設、病院の設置基準を、施設および人員配置も含めて緩和し、大幅に条例に委ねようというものである。これによって、住民の生命にかかわるナショナルミニマムの法的担保の解体と、市場化への条件整備がなされようとしている。
  これは、医療市場の対外開放や混合診療の拡大を図る新成長戦略やTPPの動きとも連動するものである。

「一括交付金」の狙いは国から地方への大幅削減
  第3に、それを財源的に裏付けるために、「一括交付金」を導入するとしている。
  この一括交付金は、国から地方への財政支出を大幅に削減する狙いの中で導入されるもので、現に本年度予算から一括交付金化した土地改良費では、対前年度比5割以上もの削減がなされている。
  将来的には、一括交付金の使途については、福祉等の枠組みが外される方向で議論されており、これまで社会福祉施設整備のために使われていた補助金を、大規模プロジェクトの投資に回すことが可能となる。
  同時に、財源確保のために「地方消費税の充実」という表現で、消費税率引き上げに道をひらく財政改革を想定している。

団体自治の強化の名で首長の裁量権を拡大
  第4に、「地方政府基本法」の制定によって、地方自治法を抜本的に見直し、団体自治の強化を図ろうとしている点である。
  法律名称から「自治」という言葉をなくし、「地方政府」という言葉に置き換えようとしていること自体、団体自治、とりわけ首長の裁量権の拡大を図ろうとしている表れである。現に、橋下大阪府知事や河村名古屋市長が提起している「二元代表制の見直し」や「大都市制度の見直し」が重要論点となっており、これに対応した地域政党の政治活動が首長主導で活発に組織されている。
  主権者としての住民が選挙で選ぶ首長と議会の二元代表制によって、住民の福祉の向上が、安定的、系統的に保障される現行の地方自治制度の根幹にかかわる重大問題である。
  さらに、大綱では、市町村の行財政基盤を整備するために、「市町村合併のほか、広域連携の手法等を充実」するとも述べている。民主党は、第2次平成の大合併を推進し、700〜800自治体に再編する政策方針を党議決定しており、これに対応したものである。

地方自治の充実と新しい福祉国家こそが求められる時代に
  最後に、前述の大綱では、道州制についての検討も射程に入れるとした。
  民主党は、社民党が政権内にあった時は、公然と道州制導入を掲げることができなかったが、日本経団連との間で、原口前総務大臣が道州制導入の作業部会を設置したうえ、昨年5月の日本経団連との会談の中で、本年度中の道州制推進基本法の制定を約束していた。他方で、大綱では、道州制導入の前提作業として「国の出先機関の原則廃止」を行うために、「事業仕分け」を活用しながら、地方が自発的に選択する法的整備の準備も掲げている。
  その受け皿として、いち早く名乗りを上げたのが、橋下大阪府知事らが関西財界の意向も受けて推進した関西広域連合である。九州でも、広域行政機構の立ち上げが議論されており、要求の強い地域から順次道州制を導入しようという動きである。
  ちなみに、橋下知事は、広域連合を段階的に強化し、道州制へと移行することを目標として掲げている。
  橋下ビジョンによれば、産業競争力強化の役割をもつ「強い広域地方政府」が大阪湾岸に公共投資を集中し、そこに大企業を誘致することで大阪が成長できるとする一方で、住民に近いサービスは「優しい基礎地方政府」が役割分担すべきだとしている。
  現に、大阪府の行財政改革は、この間、教育、福祉、公営住宅、中小企業金融、男女共同参画の分野で大幅に削減されている。しかし、基礎自治体では府の行政サービスを代替することはできず、国保の広域化を含め、住民の負担は増し、公共サービスの後退が顕著である。
  橋下ビジョンでは、市町村合併を推進し、すべての基礎自治体を人口30万人以上の中核市にすると同時に、分割した大阪市および衛星都市を大阪府と併合した「大阪都」構想も打ち上げている。
  仮に関西州に移行すれば、財源を吸い上げられた周辺府県では、広域市町村合併によって周辺地域が衰退したことと同じ現象が、より大規模に起こることは必至である。人々が住み続けられず、災害の危険が増す山村が広がり、その影響は大都市にも及ぶ。
  これでは、持続可能な地域、日本を維持することは不可能である。
  主権者は、私たち住民である。定義が曖昧な「地域」に主権があるわけではない。「地域主権」というソフトな言葉の本質は、結局は、より大規模化した「地方政府」の強化であり、実体的にはその首長の行財政権限の拡大でしかない。その結果、地方自治の根幹である住民自治も、一人ひとりの住民の生活も蔑ろにされてしまうことになろう。
  そうではなく、住民の基本的人権と福祉の向上を第一にした地方自治の充実と、国と地方自治体の両者が憲法9条と25条を遵守する新しい福祉国家こそが、求められる時代となっている。今年の統一地方選挙は、その点で、重要な意味をもっている。

以上