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「比例定数削減」のねらい−−多様な民意を切り捨てる選挙制度


山口真美 弁護士・自由法曹団
(『全国保険医新聞』2011年6月25日号より)


  民主党は、衆議院の議員「比例定数」を、80議席削減することをマニフェストに掲げ、今国会に提出しようとしている。本当に「国会議員は多過ぎる」のか。本当のねらいは何か。弁護士の山口真美氏に寄稿してもらった。

比例定数削減とは何か
  民主党は、衆議院の比例定数を80議席削減することをマニフェストに掲げ、今国会に提出しようとしている。自民党も、「衆院選挙制度改革案」をとりまとめて比例定数を30削減する案を示している。
  現在の衆議院の議席は、小選挙区が300議席、比例定数が180議席ある。これを比例定数だけ80議席削減すると、全体として小選挙区の比重が高まり、ほとんど単純小選挙区制と変わらない選挙制度になる。
  小選挙区制は、各選挙区で第1位の得票をした候補者だけが当選するため、大量の死票が生まれる。
  2009年の総選挙の結果でみると、民主党の得票率は、小選挙区では47・43% 比例では42・41%だったにもかかわらず、308議席、議席占有率でいうと64・17%に及ぶ議席を獲得している。民主党は、小選挙区の数のマジックによって、4割台の得票で6割を超える議席を得たことになる。小選挙区制は、こうした「虚構の多数」を生み出し、他方で、膨大な死票を発生させ、多様な民意を切り捨てる選挙制度である。
  小選挙区制は、1994年に導入されたが、それ以来、歴代の政権は、小選挙区の数のマジックによって、得票率より多くの議席を獲得し、構造改革と自衛隊の海外派兵を進めてきた。
  その結果、自衛隊の海外派兵が常態化し、医療や年金、福祉などのセイフティーネットがズタズタにされ、労働者の非正規化も急速に進んだ。私たち国民の暮らしも雇用も破壊され続けている。これは、小選挙区制では、草の根の国民の声が、国会に届かないことをよく示している。
  比例定数を80削減した場合、さらに小選挙区制の弊害が拡大される。2009年の総選挙の結果に基づく試算によれば、民主党が4割台の得票率で3分の2を超える議席を獲得することになる。3分の2を超える議席を得れば、参議院で否決されても、衆議院での再議決によってどんな法律でも成立させることができる。国会が、時の政権の意のままとなるおそれがある。
  他方、第3党以下の政党の得票率は30%を超えているが、その議席占有率は8%にまで落ち込むことになる。
  比例定数が削減されれば、憲法の改悪や消費税の増税、原発の推進などに反対する中小政党が国会から閉め出され、2大政党に集約されない多様な民意はまったく切り捨てられてしまう。今まで以上に構造改革が押し進められ、憲法が改悪されかねない。
  これは、憲法がうたう国民主権と議会制民主主義を根底から破壊するものだ。民主党による比例定数削減の本当のねらいは、ここにある。

「ムダ」ではない国会議員数
  民主党は、「国会議員が多すぎる」、あるいは「消費税の導入の前に国会議員が身を削る」ことを比例定数を削減する理由に挙げている。
  しかし、日本は、他国と比較して国会議員がむしろ少ない。国会議員の数は、OECD(経済協力開発機構)34カ国の中、アメリカを除くと最下位という状況である。
  本来、一定の数の国会議員がいないと、多様な国民の声を適切に反映することはできない。国会議員を減らす必要はまったくないのである。
  「ムダ」を言うなら、政党助成金や米軍への「思いやり予算」こそ、廃止すべきである。
  日本の政党助成金320億円は世界最高額である。次に多いドイツでも、政党助成金は日本の半額以下の147億円である。アメリカやイタリアには政党助成金はない。
  在日米軍に対する「思いやり予算」は年間2000億円にものぼる。

民意を反映する公正な選挙制度の実現を
  今、国民は、民意が国政に反映されていないことに強い不信と不満を抱いている。その根底には政治と政治家の質の劣化がある。
  しかし、政治と政治家の劣化は、実際には民意を反映しない小選挙区制がもたらしたもので、比例定数の削減では解決しない。
  そもそも憲法の国民主権の原理からすれば、主権者である国民の多様な意思が、国会の議席に公正に反映される選挙制度こそが求められるのである。
  世界的に見れば、比例代表制が大きな流れになっている。民意を公正に反映しない小選挙区制度を中心とする国は、イギリスなどごくわずかに限られている。
  東日本大震災を通じてこの国のあり方が問われている。被災者・労働者・国民の声を生かす政治を実現し、いのちと暮らしと雇用を守る日本をつくるためには、主権者である私たち1人ひとりの声が本当に届く国会をつくることが必要である。
  そして、主権者である国民が政治の主人公となり、国会に国民の声が反映される日本を実現するためには、比例定数の削減を許さず、民意を反映する公正な選挙制度を実現することこそが大切である。


山口 真美(やまぐちなおみ)
  2001年10月弁護士登録。東京都立川市の三多摩法律事務所に所属。現在、自由法曹団の比例定数削減阻止対策本部事務局長。
  共著にブックレット『国民投票法=改憲手続法の「からくり」』(学習の友社)、ブックレット『比例削減・国会改革だれのため?なんのため?』(学習の友社)あり。