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米韓FTA発効…韓国の医療はどうなる


(「全国保険医新聞」2012年9月15日号)

 TPPの参加をめぐる議論が盛り上がりを見せている。医療分野でも、薬価の高騰や国民皆保険の弱体化など、広範な影響が懸念される。そんな中、韓国で米韓FTAが発効されてから半年が経過した。米韓FTAはTPPのモデルとも言われる協定だ。FTAをめぐる韓国の現状とこれからについて、本紙4月25日号に寄稿いただいた韓国・保険医療団体連合政策室長の禹錫均(ウ・ソッキュン)氏に話を聞いた。(文責・編集部)

「独立的再評価機構」設立進む
 米韓FTAの発効によって最も危惧される事態のひとつが、アメリカの多国籍企業によって、韓国の医療の公共性が解体され、医療の営利産業化が進められることだ。
 例えば医薬品の価格高騰だ。米韓FTAには、知的財産権の強化など、多国籍企業の利益のために、韓国の薬価政策に介入する規定が多数盛り込まれている。
 現時点で、韓国の薬価の目立った上昇はないが、進行中の動きとして「独立的再評価機構(independent review body)」の設置がある。
 これは、韓国政府の薬価決定に圧力をかける民間機関を設置するもの。
 この機構が目下設立中である。製薬企業・バイオ企業からなる米国研究製薬工業協会(PhRMA)や、韓国製薬協会(KPMA)、韓国医療機器産業協会(KMDIA)などの民間機関の参加が既に決まっている。
 米通商代表部はこの機構の検討結果を、薬価の最終決定に反映するよう要求している。設立されれば、韓国の薬価政策に持続的な影響を与え続けるものとなるだろう。
 米韓FTAが韓国の薬価を高騰させ、アメリカ製薬企業の営利活動を強化することが危惧される。

医療保険制度の改善が不可能に
 問題は薬価だけではない。韓国では公的医療保険のカバー率が低く、多くの国民は民間医療保険に併せて加入する。
 しかし現在、韓国では一般の保険商品と区別して、医療保険に対する独自の規制が存在しない。
 このため、疾病を持つ人への加入の拒否や、必要なときに保険金が支給されないといった問題が頻発している。アメリカでさえ医療保険には、その公共性を認め、支給率などを独自に規定している。
 こうした状況の改善も難しくなった。米韓FTAが定めるISD条項のためだ。
 ISD条項はFTAで、投資先の国が行った政策・規制によって不利益を被ったと企業や投資家が判断すれば、裁判に訴えることができるというものだ。
 公的な保険の拡大や民間医療保険への新たな規制は、アメリカの医療保険企業の営利活動への侵害とみなされ、ISD条項を使った提訴の対象となりかねない。
 韓国の医療保険制度の改善は頭を抑えられた格好だ。

FTAへの対抗とTPPの阻止
 FTAが発効された現在、われわれの運動が力を入れているのは、韓国での医療の公共性をこれ以上後退させないことだ。営利法人病院を建設させないこともそのひとつ。
 米韓FTAには、ひとたび進めた自由化や規制緩和を後退させないことを定めた「ラチェット条項」が含まれる。
 これにより、もし営利法人医療機関が設立されれば、廃止できなくなるからだ。
 もうひとつの重要課題が米韓FTAの廃止だ。12月には韓国大統領選挙が控えているが、野党候補は米韓FTAの再交渉を要求に掲げ、国民の支持を集めている。
 FTA廃止は韓国における市民運動の重大なイシューとなっている。
 そして、韓米FTAに対抗する運動のためにもTPPが結ばれては困る。経済的・政治的な影響を受けるからだ。
 アジア各国の保健医療運動が、TPP交渉に臨む日本の姿勢や決断を、非常に関心を持って見ていることを知ってもらいたい。

*医師、健康権実現のための保健医療団体連合政策室長、米韓FTA阻止全国民運動本部政策諮問委員、米韓FTA保健医療対策委政策委員長、保健医療政策学修士、経済学博士。