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大連立・保守談合政治と総選挙に向けた政治状況


渡辺 治 一橋大学名誉教授

(11月14日現在。「全国保険医新聞」2012年11月25日号)


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日本政治は新たな政治段階へ
 民主党と自民党の談合で、12月16日総選挙が決まり、日本政治は、新たな段階に入った。「決められる政治」を合い言葉に財界・マスコミが結成の圧力をかけていた、民自公の大連立・保守談合政治時代の幕開けだ。
 総選挙後の新たな政治配置の下で、自民党中心の大連立・保守談合政治をつくるしか、支配層の切望する構造改革・軍事同盟強化を実行する手がないことが明らかだからである。
 保守各党は大連立政治を念頭に置いた選挙後の政治を展望している。
 自民党は、来るべき総選挙で失地を回復し、政権奪還を果たすことを目標としている。しかし単独では課題の実行はできないので、選挙での議席次第で、民主党と組むか、石原新党を吸収した日本維新の会と組んで政権運営を目指そうとしている。
 民主党は、なんとか負け数を減らし、第2党の座を確保し連立政権の一角に残ることを目指している。
 維新の会も、選挙で前進し、自民党と組んで政権の一角に食い込むことを狙っている。いずれの党も大連立あるいは保守談合政治を目指しているのである。
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なぜ大連立、談合政治なのか
 そこで各党の政治姿勢を見る前に、なぜいま大連立が、保守支配層の合意となっているのかを検討しておこう。
 もともと、構造改革と軍事同盟強化を遂行する政治体制として保守支配層が目指したのは、保守二大政党制であった。
 そこには2つの狙いがあった。ひとつは、構造改革の政治を強行して矛盾が深刻化したときに、国民の不満を吸収する狙いである。自民がダメなら民主、民主がこけたら自民という具合である。政権交代というキャッチボールで国民の目をそらす役割である。
 第2の狙いは、保守二大政党がいずれも構造改革・軍事同盟強化の路線を同じくすることで、政権交代が起こっても政治を継続させる役割である。
 2003年に、民主党に小沢自由党が合流するにおよんで、この二大政党制は定着するかに見えた。以後の選挙では、自民党と民主党は勝ち負けを繰り返したが、両党の得票を足すと投票者の7割を占める状態が続いたのである。
 ところが、構造改革の矛盾の大きさと運動の力が相まって、保守二大政党制の2つの狙いが相互に矛盾・対立し、ひびが入った。反構造改革の運動が盛り上がったため、野党の民主党は、国民の不満を吸収するため、構造改革や軍事同盟強化の路線から逸脱せざるを得なかった。その転換により民主党は首尾よく政権交代を果たしたものの、第2の狙いが危うくなった。
 鳩山政権は普天間基地国外移転を掲げ、また子ども手当や高校授業料無償化など構造改革を逸脱する政策を実行し始めたからだ。あわてて鳩山を倒し、菅政権は構造改革復帰を宣言したものの、国民の不信を買い悪政を進められなくなった。今度は第1の狙いが危うくなったのである。
 そこで登場せざるを得なかったのが大連立政治である。自民も民主も単独ではできなくなった下で構造改革・軍事同盟強化を実行するには、両党が手を組む大連立しかないからだ。
 財界、マスコミは、「決められない政治」を克服する決め手として、大連立、談合政治を強く求めた。その圧力に抗しかねて、12年6月、ついに三党合意が成立し、8月には、支配階級悲願の消費税引き上げ法が国会で可決成立したのである。
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総選挙後の大連立政治で何を目指そうとしているのか
 では総選挙後の大連立の枠組みで何を目指そうとしているのか、各党の思惑を見よう。自民党、民主党という二大政党は、三党合意を結んで、細部はともかく、構造改革についても軍事同盟強化についても基本路線は合致した。
 大連立政治の下で狙われている課題の1つ目は構造改革の再稼働、とりわけ「税と社会保障の一体改革」の実行である。消費税引き上げのみに目が行きがちであるが、三党合意によりつくられ、国会を通過した社会保障制度改革推進法(推進法)の社会保障構造改革の遂行が大連立政治の焦眉の課題となることに注目しなければならない。
 推進法が定めた新たな削減の仕組みの第1は、いままでの負担増方式が限界に達したことを踏まえ、憲法25条に基づいた社会保障概念を根本的に変えることで社会保障費を抑制しようというものである。
 人間らしい生活を営むために必要なすべてを国と自治体で保障するというのが、憲法25条の定めた社会保障であるが、これでは、社会保障費は青天井だとして推進法第2条は、社会保障概念をわざわざ「自助」「共助」「公助」の3つにあるとし、これらが「最も適切に組み合わされるよう留意」すると規定した。
 社会保障に関する国と自治体の責任を縮小することで社会保障費の増加を抑制しようというのである。
 同条第1項第3号で国と自治体の負担は「社会保険料の負担の適正化にあてる」と規定し公的資金を社会保険本体の維持管理には投入しないこととしたのも、その帰結である。この具体化として、地域包括ケアシステム、子ども子育て新システムが打ち出された。
 第2に、この延長線上に、公的保険の範囲の縮小が出てくる。
 第3は、ついに国民皆保険制度に手をつけることを示唆した点である。いままでくり返し使ってきた「国民皆保険制度を守る」という文言を、第6条でわざわざ「原則としてすべての国民が加入する仕組み」と言い換えたのはそこに手をつけることの宣言である。
 大連立政治で追求する課題の2つ目は、日米軍事同盟強化である。この焦点は、反対の強い普天間基地の辺野古移転、オスプレイ配備と共に、集団的自衛権容認を勝ち取り日米共同作戦体制を確立することである。
 自民党は三党合意の直後に「国家安全保障基本法要綱」を発表したが、これは従来の自民党の立場をも超えて、集団的自衛権を全面的に容認し、さらには集団的自衛権という口実すら使えないような場合も「国際貢献」の名の下に海外派兵を行うことを可能とする中身であった。オバマ政権の要求に全面的に応えるものであり、改憲を待たずして、9条の事実上の改憲を達成するものであった。
 それに呼応して、消費税引き上げ法案の制定直後には、今度は野田首相自ら、「集団的自衛権容認」を示唆したのである。尖閣列島問題を格好の口実に、9月に行われた自民党総裁選では、なんと立候補した5人全てが、集団的自衛権容認で足並みをそろえるという異常さであった。
 総選挙後真っ先に出てくることは必定である。
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橋下維新の会、石原新党の役割
 ではそれに対して、橋下維新の会は、自民、民主とどこが違うのであろうか。保守支配層は、こうした新党に、2つの役割を期待している。
 ひとつは、民主、自民から離れた層を保守の枠組みにとどめおくという思惑である。
 もう一つは、いま国民の前にある本来の争点、構造改革か新たな福祉の政治か、日米軍事同盟の強化か9条の具体化による平和かという争点をうんと右寄りにずらせる狙いである。
 その証拠に、橋下・石原維新の会は、自民党、民主党を激しく攻撃しながら、出している政策は、自民党や民主党ですら口に出せないような乱暴な、構造改革政策である。
 しかも維新の会が、改憲を掲げていることは、彼らが自分たちに課せられた役割をはっきり自覚していることを物語っている。
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新しい運動の台頭
 民主党政権の変節、大連立政治の台頭を受けて、今までに見られなかった新しい動きが台頭している。原発さよなら集会や官邸前集会に現れた大衆運動の高揚である。
 新しい大衆運動の高揚は、3・11の原発事故の直後から現れ、大飯原発の再稼働の動きが起こる中で大きなうねりとなった。
 こうした運動は、軍事大国化、改憲に反対した九条の会の運動や、反貧困の運動の経験を発展させて新たな特徴を持っている。
 1つは、その課題に反対するという1点で、良心的な保守層も加わる運動が展開されている点である。TPP反対には各地の農協や医師会も参加している。
 2つ目は、これら運動が地域に根差して闘われている点である。脱原発もTPP反対も地域を守ろうという声の下に闘われている。
 さらにこうした運動を背景にした新しい政治を求める動きも台頭している。
 石原都知事辞職後の都知事選に向けて、反貧困や脱原発の大衆運動の高揚を踏まえた、新しい共同のとり組みが進んでいることである。
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保険医運動の3つの任務
 第1の任務は、保険医療の専門家団体として、社会保障・医療の新たな構造改革を阻む理論的、政治的運動の先頭に立つことである。
 推進法が狙う社会保障の抜本改悪の是非を、来るべき総選挙の焦点に押し上げねばならない。
 第2は、保険医協会が各地域で、いま台頭する国民運動の先頭に立ち、一点共闘として盛り上がっている諸運動のちょうつがいの役割を果たすことである。
 第3の課題は、保団連・保険医協会が、構造改革と軍事同盟の政治を変える先頭に立つことである。
 そのためには、単に構造改革の政治に反対するだけではなく、それを変える積極的な対案、対抗構想を提示して闘う必要がある。
 民主党政権の成立で政治が変わることを実感するとともに、その変節も目の当たりにした国民に、積極的な対案を示して訴えることがいまほど必要なときはない。

 

*渡辺治:1947年生まれ。元・一橋大学教授。専門は政治学、日本政治史、憲法学。