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いのちと健康 削れと言うのか
…生活保護基準引き下げを問う

(「全国保険医新聞」2013年2月5日号)


 厚生労働省は1月16日、医療扶助の「適正化」や生活扶助基準額の引き下げを盛り込んだ2つの報告書案を、社会保障審議会の「生活困窮者の生活支援の在り方」特別部会と生活保護基準部会に提出した。安倍内閣は、両部会が取りまとめた報告書を口実に、「生活扶助」の基準額を2013年度から3年間で総額740億円(国費ベース約7・3%)削減することを決めた。受給世帯の96%が減額になる。社会保障制度「改革推進法」が明記した「給付水準の適正化」方針に沿って、国民生活の最低基準で「社会保障の土台」である生活保護基準を引き下げ、制度から国民を締め出すことは到底認められない。

医療扶助の削減・健康の「自己責任」―医療費削減を狙う

特別部会の報告書は、医療扶助「適正化」として、医療費に自己負担を導入することは「行うべきでない」とした。しかし、自民党は総選挙の公約で「医療扶助の適正化」を掲げ、毎月の受診回数の制限などを打ち出している。財務省の財政審・財政制度等分科会のまとめでは、受診時に自己負担分を支払い、翌月以降に負担額を払い戻す制度の創設が盛り込まれた。
厚労省は、受給者に後発医薬品の服用を原則とし、特別の理由がなく拒否した場合には、福祉事務所で専門の相談員が指導するとしている。
政府・与党の狙いが、生活保護費の約半分を占めている医療扶助の削減にあることは明らかである。
報告書は、指定医療機関に対する締め付けを強化し、▽重点的な点検指導▽指定および指定取消要件の法制化と有期間制の導入▽地方厚生局に専門の指導監査職員を増配などによって、供給面からも医療扶助を削減しようとしている。
また、「受給者自らが健康の保持・増進に努める」とともに、福祉事務所が受給者の高度な個人情報である健康診査結果等を入手可能とし、健康の「自己責任」と管理体制の強化を打ち出している。

医療扶助の7割が高齢者、医療費増加は当然

医療扶助「適正化」の理由として、厚労省は、「受診率が高いため、1人当たり医療費は国保等よりも高額となっている」と問題視。財政制度等審議会は、30〜39歳での1人当たり外来医療費が国保等の2・7倍なのは、全額公費負担であるため、受診件数が多いことを、その主因にあげている。
しかし、生活保護受給者のうち60歳以上の高齢者は5割を超えている。世帯別では高齢世帯43・5%に次いで、傷病者世帯・障害者世帯が30・7%となっている。
医療扶助は60歳以上の高齢者が約7割を占め、疾病では「精神・行動の障害」が約3割を占めている。医療費のうち入院が約6割で、そのうち精神病棟への入院が約4割を占めているのが実態である。
さらに、例示された30〜39歳の外来医療費は全体のわずか4%で、70歳以上の外来医療費で比較すると、国保との差はほとんどない。しかも、医療扶助の「診療費単価」は、2000年度を100とすると2010年度は74と大幅に低下している。
高齢者が7割で、入院が6割を占めるという実態からすれば、診療件数が増加し、医療費総額が増えるのは当然である。
受給世帯の8割は、医療扶助を利用して治療をしており、医療扶助を削減することは受給者の生命にもかかわる。
医療扶助の削減は、受給者の医療を受ける権利、医師、歯科医師の裁量権を侵害するものである。 

扶養義務の強化で生活保護から締め出し狙う

報告書は、扶養義務者に対して、「扶養が困難な理由を説明しなければならない」としており、福祉事務所が家庭裁判所に扶養義務を果たすよう申し立てることを可能とした(日本は別世帯であっても親子・兄弟姉妹、その他の三親等内の親族に扶養義務を課している)。
厚労省は「社会保障制度改革の方向性と具体策」(2011年5月12日)で、「政府が最低限の生活を保障する」対象は、「どうしても自立できないほどの困窮に陥る」人だけに限定化する方向を打ち出しており、国民を生活保護制度から締め出そうとしている。
しかし、受給者が増え続けている背景には、低年金のため生活できない高齢者の増加、無収入・低賃金の失業者や非正規雇用の増大などがある。
もちろん、悪質な生活保護費の不正受給には厳しく対処する必要があるが、不正受給は受給者全体の中では件数で2%程度、受給額で0・4%程度である。中には不正とすることに疑問のあるケースも含まれている。
しかも、生活扶助基準額を下回る所得にあって、実際に保護を受けている世帯の割合を示す「捕捉率」は、日本は2割程度で、受給者は全人口の2%に届かない。
イギリスでは人口の19%が公的扶助を受け、捕捉率は9割にのぼる。フランスは捕捉率が9割を超え、人口の9・8%が受給している。
日本の現状は、生活保護が必要な世帯に保護がいきわたっていないことを示している。

基準引き下げは低所得層に追い討ち、貧困の再生産も

生活扶助費の削減は、保護を受けていない低所得者層を直撃する。基準額が他の社会制度や医療・福祉サービスに連動するからだ。
住民税の非課税限度額は、最低生活費を下回らないよう設定することが決められている。基準額の引き下げで、収入は変わらないのに課税世帯に繰り上げられる低所得層が増えると予想される。
住民税非課税世帯であることは、国保料、介護保険料、高額療養費制度、保育料、公営住宅家賃などさまざまなサービスでも減免措置の要件になっている。
都道府県ごとに定められている最低賃金(全国加重平均額は749円)も、「生活保護施策と整合性をはかる」とされており、生活扶助基準額と連動している。最低賃金が引き下げられれば、労働条件全体の悪化を招くことになる。
経済的に厳しい家庭の小中学生に給食費や学用品などを支援する就学援助制度を受ける子どもは156万人を超える。対象は生活保護を必要とする「要保護者」と、それに準じる家庭の「準要保護者」で、準要保護者が141万人と全体の9割を占める。
基準の引き下げは、同制度の対象世帯の縮減につながりかねない。就学援助から弾き出される子どもが増えれば、結局は、被保護世帯を増やす結果となる。

子どもの多い世帯ほど負担重く

生活扶助費の削減は、子どもが多い世帯ほど削減額が大きくなる。
16日の特別部会で、国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩・社会保障応用分析研究部長が、「子ども世帯にマイナスになるのでは」との懸念を示したように、貧困世帯の子どもが貧困に陥るという「貧困の連鎖」を断ち切れず、逆にそれを助長する結果を招くことになる。
貧困・低所得者対策を実効性あるものにするためには、保護が必要な人が利用でき、自立に向かえるような制度への抜本的な改革が強く求められる。

以上