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エイズ確認から25年--国連特別総会で新たな政治宣言を採択。一方で対策の遅れも

                                  保団連理事
杉山 正隆


世界中で猛威を振るうエイズが公式に確認されて25年がたつ。すでに2500万を超す尊い命を奪うとともに、現在も約4000万人がHIV(エイズ・ウイルス)に感染していると見られる。国連は、5月31日から6月2日の3日間にわたり、エイズ対策を話し合う「特別総会」を開催した。「2010年までに、必要な予防や治療、ケア、サポートを誰でも受けられるよう目指す」とする「ユニバーサル・アクセス」を柱とする新たな政治宣言を採択したが、対策の遅れも浮き彫りになった。

HIVは、感染してもしばらくは気付かないまま経過し、10年ほどで様々な感染症を併発する「エイズ」と呼ばれる重い病状になり、最終的には死に至る。治療法は格段に進化したため、きちんと治療を受けていれば「死なずにすむ」病気になりつつある。が、ワクチンなどの根本的な治療薬は依然、完成するには至っていない。また、特許などの知的所有権により、薬剤費・治療費は年間100万円以上掛かるため、治療を受けられずにみすみす助かる命を落とす人が少なくない。

 貧しい国が集中するアフリカやアジアなどでは、夫や恋人から「性感染」でHIVをうつされた女性が、さらに胎児や乳児にも感染させてしまう「母子感染」などにより、エイズの病禍が爆発的に広がっている。ユニセフ(国連児童基金)などによると、両親をエイズで亡くした「エイズ孤児」たちは1500万人にのぼる。そうした孤児たちの多くも、治療が受けられなければ、数年後にはまたエイズで死んでいくのが現実だ。

 日本などでも、HIVに感染しているのに気付かず、無症状の時期に恋人などに感染を広げたあげく、重症の「エイズ」の状態になって初めて病院に駆け込む「突然エイズ」が急増している。正しい知識の普及など行政の対応が十分に行われてないことが背景にある。エイズ患者・感染者に対する偏見や差別も根深い。

 国連エイズ特別総会では、感染者に対する治療や支援体制が、先進国や発展途上国、また様々な事情により、大きな差があるとの認識が再確認された。これらの格差を解消し、どのような事情があるにせよ同等の各種支援を受けられるようにする、のが「ユニバーサル・アクセス」の目標だ。

 特別総会の政治宣言は、HIV感染者の増加により、昨年の倍以上に当たる年間230億ドル(約2兆5700億円)以上の資金が必要になるとしたが、具体的な拠出方法や目標とする時期などは示されなかった。エリアソン総会議長は「宣言を採択するのは簡単だが、今後各国が速やかに目的意識をもって実行に移せるかが問われている」と国際社会に努力を促した。

宣言に法的拘束力はないものの、国連加盟国やNGO(非政府組織)がエイズ対策を検討する際の指針となる。日本代表の森喜朗前首相は「私の夢はHIVやエイズから解放されることだ」と述べ、自らの首相時代の取り組みを紹介し、日本の貢献を強調。「1人はみんなのため、みんなは1人のため。最善を尽くそう」と強調した。

得意げな森前首相の「公約」とは裏腹に、日本のエイズ対策は「お寒い」の一言に尽きる。日本は先進国の中で唯一、目立ってHIV感染者が増加している唯一の国なのだ。公式発表では日本の感染者は1万人強だが、実数は数万人規模に上ると推定されている。昨年のアジア地区の国際エイズ会議は神戸で開催されたが、例年は首相らが参加するのに、神戸会議には厚労省の「政務官」が参加しただけ。首相はおろか、大臣も副大臣も「国会開催中で多忙」との理由で参加を見送った。感染者が急増する中国では胡錦祷国家主席らが感染者と握手して対策強化を約束するなど、国際社会にリーダーシップを発揮する姿を見せ付けたのとは対照的だ。

1990年代の「エイズパニック」が一段落し、「エイズは終わったこと」との思いが厚労省の担当者の間ですら強い。マスコミ報道で、アフリカなどの悲惨な映像を見て「遠い外国の話に過ぎない」と思い込んでいることもあるのかもしれない。「日本政府は金は出すが国内の取り組みはまったく不十分」(国連関係者)との酷評がすっかり定着する一方で、「日本のNGOは、政府の分まで頑張っている」(同)との同情が集まる始末だ。

日本のメディアは、「恋愛」を派手に扱って視聴率や部数を上げることが常識になった。ならば、恋愛のはらむ危険な側面に警鐘を鳴らす「バランス感覚」は最低限、必要なのではないか。HIVのみならず、クラミジアや淋病、梅毒などの性感染症は十分予防できるのに、実際には増加傾向を強めている。こうした実態に何故、焦点を当てないのか。事実、エイズ特別総会のメディアの扱いは限定的だった。

 8月には1週間の日程で、「国際エイズ会議」がカナダ・トロントで開催される。全世界から3万人の医師、研究者、行政関係者、教員、そして感染者らが集まり、「今こそ行動に移す時期」と積極的な対応策を話し合う。

 女性問題、南北問題、貧困、麻薬、裏社会、宗教問題など、エイズは人間社会のありとあらゆる問題点を浮き彫りにした。国連のアナン事務総長は「エイズは人類にとって壊滅的な影響を長期的に及ぼす」と懸念を表明している。日本など各国政府がリーダーシップを強力に推し進めるのはもちろんだが、メディアが積極的にエイズ対策キャンペーンを展開するべきだろう。被害が拡がるのをこれ以上見逃してはならない。(2006年6月)