【政策解説】「骨太方針2015」は医療をどう変えるか
―社会保障充実による経済再生へ転換を―
(全国保険医新聞2015年7月15日号より)
安倍内閣が6月30日に閣議決定した「骨太方針2015」は、2020年度に「財政健全化」目標を達成するために、社会保障費の削減を「歳出改革の重点分野」に位置付けた。「社会保障給付の増加を抑制」する一方で、削った部分を「公的保険外サービスの産業化」につなげていく方針だ。次期診療報酬改定の議論にも影響を及ぼす「骨太の方針2015」を解説した。
社会保障費にキャップかける
「骨太方針2015」は、16年度からの3年間を「集中改革期間」とし、社会保障費の自然増を「高齢化による増加分に相当する伸び」である1兆5000億円に抑制することを目指す方針を盛り込んだ。「経済・物価動向」や「目安」とすることを書き込むなど削減額には幅を持たせているが、あらかじめ社会保障費の伸びを設定することは、実質的にキャップをかけているといわざるを得ない。
社会保障費は、高齢化や医療の高度化に伴って当然増加する。いわゆる自然増分は年間8000億円から1兆円と見込まれているため、3年間で9000億〜1兆5000億円、1年当たり3000億〜5000億円も削減することになる。
地域住民の生活を支える基本インフラである医療・介護の崩壊がいっそう進行するおそれがある。
あの手この手の削減・抑制
「骨太方針2015」の検討課題には、医療・介護分野の具体的な削減策が列挙されている。書きぶりは変えているが、財政制度等審議会の「建議」の内容をほぼ盛り込んでいるのが特徴だ。
■さらなる患者負担増
第1は、さらなる患者負担増、保険給付の削減である。
全世代で大きな負担増となり、受診抑制と患者の重症化をさらに深刻にするおそれがある。
高齢者に対しては、「公平な負担」の名で、@75歳からの窓口負担のあり方(原則1割から2割負担へ引き上げ)や、高額療養費制度のあり方(70歳以上の負担上限の引き上げ)、A「医療保険、介護保険ともに」、マイナンバー(共通番号)で把握した金融資産を勘案した負担の仕組み―などについて検討するとしている。
「医療・介護を通じた居住に係る費用負担の公平化」について検討することも盛り込まれた。入院時の食事代の自己負担引き上げに続いて、すべての病床で入院時の居住費を負担させる「公平化」が狙われている。
「かかりつけ医普及の観点」から、「外来時の定額負担」について検討することを盛り込んだ。「外来の機能分化」の名目で、紹介状なしの大病院受診に対する最大1万円の追加負担の義務化に続くものである。「かかりつけ医」に受診した場合は、「外来時の定額負担」を義務付けないことが考えられる。
さらに、「生活習慣病治療薬」は「費用面も含めた処方の在り方」を検討することを盛り込んだ。財政審の建議は、先発品の保険給付は後発品価格までとして、差額は患者負担とする案を示している。
「市販品類似薬に係る保険給付」についても「見直しを検討」するとされ、湿布、目薬などの保険外しが狙われている。
一方、医薬品等の保険適用については、「費用対効果」を次期診療報酬改定で「試行的に導入した上で、速やかに本格的に導入することを目指す」方針である。
■医療費抑制の推進
第2は、「地域差是正」を名目とした医療費抑制路線の推進である。
療養病床の病床数や平均在院日数が都道府県間で違いがあることを問題視して、地域の医療特性、風土、文化などを考慮せずに「地域差の是正を着実に行う」との方針を盛り込んだ。
外来医療費についても、データを分析して「地域差の是正を行う」ことに言及。医師需給の「地域間偏在等の是正」についても検討課題に挙げた。
こうした取り組みとあわせて、都道府県ごとに「医療費水準や医療提供の目標」を定める医療費適正化計画を策定し、「都道府県別の1人当たり医療費の差を半減させることを目指す」との方針を盛り込んだ。
さらに、医療費抑制の取り組みとして、@都道府県単位で診療報酬を設定できる特例(高齢者医療確保法第14条)の活用を検討する、A医療機能に応じた病床の点数・算定要件の見直しを、次期診療報酬改定と18年度の同時改定で対応する、B都道府県の「病床再編や地域差是正の努力を支援」する、D国保の医療費抑制に取り組んだ保険者への財政支援を前倒しで実施する―などについて「可能なものから速やかに実施する」方針である。
■介護保険の給付減
第3に、介護保険の給付削減である。
「軽度者」(要支援と要介護1、2)を対象とした生活援助サービス・福祉用具貸与など保険給付の削減や、介護予防サービスを市町村事業に移行することを検討課題に挙げた。
■保険料に差をつける
第4に、個人の健康づくりの自助努力を喚起するため、「保険料への支援になる仕組み」の導入を検討することを盛り込んだ。
一定金額をキャッシュバックすることが想定されるが、財政審の建議では、受診、投薬が少ない加入者に対しては保険料を軽減する「傾斜保険料」の導入が示された。保険料は所得に応じて、保険給付は平等にするという国民皆保険の原則を崩し、民間保険化につながることが危惧される。
■社会保障の産業化
第5に、社会保障関連分野の産業化の取り組みを進めることである。
「公的保険外サービスの産業化」の取り組みについて、医療法人や医療関係職種を担い手とするため、「実施可能な業務の範囲」や規制について検証し、「必要な対応を検討・実施する」とした。
また、医療を成長産業として位置付ける「日本再興戦略改訂2015」(6月30日、閣議決定)において も、「公的保険外のヘルスケア産業の活性化」の取り組みを推進し、「外国人患者の集患」に取り組む「国内医療機関を『日本国際病院(仮称)』」とする方針が盛り込まれた。
消費税引き上げで経済は停滞
消費税率を8%に引き上げた後、個人消費は冷え込み、14年度の経済成長率は実質マイナス0.9%に落ち込んだ。
20年度に向けて社会保障の給付削減と負担増を続けることに加え、17年4月から消費税率を10%に引き上げれば、GDPの6割を占める個人消費はさらに落ち込むことになる。
社会保障は国民に健康と安心を提供するだけでなく、個人消費を押し上げる効果もある。とりわけ医療、介護サービスは、経済波及効果、雇用誘発係数が、全産業の平均より高く、国内経済とりわけ地域経済への影響が大きい。社会保障を充実し、経済再生に向かう路線に抜本的に転換することが求められている。
以上