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政府・与党「医療制度改革大綱」に対する意見

2006年1月22日
全国保険医団体連合会

                                                           

1-基本的な意見

 政府・与党の「医療制度改革大綱」は、現在の医療制度を「高い保健医療水準を達成してきた」と評価しながら、「将来にわたり持続可能なもの」とするために「構造改革が急務」としています。それを言うならば、今日の医療制度が抱えている財政問題の主因が、国庫負担の削減にあることを認めるべきです。この克服なしに、「いつでも、どこでも、だれでも」必要かつ十分な医療を受ける国民の権利を保障する改革はあり得ません。

 しかし、「大綱」がねらうところは、第1に、医療や年金の公的給付抑制と消費税率引き上げを一体として進め、社会保障への国庫負担削減と国民大増税をめざすものであり、第2に、さらなる給付減と負担増で国民の不安をあおり、備えるのは自己責任であるとして、民間保険など医療市場を拡大し、日米の企業に提供することです。すなわち、国の責務である社会保障としての医療制度から、自己責任と相互扶助、市場原理に基づく制度への転換です。

 「大綱」は、根拠も示さずに医療保険給付費(医療給付費)の伸びを「経済財政と均衡」させるとして、@患者負担増と診療報酬の引き下げ、A「生活習慣病」対策や平均在院日数の短縮などを推進する計画です。さらに、公的医療保険を都道府県単位に再編統合し、医療保険給付費と保険料が連動する仕組みも導入する方針です。

 これは二重に誤った政策です。第一に、日本の医療費水準は経済力と対比して、あまりにも低水準であり、第二に、経済力の伸びと医療費水準は比例するものではなく、高齢社会では医療費水準が高まることは、むしろ必然的であるからです。

 保険給付の縮小と患者負担への転嫁、それに伴う受診抑制によって医療保険給付費を抑制しようとすることは、医療を受ける機会をさらに奪うことであり、また、それは治療抑制でしかありません。かえって健康を悪化させ、医療費増を招く悪循環です。

 また、国が本来守るべき国民の健康、医療への責任を放棄し、地方分権を逆手にとって、地方自治体へ責任と負担を押しつけることは容認できるものではありません。これは、都道府県単位の医療保険化の結果、地域間の保険料負担格差だけでなく、健康格差・医療格差をも招くことになり、地域医療に混乱をもたらすものです。結局、国民と医療機関にその被害は及ぶことになります。

 「医療費の無駄を常に点検する」としてやるべきことは、大企業の高利益率を保障している高い医薬品や医療機器・医療材料の早急な是正です。そして、@安全で有効な医療技術や医薬品等を速やかに公的保険に導入する、A早期受診、早期治療を促進するよう患者負担を軽減する、B医療従事者への評価を高め、患者が納得、満足できる医療に改善するなど、真の医療費適正化策を講ずるべきです。

 「予防の重視」として「運動、食生活」等の「啓発」を行うことは必要ですが、「生活習慣病」の背景には過労死を招くような今日の労働環境や生活環境の問題があり、この改善なしに健康確保・増進はできません。だからこそ国がその役割を十分に果たすべきであり、それなくして都道府県や保険者が形ばかりの健診、保健指導をしても成果は上がりません。健康悪化の背景や健診・保健指導などの受診を阻害する要因を解決し、早期発見・治療によって重症化を防ぐことや、在宅福祉の拡充、入院から在宅までの医療連携体制の確立などが、「患者本位の医療」から必要です。

 今日求められているのは、経済財政に国民の健康をあわせるのではなく、国民の健康増進を図り、“有病率”を引き下げることで、医療費水準を安定させていく改革に踏み出すことです。国の財政運営を「大企業に手厚く」から、国民生活基盤の重視に転換し、日本の「経済力」を活かすことによって、先進国の中で患者の実効負担率は際だって高く、かつ、GDPに占める医療費は最低という歪んだ状態を改め(*1)、安全、安心の医療を実現することが可能となります。これこそが、国民の健康権・生存権、とりわけ高齢者の人権を保障する医療制度改革への道です。 


2-主な事項に対する意見

(1)団塊世代に焦点をあてた高齢者の患者負担増

 団塊世代に焦点をあて高齢者を対象に厳しい負担増を押しつけることは、扶養している家族にも負担を強いるものです。

 「大綱」が打ち出した「課税所得145万円以上」の高齢者を「現役並みの所得の者」として、2006年10月から3割負担に引き上げることや、2008年度から70〜74歳の高齢者の1割負担を2割負担へ引き上げることは到底、容認できるものではありません。「現役並み所得」論は有病率を無視した暴論です。高齢者が加齢に伴い有病率や受診頻度が高くなっても、それは決して「受益者」ではありません。同時に、厚労省「試案」に盛り込まれた65〜69歳の高齢者の2割負担への軽減の実施を強く要求します。

 また、療養病床に入院している高齢者(2006年10月から70歳以上、2008年度から65歳以上を対象)に対して、現行の食材費相当分の負担に加えて調理コスト、光熱水費を自己負担とする方針ですが、厚労省の試算でさえも、患者負担1割(平均4万円程度)に加えて、新たに毎月3万2千円程度の負担増となります。「おむつ代」負担を含めると毎月十数万円もの負担を余儀なくされます。2008年度からは、70歳以上は2割負担に引き上げられ、食費・居住費負担の対象は65歳以上(3割負担)にも拡大されます。治療の一環である食事や入院環境への自己負担の拡大は、医療上の必要性からも行うべきではありません。 

 さらに、高額療養費の負担上限を引き上げるとともに、70歳未満の「上位所得者」(*2)の対象拡大や人工透析患者の自己負担上限引き上げは、長期・重症の患者ほど過酷な負担が強いられるものです。毎月の負担上限が2倍に引きあげられる人工透析患者にとっては生命にかかわる問題です。

(2)国の責任と負担を都道府県に押しつけ

 「大綱」は、糖尿病患者・予備群の減少率、平均在院日数の短縮など、国が定める「政策目標の全国標準」に基づき、「医療費適正化計画」を都道府県が策定・推進することを打ち出しました。

 国の取組みは、診療報酬の特例措置や医療保険財源の活用など、「都道府県での取組みに対する財政支援」にとどまり、責任をすべて地方自治体に押しつけています。

 さらに、医療連携体制の構築や遠隔医療の推進などによる医療提供システムの効率化、産業界も参画した「生活習慣病」予防の「国民運動の展開」も推進する方針ですが、ここでも国の責任と負担で推進すべきところを、都道府県と保険者に押しつけ、最後は、国民の「健康の自己責任」で完結しようとするものです。

 真に「安心・信頼の医療の確保と予防の重視」を実現するためには、死因の6割を占める「生活習慣病」などの予防や発生を減らす実効ある施策を、国の責任で講ずるべきです。また、厚労省が示した人口当たりの病床数が少ない長野県の入院日数を機械的に全国にあてはめることは、地域での受け入れ体制がないままに医療が必要な患者の「病院追い出し」を強いる事態となりかねません。地域の医療提供システムが混乱し、住民と医療機関にしわ寄せされることが危惧されます。

(3)国民の医療を制限する診療報酬引き下げと地域別の診療報酬設定

 「大綱」は2006年度改定について、診療報酬引き下げをかつてない規模で実施する方針を明記しました。公的保険医療の給付範囲と、医療内容・水準などを規定する診療報酬を引き下げることは、国民に保障される医療の質と量が制限されることにほかなりません。医療機関には過度のリストラ・合理化を強要し、「大綱」自らが評価した国際的にみても「高い保健医療水準」の低下を招くことになります。

 また、医療保険給付費の抑制効果をあげるために、地域別の診療報酬を設定し、制度化するとしています。「大綱」では「不適切な格差が生じないよう配慮」することが明記はされたが、「医療費適正化計画」に定めた全国標準の目標が未達成の場合に、罰則的な診療報酬が設定されることが十分考えられます。診療報酬のマイナス改定を継続化する口実を与えることにも繋がりかねません。全国民に等しく、安心、安全の公的保険医療を保障する診療報酬の役割からして、地域間の健康格差・医療格差を拡大する地域別診療報酬は導入すべきではありません。

(厚労省試案に明記された「いわゆる『混合診療』への対応」については、既に「見解と要求」(*4)を発表しています)

(4)公的医療保険の都道府県単位化、高齢者医療制度の創設

 「大綱」は、国の責任を大きく後退させながら、国保、中小健保組合、政管健保を都道府県単位で再編統合し、給付(保険給付費水準)と負担(保険料水準)が連動する仕組みと、保険者間の財政支援を導入する方針です。

 介護保険のように保険者の「力量」の差が直接保険運営に影響し、住民に対して「保険料引き上げか、保険給付費引き下げか」を選択させることになりかねず、地域格差の拡大をもたらすとともに、医療従事者との深刻な矛盾を引き起こしかねません。

 また、企業の拠出責任を明確化した老人保健制度を廃止し、「後期高齢者医療制度」を創設するといいますが、75歳以上で区切る必然性はありません。また、高齢者全員から保険料を徴収する計画ですが、厚労省試算では保険料は1人あたり月額6千円となり、医療と介護あわせて1人月額1万円程度の保険料負担が強要されることになります。

 制度財源の1割とされている保険料総額は、高齢者人口の増加に応じて引き上げられる仕組みを導入します。国保、被用者保険が加入者数に応じて拠出する「後期高齢者医療支援金」を地域ごとの医療保険給付費と連動させるほか、保険料のうち「支援金」に充てる額を区分して徴収するなど、「大綱」に示した「高齢者世代と現役世代の負担を明確化」する仕組みを具体化するものです。企業(雇用主)負担がない保険料を個人単位で徴収することは、後期高齢者だけにとどまらない保険制度上の問題を内包しています。 

 さらに、終末期医療に焦点をあてた別建ての診療報酬体系をつくることは、75歳という暦年齢で機械的な線引きが行われ、受けられる保険医療に差別が持ち込まれかねません。患者が安心して医療を受けられる権利や自己決定権の尊重などにも係わる問題です。

(5)医療保険給付費を「目安となる指標」で管理

 「大綱」は、「経済規模と照らし合わせ」て、5年後及び将来の医療保険給付費の見通しを「目安となる指標」として定め、「一定期間後」に「指標と実績とを突き合わせ」て検証し、その結果を次の抑制策に反映させることをうたっています。医療保険給付費が「指標を超過」しても「一律、機械的、事後的な調整」は行わないとしていますが、明らかに、指標に従わせようとするものです。そもそも経済財政に国民の健康をあわせるシステムづくりなど本末転倒であり、国民の健康・福祉を確保するために財政確保に努めることこそ政府の責務です。

 厚労省は過大な医療保険給付費予測を行い(*3)、2025年度には医療保険給付費が国民所得の10.5%になると、国民の不安を煽ろうとしています。しかし、ドイツやスウェーデンなどではすでに90年代に到達している水準であり、社会保障給付費全体をみても厚労省が示した2025年度の対国民所得比28.5%は、ドイツでは1989年並みの水準(28.4%)であり、決して、膨大なものではありません。

 最高益をあげている大企業の法人税をもとに戻し、また先進国並みに応分の負担を求めることや、GDP比で先進国の2〜3倍という無駄な大型公共事業を削ることによって、仮に厚労省の予測通り伸びたとしても、日本の「経済力」を活かすならば十分に支えられ、かつ先進国並みの原則的に患者負担のない医療制度は可能です。

3-今通常国会に向けて国民的な運動を

 この間の患者・家族団体と医療界あげての運動により、2008年度から乳幼児医療費2割負担の就学前までの拡大や、入院医療の受領委任払い方式による「現物給付」化が盛り込まれました。また、高額療養費制度の定率部分(1%)を据え置き、経済財政諮問会議や財務省が要求した実質負担が4割以上にもなる保険免責制導入や一般病床の食費・居住費自己負担化は先送りとなりました。同時に、政府は「医療費適正化計画」を3年目の段階でも検証するとしており、短期的な抑制策が再浮上する危険性があります。次期通常国会に向けて、高齢者を直撃する患者負担増と公的保険医療の縮小に大きく舵をとる医療制度構造改革を許さず、国民と医療従事者が築き上げてきた皆保険医療制度の充実をめざす国民的な運動に邁進するものです。


【参考】

(*1)患者の実効負担率と医療費

  医療費に対する患者の実際の負担(=実効負担率)

  日本15.7%(03年)、フランス11.7%(96年)、ドイツ6%(97年)、スウェーデン3%   

  (99年)、イギリス7.2%(98年)

  GDPに占める医療費割合(2005年)

  日本7.9%、フランス10.1%、ドイツ11.1%、スウェーデン9.2%

(*2)高額療養費制度の「上位所得者」

  現行は「月収56万円以上」、見直し案では「月収53万円以上」を対象とする。

(*3)厚生労働省の医療費の将来予測=2025年度

  1994年=141兆円(94年の国民医療費25.8兆円)

  1997年=104兆円(97年の国民医療費29.1兆円)

  2002年= 81兆円(02年の国民医療費31.1兆円)

  2005年= 56兆円(現在の医療保険給付費28兆円)

医療給付費の将来推移 2006年度 2015年度 2025年度

政府見通し(伸び率4%) 28.3兆円 40兆円 56兆円

厚労省「大綱」実施の場合 28.3兆円 37兆円 48兆円

諮問会議「管理目標」導入の場合 28.3兆円 35兆円 42兆円

保険医協会試算(伸び率2%)現状維持 28.3兆円 34.6兆円 41.2兆円

(*4)「見解と提案」(2005年3月、第14回理事会決定)の抜粋

「基本合意」のめざすところは、特定療養費制度を根本的に改編して、混合診療の「実質解禁」へ足を踏み出し、技術料を含めた医療行為等への拡大、新たな保険給付外し(「軽度医療」や市販類似医薬品、保険免責制度など)の受け皿としての活用をねらうものである。例外的扱いとしての特定療養費制度から、保険給付と保険給付外の並存という基本的な仕組みに移行することにより、公的医療の縮小、公的給付費の総枠管理という政府の「公的保険給付の内容及び範囲の見直し」政策(いわゆる公私2階建ての階層型医療制度づくり)を推進することにある。
 このことは、「いつでも、どこでも、だれでも、安心して」必要にして十分な医療を受けたいという患者、国民、そして医療従事者の願いに反するものである。すなわち新規の医療技術などが、@厚労省が認める限られた医療機関だけで受けることができ、A負担できる患者だけが受けられる、ということである。

―提案―

 新技術や薬剤の有効性や安全性が確立されているにもかかわらず、保険導入が行われていないということは不合理以外のなにものでもない。皆保険医療を充実させるためには、診療報酬体系の抜本的な改革と国民が保険診療で受ける医療の質の確保、給付範囲の拡大が図られる必要がある。
(1)安全性・有効性が確立した医療技術等は速やかに公的医療保険に導入する
@安全性と有効性が確立した医療技術、薬剤、治療材料等で、患者や医学会、専門医会から要望が出されたものは、普及性にかかわらず速やかに中医協審議を経て保険導入を行うべきである。そのためのルールの透明化と迅速化を要求する。
A未承認薬等の治験は、原則開発メーカーと国の責任で安全性、有効性を検証する。また、副作用の救済等については、開発メーカーと国の責任と財源で救済・補償を行うべきである。
B保険給付については、回数制限、予防給付制限などを速やかに見直し、必要なものは保険給付の改善や、主治医の裁量を尊重する(薬理作用重視の審査への改善など)などの改善を図る。
C欧米に比べて高い薬価や医療機器・材料の是正を図る。
D現行の「180日超入院」は、入院基本料等を引き上げ直ちに廃止する。

(2)新たな枠組みの「保険導入検討医療」「患者選択同意医療」について

 A:「保険導入検討医療」は安全性・有効性確立までの検証期間、過渡期の医療制度とする
@「保険導入検討医療」は、審査段階では安全性、有効性が確認された新規の医療技術や未承認薬、治療材料などの検証期間、保険導入までの過渡期の制度とし、検証期間は診療報酬改定にあわせて原則2年以内とする。
A「保険導入検討医療」の患者負担については、保険給付と開発メーカー負担、公費を組み合わせた制度を新たに設けて医療費を保障する。
B医師主導治験であっても治験薬等は原則開発メーカー提供とすべきである。

B:「患者選択同意医療」という制度は創設すべきではない 
@とくに、「制限回数を超える医療行為等」の保険外化は認められない。
A「医学的な根拠が明確なものについては保険導入を検討する」という厚労省の説明に基づくならば、むしろ直ちに制限回数の妥当性や要否の見直しを行い、制限診療を撤廃すべきである。
(3)大学病院などの高次先端医療について
 研究・試験段階の高次先端医療は保険給付とは切り離し、国の学術研究予算を適用する。大学病院などがその機能を発揮できるよう研究予算の拡充を行う。