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政府の『新医師確保総合対策』に対する保団連の提案

―医療費抑制策を転換し、実効性ある医師確保対策を―

                               2006年12月3日
全国保険医団体連合会

1 はじめに

 大学病院への医師引き上げから顕在化した医師不足問題はいま国民的な議論を呼んでいます。WHOから世界一との折り紙つきの日本の医療はOECD諸国の6割という少ない医師の過重労働で何とか支えてきたのですが、もう限界だということです。また、医師および医療機関をとりまく環境の悪化、最近頻発している警察による医師逮捕などが、医師のモチベーションの低下をもたらしていることも医師不足問題に大きく作用しています。

 政府・厚生労働省はこれまで医療費抑制の立場から、必要医師数の養成を抑え、医療従事者に対して低診療報酬を押しつけてきましたが、このことが今日の医師不足、とりわけ病院勤務医不足を招いた主因といえます。全国各地で起っている医療崩壊をくい止めて国民の生命と健康を守るために医療従事者や国民に呼びかけて行動をおこしましょう。

2 医師不足の現状

(1) 産科医不足による産科休止や分娩中止が連日報道されるように「子どもの生めない地域」が急増しています。警察による産科医逮捕も影響し、全国での分娩中止は138病院にもなっています(5/21朝日)。また小児救急体制が維持できなくなり小児科も休止や病棟閉鎖が相次いでいます。

(2) 38都道県で産科医不足を、32都道府県で小児科医不足と回答(10/30共同通信)。

(3) さらに内科や外科も含め勤務医の退職が続き、救急受付の休止など“地域医療の崩壊”として社会問題化しています。

1年間で勤務医が25%減少した病院もあります(4/27中日)。

(4) 集約化で拠点とされた病院に患者が集中し、ここでの医師の過重労働へと悪循環しています。

(5) 医師の絶対数不足からくる医師の過重労働は、最近の在院日数の短縮や安全対策・感染対策などによる業務の過密から深刻化しています。

3 医師不足は「偏在が原因」ではない

(1) 根源は医師の絶対数不足です

@ 政府は80年代から、医師の需給バランスは過剰になるとの推計を持ち出した上に、診療報酬の抑制をねらった医療供給過剰論を喧伝して医師養成数を削減してきました。

A 国際的水準から見ても日本の医師数は人口10万対200人で、OECD諸国平均290人の3分の2であり、OECD30カ国中27位です。OECD水準には12万人不足しています。

B しかし政府は、2020〜25年以降は、医師の需給が均衡するとの推計(厚生労働省「医師の需給に関する検討会」報告書)を根拠に、それまでの間は、医療提供体制の「集約化・重点化」と医師業務の「効率化」で対応するとしています。

C 「人間的」な医師労働を求めます…勤務医の勤務時間が週平均63.3時間で肉体的にも精神的にも極限状態にあり(医師の需給に関する検討報告書)、超過勤務も厚労省の過労死基準の月80時間を超える医師が3割(大阪府医師会)という実態です。当直の翌日も通常勤務をしている医師が98%(埼玉医大病院)と報告されています。業務量と比較しての医師数不足感は79%(全日本病院協会)にも達しています。

D 偏在の主たる原因は労働環境の厳しさからくるドミノ現象を伴う悪循環であり、特に小児科・産科においては際立っています。また、両科は女性医師の占める割合が多く、小児科31.2%、産婦人科22.2%であり女性医師の労働環境の改善が不可欠です。

E 在院日数の短縮・安全および感染対策・医療の高度化・書類作成など事務量の増大によって、特に勤務医の業務量と内容が過大過密化してきています。

F 医師の半数が“燃え尽き”の恐れ(静岡県立がんセンター調査)という状況です。

(2) 政府の「医療構造改革」による矛盾が噴出―診療報酬引き下げが病院経営を直撃

@ 2002年、2006年と連続マイナス改定で大幅な減収。

A 施設基準の改定で配置基準を満たさない「標欠病院」は診療報酬ペナルティー。

B リハビリ日数制限、療養病床削減などで中小病院がさらなる苦境になっています。

C 総合病院の廃止や不採算による診療科の休止もされました。

D 経営の悪化から「効率化」が迫られて医師の人件費が下げられています。

(3) 臨床研修制度と国立大学病院・国立病院への“独立採算”の強要

@ 従来と違った若手医師の流動化を生じていますが、2年間の複数科ローテイト研修は、全人的医療を学ぶ点と進路決定に役立っており新研修制度は評価できるものです。

A 大学病院での研修医の満足度が39%と低いのが課題であり、指導医をはじめとした体制を強化して満足度アップする必要があります。

(4)病院の統廃合・民営化は地域から医師・診療科・病院を取り上げてしまいます

4 政府の「新医師確保総合対策」で医師不足は解消するのか

(1)「平成34年(2022年)にマクロ的には必要医師数が充足」との結論は少子化による人口減にスポットをあてたものですが、それでもOECD水準に達しないものです。その上、今後の医師の高齢化の問題と患者の高齢化からの入院需要の増加や業務の過密化への視点が欠落しており同意できません。

(2)政府の「総合対策」は「入院から居宅へのシフトを軸にした医療費の抑制構造」路線のなかでの対策です。

@ 療養病床の廃止・削減を通じて入院日数を短縮し、次の段階では一般病床の削減です。入院日数を25%短縮すれば病床数は25%が不要になる(厚労省)との策から“生まれる”医師を見込んでいるのです。

A 入院計画からはじまり入院・退院後の施設利用や在宅について“切れ目のない”医療を提供するという地域完結型の医療体制へということですが、高齢化に伴う入院需要の増大に対応できないのではないでしょうか。

B 都道府県の責任で医療機関の機能分化・連携を推進、あわせて医師の配置調整を行う方向ですが、地域の医療体制の弱体化を招かないよう住民、医療従事者の要求をきちんと織り込むことが重要です。

(3)地域の病院を「集約化・重点化」することは、病院が淘汰されることになり、その病床が削減されます。

@ 医療に欠かせない地域性が後退し、特に救急・産科・小児の医療危機が進行しています。

A 集約化で拠点とされた病院に患者が集中し、ここでの医師の過重労働へと悪循環を生じています。

5 実効性ある医師確保―とりわけ病院勤務医確保への提案 

(1)医師養成の抑制策を止め、中小病院切捨ての中止、診療報酬の改善・引き上げを

@ 公的責任による必要医師数の養成が根本的な解決策である

・医療費抑制のために医師数を抑えることを直ちにやめること

・まずOECDの水準にすること

A 臨床研修を充実・強化すること

・補助金を増額して指導医の増員・選任化など体制強化する

・研修医の満足度が39%と低い大学病院での研修体制を充実させる

・中小病院での研修も重要であり位置づけをたかめる

・地域内の医療機関の研修ネットワークを構築する(岡山方式など)

B 小児救急を含む小児医療や周産期医療に対する診療報酬の実質的な改善・引き上げを行うこと

(2)医師の労働環境を改善して、安全・安心の医療を前進させる

@ 医師の労働環境を早急に公的責任で調査する(各都道府県ごとに。病院単位、診療科単位で)

A 女性医師が働き続けられ、また復職しやすい施策を実施する

B 労働基準法など医師の法的権利が遵守できるよう診療報酬を含む条件整備を行い、過労死や過労自殺を防止する

C 当直明けの休日保障や月間での完全休日の保障などができるよう診療報酬を含む条件を整備し、過重労働へ対処する

(3)公的責任で地方への医師派遣体制を確立して、地域医療を確保する

@ 医師派遣の緊急要請に応えるセンターをつくる

A 都道府県内の医療機関の連携で、医師確保困難な病院へ派遣協力

B 都道府県が派遣医師を期間限定で確保するシステムを

C 医師会がすすめている「ドクターバンク」の開設を全国化するために支援する

(4)地域医療をまもり拡充するために

@ 都道府県の医療対策協議会において、現状把握と課題をはっきりさせて結果を広く公開する。また会議には地域住民の参加を保障する

A 大学医学部入学定員の地域枠および奨学金を拡充する

B へき地診療所および従事する医師へのバックアップ体制など支援を強める

(5)全科を対象とした無過失補償制度を創設する

@ 医療事故を個人責任による刑事犯罪として立件する警察の手法により、リスクの高い外科系では萎縮医療ないし廃止が生じている

A 全ての診療科を対象とした無過失補償制度を創設する。

B 2007年度からはじまるADR法(裁判外紛争解決手続き)を公正に運用する

C 医療事故の公正な判断と事故の発生予防・再発防止を図る第三者機関を設置する

(6)医師配置は義務化ではなく、自発性・自主性を基調にして

@ 医学部教育や臨床研修・後期研修のなかで、自発性・自主性を促す環境づくりをする

A 地域での医療構想から医師への要請を明確にして提示する

B 地域の要望に積極的に応える医師づくりをすすめる

C へき地保健医療の情報も常に得られるシステムをつくる

(7)政府の構造的な医療費抑制政策の転換を直ちに行うこと

@ 地域医療の崩壊を打開するために、根本原因であったこれまでの政策を見直して医師数を抜本的に増やすことが求められているのです。

A 医療費のGDP比7.9%を、まずドイツ、フランス並の10%にアップさせる。

(8)すべての地域で国民的対話をひろげる

@ 懇談会・座談会・交流会・シンポジウムなどを企画する

A 勤務医のみならず医学生・研修医・開業医・大学・医療団体に広く呼びかける

B 医師会・自治体関係者・マスコミ関係には参加とともに情報交換も

C 地域住民の参加で要望の提出とともに、医療について認識を深めあう

                                     以上