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 2010年12月5日


医療の質と安全性の向上、看護の充実は実現するのか
「特定看護師」創設への疑念

全国保険医団体連合会
政策部長 三浦 清春

1.急がれる就業看護師の大幅増員
厚労省は「特定看護師」を創設し、看護師の業務範囲を拡大する方針である。ところが、厚労省が11月に発表した第7次看護職員需給見通しでは、2011年の需給見通し約140万4千人に対し、供給見通しは約134万8千人と、5万6千人も不足している。また、OECD加盟国のうちGDP、医療費、高齢化率の類似性がある18カ国の人口1000人当たりの就業看護師数を比較検討した調査によれば、日本は18カ国中12位で、18カ国の平均10.64人に対し、日本は9.35人である。18カ国の平均就業看護師数に日本が達するためには、16万人以上の就業看護師が新たに必要となっている(1)
しかし厚労省は、就業看護師が大幅に不足しているにも係わらず、増員計画もないまま、「特定看護師」創設によって業務範囲を拡大しようとしている。業務範囲が増えればますます仕事量が増え、さらなる看護師不足が生じるのは明らかである。業務範囲拡大の議論より前に、国の責任で看護師教育・養成を強化することや、看護師が安定して就業できる条件整備・向上を図って、就業看護師を大幅に増やすことが急がれる。

2.診療報酬上の評価も必要
現在、医師法や保助看法のもとでも、医師以外に任せる業務もあるが、それが実現しないのは看護師をはじめ医療従事者が根本的に少なすぎることや、診療報酬の評価がない(あっても低すぎる)ことが理由である。例えば、患者のQOLを高めるには、看護職の配置数を増やす必要があるが、生活の支援を行っても看護行為への評価は低く、診療報酬上の評価もないため、増員は極めて困難である。就業看護師を大幅に増やすとともに、看護行為への評価を高め、診療報酬上でも評価することが必要である。

3.医療の質と安全性の観点から
厚労省が創設を検討している「特定看護師」は、医師の包括的指示のもと、自らの裁量で、侵襲性の高い特定の医療行為ができる看護師とされており、傷口の縫合、在宅療養や外来での薬剤の調整、緊急時の気管内吸引などの医療行為が例示されている。
現行の保助看法は、看護師が「診療の補助」を行うことを認めているが、その内容・範囲までは規定されていない。したがって、医師が診察等をした上で指示を出し、それに基づき看護師が行う「診療の補助」の内容・範囲は、医師の指示によって、また患者の状態や医療の進展に応じて変化せざるを得ない。
侵襲性の高い特定の医療行為を法令に明記して、「特定看護師」の裁量で行わせることは、医師の包括的な指示が形骸化するおそれがあり、患者が受ける医療の質と安全性の観点から容認しがたい。
また、医療行為(苦痛や一歩間違えれば傷害につながる行為等)を受ける患者にとっては、「包括的指示のもと」といっても、責任の所在が曖昧となり、医師の管理と責任の下から離れた所で行われることに不安を感じるのではないだろうか。また、同じ医療行為でも医師が行う場合と、「特定看護師」が行う場合が想定されるため、現場での混乱と医療への不信も、招きかねない。

4.看護の充実の観点から
地域の医療特性や医療施設機能などを踏まえ、「地域連携」や「チーム医療」の推進の観点から、医師と看護師等の業務分担の在り方を検討し、現行法の範囲内で、看護師の業務範囲の拡大について合意形成を積み重ねることが肝要である。
特定の医療行為が「特定看護師」の業務独占となった場合、それ以外の看護師には業務縮小となり、チーム医療の推進に逆行しかねない。
看護師は「療養上の世話・QOLの向上」と「診療の補助」という2つの機能を兼ね備えた職種である。新職種を創設しなくとも、既存の認定看護師制度なども活用して、看護の充実に向かうことが求められているのではないか。

5.資格創設にとどまらない根本問題がある
厚労省は、介護における医療ケアも肩代わりさせる方針を提起している。「地域包括ケアシステム」では、2025年の地域包括ケアを支える人材の役割分担として、医師は現在の「定期的な訪問診療」から「在宅医療開始時の指導」へ、看護職は、現在の「診療補助、療養上の世話」から、「病状観察、夜間を含む急変時の対応、看取り」が提案されている。これは「特定看護師」の業務範囲からも逸脱しかねない内容である。厚労省が、「特定看護師」創設をステップにして、診療行為の一部を「医師との協働」のもとに行う「診療看護師(NP)」創設をめざしていることが窺える。
「特定看護師」創設は、医療の質や安全性の担保、医療行為の権限と責任の法制上の位置付けという問題点だけでなく、“医療から介護へ”の流れを助長し、医療費抑制策の強化に利用されるおそれがある。資格創設にとどまらない、医療制度の根幹に係わる問題を内包している。
米国では、フリーアクセスが保障されず、医療体制の不備を放置したま、ナースプラクティショナー(NP)などによる“安上がりの医療”が横行している。日本においても規制緩和の名のもとに、“安上がりの医療”に利用される危険性は否定できない。
医師不足など、疲弊しきった医療現場の危機感から、「特定看護師」創設を求める声が挙がっていることは理解できるが、看護師に新しい資格を導入し、医師の業務の一部を肩代わりさせることが、地域医療の崩壊を食い止め、医療再生へ踏み出す“切り札”になるという認識は安易な発想ではないか。医療の質と安全性の向上と看護の充実の観点から、地域医療の現場の実態と要望を踏まえ、国民的な議論を尽くすべきである。

以上

(1)「看護をめぐる現状と問題点」(2010年11月 佐藤英仁 国民医療研究所幹事・東北福祉大学専任講師)