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累積7.35%のマイナス改定で診療所の損益差額・損益率は悪化
次回改定で地域医療を支える医療機関全体の底上げを求める
                           

                                2011年11月7日
全国保険医団体連合会
政策部長 三浦 清春


 厚生労働省は11月2日、2011年6月に実施した医療経済実態調査の集計結果を中医協に報告した。
 6月単月の非定点調査のため、有効回答率が4〜5割(医科診療所46.2%、歯科診療所53.6%)にとどまり、集計区分によっては回答施設数が一桁の診療科もある。内科診療所(個人・有床)で保険診療収益が120%増額、小児科(個人・無床)でも48%増額するなど、2010年診療報酬改定率からみて、あまりにも極端な伸びを示している。そもそもサンプリングした母集団は前回調査と今回調査では異なっており、両者のデータを比較することで医業経営の実態が明らかになるのか、はなはだ疑問である。まして、次回診療報酬改定の基礎データとして活用することは容認できるものではない。

 今回の調査結果を一部のマスコミが、「開業医の年収2788万円 前年度比0.5%増」「開業医月収 勤務医の1.7倍」と報道した。いずれも、医療法人立の医科診療所データのみを取り上げて報道したものである。厚労省の医療施設動態調査(2011年3月末)によれば、医科診療所99,805施設のうち、個人立が47.2%を占め、医療法人立は36.4%である。無床の診療所は89.6%に上っている。歯科診療所も68,445施設ある。地域医療を支えている医科・歯科診療所の多くが、個人立・無床であり、今回の調査結果から開業医の収入を報道するならば、個人立・無床の医科・歯科診療所も取り上げるべきである。特に問題なのが、歯科診療所をまったく無視する報道がまたもや繰り返されたことである。マスコミ各社の公正な報道姿勢が問われている。

 医療経済実態調査は、極めて不十分な調査であるが、その結果からも、すべての医科診療所と歯科診療所の医業経営の指標である損益差額(可処分所得ではない)が減額し、損益率が悪化している窮状が浮き彫りとなった。
 医科診療所(個人・無床)の損益差額は、前回調査の204.8万円に比べて29.7万円減額、率にして14.5%減の175.1万円となった。損益率も30.7%から26.7%に4ポイント悪化し、1989年6月の調査以降、初めて30%を割り込んだ。
 損益差額が減った要因は、医業収益の9割以上を占める保険診療収益が2.1%減、自費診療も4.4%減となった一方、費用の6割を占める職員の福利厚生費や建物の賃借料、光熱水費、支払利息等の「その他の費用」が6%増、職員の「給与費」が0.5%増となったことである。
 医療法人等を含む医科診療所(全体)も、損益差額が118万円と前回調査に比べて10.3万円減額、率にして8%減り、損益率も12.5%から10.8%に悪化した。
 2010年診療報酬改定では、外来の改定率はわずか0.31%、影響額400億円であった。しかも、外来の改定で不足する部分は、診療所の再診料を引き下げるという財源移転が行われたが、これを反映した調査結果となった。
 歯科診療所(個人)の損益差額は、前回調査の120.2万円に比べて20.7万円減、率にして17.2%減の99.5万円となった。年間ベースで約248万円の減額は、前回調査の損益差額の2カ月分に相当し、1989年の調査以降、初めて損益差額が100万円を割り込んだ。損益率も33.2%から28.2%に5ポイント悪化し、医科診療所と同じく初めて30%を下回った。
 損益差額が減少した要因は、2010年改定が公称2.09%のプラス改定といわれていたが、実際には大きく乖離し、保険診療収益は0.6%増の横ばいにとどまったことや、自費診療収益が18.8%も落ち込み、医業収益全体で2.5%減額したためである。費用では、医科診療所と同様に「その他費用」が15.4%増、医療機器の減価償却費も23.9%増額するなど、これ以上削り込めない費用が増額した。一方で、技工料・委託費を削減することで、何とか経営を成り立たせようとする実態も浮き彫りとなった。
 歯科診療所(全体)の損益差額も、前回調査の112.7万から92.9万円へ19.8万円減額、率にして17.2%減り、損益率も25.9%から22%に悪化した。

 一般病院(全体)は、今回調査の損益差額が139.5万円で、前回調査の−1249.4万円に比べ1388.9万円増、損益率は5ポイント改善した。病床規模が大きいほど収支が改善する傾向が見られた。2010年診療報酬改定では、入院の改定率が3.03%、影響額が4400億円で、診療所から急性期医療を担う病院へ改定財源を振り向けたが、その結果が調査結果に表れた。

 今回の調査結果から、医科・歯科診療所の収支は、改善傾向にあるどころか、悪化の一途をたどっていることが改めて明らかとなった。医科診療所(個人・無床)と歯科診療所(個人)の損益差額について、2001年調査と2011年調査を比べると、この10年間で医科診療所は27.9%減り、歯科診療所も21.9%減額している。損益率も医科診療所で9.8ポイント、歯科診療所で5.1ポイント、いずれも悪化している。
 高すぎる窓口負担のために、経済的理由による受診抑制に拍車がかかる中、2002年診療報酬改定から4回連続の引き下げで、厚労省発表の改定率でも累積でマイナス7.34%(2001年対比)となっていることが大きく影響している。開設者の報酬や診療所施設、医療設備の改善に充てられている損益差額の減少傾向が続くならば、地域医療を支えている診療所機能が弱体化することが危惧される。

 勤務医は通常勤務に加えて当直を行うなど、大変激務であり、勤務条件の改善と報酬引き上げが実施できるよう診療報酬を大幅に引き上げる必要がある。しかし、開業医についても損益差額が全て給料・賞与となるのではなく、この中から事業にかかわる税金や借入金返済、退職金積み立てなどの費用を捻出しなくてはならず、経営リスクを負い債務返済をしなければならない。保団連が実施した開業医の経営・労働実態調査(2008年2月)では、開業医の月当りの時間外労働時間の平均は過労死ラインといわれている月80時間を超える82.82時間であり、開業医の経営も労働条件も大変厳しい状況に陥っている。
 地域医療は病院、診療所の連携によって成り立っており、勤務医の労働環境の改善とあわせて、地域医療を支える診療所・病院の役割を診療報酬で正当に評価することが、医療再生に必要である。政府、厚労省は、民主党が「政策集INDEX2009・医療政策詳細版」で公約した「累次の診療報酬マイナス改定が地域医療の崩壊に拍車をかけた」との立場に立ち返り、地域医療を支える医療機関全体の底上げを行うことを改めて要求する。

以上