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命と健康を商品化する特区での株式会社病院の申請撤回を神奈川県に強く求める

2005年5月23日
神奈川県保険医協会
医療運動部会長 池川 明

 

 5月18日、神奈川県は株式会社の医療機関経営に関し、構造改革特区の認定申請を政府に行った。バイオ分野のベンチャー企業、バイオマスター社が再生医療の美容外科クリニックを横浜市内で開設するとしており、全国初となる。われわれは、今回の企業の医療機関経営参入について、医療技術の特許化、混合診療の全面展開、ひいては医療保険の崩壊など、非常に危険性が高く、命と健康を商品化していく水先案内であると考え、この特区申請の撤回を強く求めるものである。

 株式会社の医療機関経営を禁じた医療法7条を例外的に認めるこの医療構造改革特区は、自由診療に限定され、@陽電子放射断層撮影(PET)などの画像診断、A再生医療、B遺伝子治療、C美容外科医療、D体外受精、Eその他、の6種類の高度医療のみが認められるものであるが、昨年10月の改正特区法の施行以降、これまで1件も申請がなかったものである。

 これが一転して、今回、神奈川県が「かながわバイオ医療産業特区」を申請し、“株式会社医療機関第1号誕生”に歩みを進めることとなった。これは、混合診療の実質解禁の基本合意がなされた昨年末に、バイオマスター社が神奈川県商工労働部に打診し調整を進めてきたことによるが、立案・推進役の県商工労働部はバイオなどの産業振興のため外郭団体として「かながわサイエンスパーク」と「財団法人かながわ科学技術アカデミー」をもち、後者は日本再生医療学会の会員であることが背景にある。松沢知事が「社会的に意義がある」と記者会見した意味もここにある。よって、医療機関の開設に関わる保健福祉部は直接の関与はしていないのである。

 このバイオマスター社は欠損乳房の再生や顔面陥没の修復など「再生医療」を実施するとしているが、会社設立は2002年末と歴史が浅く、従業員13人(取締り役3人含む)の会社にすぎない。しかし、株主には、オリックス、東大、ニッセイなどの、この間、混合診療の解禁を主張してきたメンバーが名前を連ねている。東大は既に、美容外科、再生医療に本格参入をしており、このバイオマスター社の株主、東京大学エッジキャピタルとして技術支援と投資を行うほか、東大教授16名が株主の先端科学技術エンタープライズXも株主として産学共同による研究成果の事業化、特許化を図ろうとしている。

 この神奈川の特区申請に軌を一にするように、5月19日には在日米国商工会議所(ACCJ)が「株式会社等による医療機関の所有、経営及び運営の解禁について」と題する意見書を記者発表し、医療機関の株式資本による資金調達や株式会社の医療参入を求め、特区が自由診療で高度先端医療に限定されていることを批判した。既に米国は、04年10月14日、「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書」の中で、構造改革特区に関し、「将来高度医療の民間提供を許可するためのあらゆる提案ならびに医療サービス分野における他の特区提案」を求めている。米国資本の特区参入を念頭に置いたものと考えられる。

 再生医療関連分野は世界規模で48兆円、培養皮膚や培養骨の組織分野に限定しても10兆円と推定される。日本がその1割のシェアを担うとして約5兆円、組織分野に限定しても1兆円に達する巨額市場と産業界から期待されている。事実、混合診療の事実上の解禁合意を受け、「混合診療 医療業界に10兆円の神風」(パブリックビジネスレポート05年3月号)との熱い期待がなされている。

 バイオ先進国の米国の再生医療ベンチャーは70社以上あり、日本でも大手13社のほかベンチャー20社が取り組んでいるが、開発途上の技術といわれている。また、医薬品、医療機器と違い、治療、診断、手術の方法、つまり医療技術、医療行為は「特許」を受けることができないこととして取り扱われてきた。しかし、政府の知財戦略本部が03年7月に策定した推進計画から状況が一変し、特許庁が再生医療を皮切りに先端医療技術に特許権を認めることとした。

 このように、株式会社が医療機関経営をし、再生医療を自由診療で提供することは、企業利益、株主利益を最大化する土俵の上での話となっている。つまりは、「患者の利益のためのみに行動すべき」とした医学研究の倫理的原則、ヘルシンキ宣言に反する状況が日々進行しているのである。

 本来、再生医療をはじめ、医学・医術の進歩は、憲法に保障された現物給付の医療制度のもと、保険医療で提供されていくべきものである。それは、配当を出す株式会社によってではなく、非営利の医療機関によって提供されるべきである。

 しかしながら、この特区に関しても実際は妥協を重ねた厚労省は、今回の特区申請に対し、「制度創設の意義があったものと考えている」と、穏健的改革推進の本音を吐露している。

 今回の先端分野の自由診療に限定された株式会社の医療機関経営は、蟻の一穴で、既成事実の積み上げで、特区は全国区へとなし崩しとなり、いずれ、外国資本との提携、医療制度の異なる外国資本の参入を招く。

 また、株式会社医療機関で、カゼなどの一般疾病の治療や、入院治療の基礎的診療部分への医療保険の適用などを求める声はいずれ出される。つまりは混合診療要求へとつながる。自由診療部分を負担できる富裕層のために、決して恩恵のうけることない、圧倒的多くの国民の医療保険財源が充てられることになる。このことは、実際の医療現場では乳房の部分温存が主流であるにもかかわらず、混合診療の代表例としてあげられたのが乳房再建であり、その欠損乳房の再生が再生医療の対象であることが見事に物語っている。

 また、先述したように株式会社による再生医療の世界展開、グローバル戦略の拠点ともなる。すでに中国進出なども視野に入れた事業展開を計画する企業もある。

 再生医療は、治療全体の一部の技術であり、安全性・有効性が確立された段階で、広くあまねく、保険診療に取り入れるべきであり、特許は使用料を派生させ、普及を阻むものとなる。新たな、進歩の保険導入の財源は国と企業と国民が応分に負担すべきであり、それこそが、まさに公平で現実的な方法である。

 そもそも、特区制度は、発展途上国が外貨獲得や産業誘致を目的とした手法であり、日本の構造改革特区は市場開拓の思惑をもつ、財界首脳が提案者である。命や健康という社会的規制を必要とする医療は外交や国防と同様に国が保障すべき性格のものであり憲法でも規定している。

 医療への市場原理導入、株式会社の病院経営を認めている米国では、患者選別や不採算部門の安上がりの研修医による診療、巨額の不正、病院買収など問題が多く、無保険者4500万人は深刻さの象徴である。この米国が日本の医療制度に内政干渉していることももってのほかである。

 われわれは、WHOが世界一と認める健康度を達成した、日本の医療制度を次々と崩そうとする、この愚策に断固抗議するとともに、神奈川県の特区申請の撤回を強く求めるものである。