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【熊本地震】災害時の医療と今後の課題
―橋本 洋一郎・熊本協会副会長へのインタビュー―

熊本協会副会長 熊本市民病院主席診療部長 橋本 洋一郎氏
全国保険医新聞2016年5月5・15日号より)

 

 熊本市民病院は地震によって受けた被害で入院や外来、救急の全てで診療の中止に追い込まれた。診療中止後は医療チーム、DVT(深部静脈血栓症)チーム、口腔ケアチームを避難所などに派遣し被災者への医療支援を続けている。熊本協会副会長の橋本洋一郎氏は同病院首席診療部長として特にDVTチームの活動に采配を振るっている。災害時の医療体制や被災者の状況、今後求められる支援のあり方などを住江会長が聞いた。(取材は4月25日)

 

■救急が混乱

住江 熊本市民病院の診療中止は今回の震災が医療に与えたダメージとして象徴的なものだったのではないかと思います。

橋本 4月14日夜に前震があってから15日の夕方までに、市民病院では300件を超える救急を受け入れていました。被害の大きかった益城町から近いことも救急が増えた要因でした。しかし16日の本震によって病院の壁の亀裂や天井の崩落などが生じ建物倒壊の危険が指摘され、入院患者約300人を転院あるいは自宅退院としました。
 被害が大きかった地区の基幹病院の態勢が整わなかったことに加え、市民病院の機能低下なども重なり熊本市内の救急現場は一時かなり混乱したようですが、医療資源が比較的豊富で、また連携もできており、救急車を断ることはなかったようです。ライフラインがダウンしたことも影響し、地震発生から1週間ほどは救急しか対応できない状況が続きましたが、現在はどうにか落ち着いてきたといえそうです。市内の他の病院でも一般外来を再開できる程度の態勢が整ってきました。市民病院でも現在、外来再開に向けて準備を進めています。

■エコノミークラス症候群の多発

住江 今回の震災では、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)で搬送される患者さんが多いことが話題になっていました。被災された方々の健康状態はどうでしょうか。

橋本 車中泊や避難所生活が続いて運動不足がちになれば血流が悪くなり、リスクが高まります。今回の地震では長期間に渡って震度5を超えるような余震が続き、必ずといって良いほど夜中に大きな揺れがあった。2度目の大きな地震があったことで疑心暗鬼に陥り、夜家で眠るのが怖くなる。車中泊や避難所で過ごす人が非常に多くなりました。
 別の要因として、広範囲で断水が生じ復旧に時間がかかっていることもあります。トイレが使えない場所が多く、トイレの回数が増えないように水分摂取を控えるようになってしまう。しかし水分を取らないと血栓ができやすくなります。
 ただ、肺塞栓症の発症は一定の抑制が効いてきていると思います。当初搬送された中には重症なケースも目立ち大量発症が危惧されましたが、マスコミが大きく取り上げてくれたこと、行政による啓発などで危険性と予防法が周知され抑制につながったようです。また南阿蘇村の避難所などでノロウィルスの感染が起こったことで感染症対策の意識も広まった。
 災害時に健康を守るためには栄養と水分補給、運動、そして感染症対策の確保が課題だと思います。これらが各避難所の方々に行き届いてきたのではないかと思います。
 被災者の健康という意味では急場はしのいだ印象です。今後は諸々の予防策にシフトしていくと思います。特に生活習慣病を悪化させないことです。震災時は通常より血圧が高くなるため、高血圧の患者さんの脳卒中、心筋梗塞などの予防がポイントになると思います。肺塞栓症の問題で協力したいという申し出もいただきますが、こちらも膝や腰が悪かったりして避難所であまり動かない人などハイリスクな人への指導の徹底といった方向性に変わっていくと考えます。

■かかりつけの医療機関へ

熊本市民病院では診療中止の間もテントで処方箋と母子健康相談の対応を続けている(上)。建物内エントランス部分では天井崩落が生じた(下)

住江 これから必要な医療支援はどういったものになりそうでしょうか。

橋本 避難所の人たちにはできる限り地域の病院や診療所にかかってもらうようにしていくべきだと思います。
 多くの病院や診療所では診療を再開し始めている。避難所を回っている医療チームはさしあたり必要な範囲の対応に留め、避難者の方にはかかりつけの医療機関に戻ってもらい、そこで継続的な管理をしてもらうことが大切だと思います。また、保健師さんによる受診の必要性の視点からのトリアージ、受診しない場合の健康指導、食事指導などによる重症化予防も重要になってくるでしょう。

■医療ボランティア体制整う

住江 いまだ避難者が9万人と伝えられています。まだまだ多くの医療ボランティアが必要な状況でしょうか。

橋本 被災地に協力したいという申出は非常にありがたいものです。医師に限らず歯科医師の先生方にも避難所に入ってほしい。医師はどうしても口腔ケアにまで頭がまわりません。
 現在では、JMAT(日本医師会災害医療チーム)を中心とした態勢が整ってきています。区役所ごとにチームができ上がっていて、避難所のリストを見ながら巡回をプランニングしている。被災地で活動したいという方はぜひJMATに合流してください。独自に受け入れ先やニーズを確保している場合は別ですが、それぞれが個別に行動していると、避難所にも、チームにも混乱をきたす恐れがある。市民病院でも独自に医療チーム、口腔ケアチームを派遣していますが、当初はシステムを知らずにDVTチームが現場で混乱したことがありました。医療ボランティアは県庁で登録して活動するようになっています。

■国の財政援助を

住江 お話をうかがって被災直後の混乱が一定収束しつつあるという印象を持ちました。そうした中、長期的な課題として見えてきたものはありますか。

橋本 最重要は避難している方が安心できる住居の確保だと思います。避難所、車中泊が続けば健康の維持にも大きな支障がある。今も余震が続いているので簡単ではないと思いますが。
 また、市民病院については倒壊のおそれはないと判断されていますが、入院の再開には建物の耐震対策などが不可欠です。当初予定されていた建て替え計画は予算上の問題で中断しています。国が十分な財政援助をしてくれると、復興に向けた象徴になるのではないかとも思います。
 崩壊した地域医療や住民の暮らしを再建していくインフラ整備などが、これからの課題といえそうです。「がまだせ(がんばれ)!熊本」「負けんばい!熊本」を合言葉にしています。

※熊本市民病院は4月28日から再診のみ外来診療を再開している。

以上