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【熊本地震】病院復興の課題 
―職員一丸で奮闘の3カ月―

熊本県保険医協会常任理事 本庄 弘次
全国保険医新聞2016年9月5日号より)

 

 今年4月に発生した熊本地震では、医療機関も大きな被害を受けた。熊本市東区の本庄内科病院院長の本庄弘次さんは被災後、職員とともに復興計画を作成・実行し、3カ月で医院の全面復興を実現した。「いつか必ず起こる災害のために、何ができたかの検証が重要」と話す本庄さんに、復興までの過程を寄稿してもらった。

 

想像を絶する地震

 想像を絶する地震を前にして、2つの事実に気が付いた。一つは「自然の激変を前にして人は何もできない」、二つ目は「考えて動けば何とかなる」ということであった。長い歴史の中で繰り返される災害に、人は直後は学んでも、いずれ平穏な日々に埋もれ忘れていくことを繰り返してきた。しかし、災害はいつか起こるのが当たり前なのである。
 大切なことは、何ができて何ができなかったのか、そして、もし今度起きたら何をなすべきか、まさに今検証することである。

 

1週間目に復旧 委員会を立ち上げ

地震で壊れた病院の窓

 災害は予防はできないので、起こる前の備えと起こった後の復興について、考えてみた。火災避難訓練は法的義務もあって頻繁に行われているが、地震や台風などの訓練は皆無に近く、本当は家庭、職場、地域ぐるみの訓練が、定期的に行われる必要がある。
医療機関は本来公共機関であるので可能な限り診療を継続し、避難者も引き受ける義務があるが、同時に医療機関の職員もまた被災者であり、現実的に何ができるかは、その被害の大きさに左右される。したがって、何をやるべきか、と何ができるかを分けて考える必要があり、こんな災害状況ではここまで対応できるといったデータが必要である。
今回当院では被災後1週間目から災害復旧委員会を立ち上げ、被災状況の確認と被災後の復旧、復興をどう行うべきか、全職場の代表出席のもと毎日検討し、情報収集し、共有し、記録し、3カ月をめどに全面機能復旧を計画し、実現した。委員会の立ち上げに1週間かかったのは、それまで人の確保が十分にできなかったためだ。この1週間は職員自身の被災復興期間であり、現場では限られた人員でできることを実行した。

 

3カ月で医院の復興を実現

当院の復興の道筋をまとめてみる。

【被災状況の確認作業】

 目に見える被災と見えない被災がある。見える被災は建物や設備、機械類の損傷などで、見えない被災は精神の問題である。被災当初は家族のある人はなかなか出勤できず独身者が中心に頑張ってくれた。やがて独身者の疲れが限界となったので、全員出勤とする代わり、就業中にいつでも2時間を限度として外出してよいこととした。

【復興計画】

 復興計画の最初はトップダウンで管理者中心にできることから手を付けた。水の確保、食料の確保、おむつや生活用品の確保から始まり、支援物資が届き始めると、その有効な分配と使用確認を要した。やがて各職場の職員が出勤できるようになると、現場は各々その部門のペースで事情に合わせたボトムアップな復興を自分たちの手で行えるようになった。ただしだらだらとならないよう、3カ月で完全に元の状態の医療提供を行えるようになることを目指した。そのための手法として通常安全管理で用いられるリスクアセスメントのマトリクス法(※)を利用して短期間でできることの優先度を見積もり実行したことにより、ほぼ3カ月で医院の復旧が実現した。

【職員のメンタルケア】

 急性期のメンタルケアはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の対応だったが、慢性期になると家庭や個人の要因も絡んだ適応障害が多くなってきた。

【地域支援】

 地域支援は、避難者の受け入れと安全衛生対策、診療施設と避難所の同時管理の難しさなどがあった。診療支援としてはリハビリ、ナース、ドクターで避難所の支援に協力し、一般診療に不休で対応した。

 

多くの支援

 最後に、今回の熊本地震の場合、先にあった2つの大震災(阪神・淡路大震災、東日本大震災)の経験が生かされ、多くの支援が周囲から受けられたのが最も幸いなことだったと思われる。特に保団連はじめ各県の保険医協会・医会には素早く、実効性ある支援をいただいた。多くの被災会員の救済に有効な額の支援金がいただけたことも心より感謝申し上げる。

※リスク(負傷・疾病など)を重篤度(強さ)と接近の可能性(確率)から見積もる方法


本庄氏は、9月17、18日に東京・新宿農協会館で開催される病院・有床診療所セミナーの2日目に、「熊本震災の経験から見えてきた災害対策の課題」をテーマに講演する(セミナーのお問い合わせ・お申し込みは、各保険医協会・医会へ)。

以上