口腔の健康格差と社会的要因

東京医科歯科大学教授 相田潤氏が講演

東京医科歯科大学教授 相田潤氏
東京医科歯科大学教授 相田潤氏

4000万人のう蝕が未処置

WHOは2021年5月、30年に向けたユニバーサルヘルスカバレッジと非感染性疾患のアジェンダの一環として、より良い口腔保健の達成を目的とした決議を採択した。

決議の背景には、歯科疾患が他の疾患に比べ有病率が極めて高いことがある。WHOの調査研究における有病率ランキングでは、全291疾病中で第1位が永久歯のう蝕であり、第6位が歯周病と報告されている(世界の疾病負担研究2010)。

日本では、子どものう蝕率は確かに減少しているが、国民全体をみれば、約4000万人に未処置のう蝕歯がある(厚労省「平成28年歯科疾患実態調査」)。また、有病率の高さから考えると子どもの医療費において歯科疾患の費用が占める割合は高く、全体の歯科医療費に占めるう蝕治療の割合も高い(厚労省「平成30年度国民医療費」)。

それにも関わらず、政府が「歯の形態回復」から「機能の維持管理」に舵を切る方針を打ち出していることは、実際の歯科医療ニーズと乖離している。

歯科疾患の発生に社会的要因

歯科疾患の発生は、貧困や家庭環境などの社会的要因が大きく影響している。時間的・経済的余裕がないため低所得者ほど受診しない、幼少期に虐待を受けた高齢者は残存歯数が少ないとの調査報告がある。

重要なことは、口腔の健康格差は自己責任で解決することが困難という点にある。社会全体のう蝕患者をケアするためには、歯科医院での治療や指導(ハイリスクアプローチ)だけでなく、幼稚園、小学校でのフッ化物洗口など誰でも恩恵を受けられるよう社会的要因の改善(ポピュレーションアプローチ)も進めることが必要だ。

集団フッ化物洗口を取り入れた自治体では、子どもの平均う蝕本数は減少し、特にう蝕歯5本以上の例は見られなくなった。さらに、フッ化物洗口を実施した世代は、50代になっても、う蝕が少ないことが報告されている(厚労省「口腔保健に関する予防強化推進モデル事業(令和2年度委託事業)」)。

歯科疾患の罹患状況、その発生要因(社会的要因)、公衆衛生などの対策に国際的な「あたりまえ」を取り入れて改善していくことが重要だと考える。