ブックタイトル医の倫理

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医の倫理

歴史を踏まえた日本の医の倫理の課題も、当時はかなり踏み込んだ発言をされているなと思いました。近藤この先どうなるのかがもっと心配ですね。青木この10年で失ったものは大きいですね。とにかく生存者がいない。本当にダダダっと亡くなって、今戦争のことを語れる人はほとんどいなくなっています。近藤もうひとつ心配なのは、習近平体制になってからの中国の動きです。それまでは「経済交流に支障があってはマズイから」ということで、この問題には中国も触れないように、資料も出さないようにと消極的でした。しかし習近平体制になってから、膨大な資料が出てくるんですよ。憲兵隊の司令部を焼いて埋めて隠したはずのものが掘り起こされたり、満州にいた関東憲兵隊の司令部の資料など500ページ平均のものが84冊くらいドサッと出してきたり。去年、一昨年あたりから国家プロジェクトとして莫大な資金を出しているんですね。それで大学や研究機関の人たちが研究プロジェクトを立ちあげて、いろんな資料を発掘したり出版したり、その勢いがもう…。政府が督励しているからでしょうが、そういうものがいっぱい出てきています。そうやって一方ではどんどん認識が高まり、片や日本では…というこの大きなズレが、外交問題はもちろん日中間の交流にどういう影響を与えることになっていくのか、本当に心配な状態です。香山青木さんは先ほど、取材を始めたもともときっかけは石井四郎についての責任が問われていないことだとおっしゃいました。青木そうです。アメリカが研究資料を手に入れようとした段階で免責を与えてやろうとしたならば、いわば同罪ですよね。アメリカがそんなことをしていたのかという驚きが、取材を始めた発端でした。ただ皮肉なことに、アメリカやソ連が研究資料を手に入れようと思ってあれほどしつこく追求しなかったら、この問題は全く知られなかったわけです。これで中国が新しい資料を出してくると、日本としても向き合わなければいけないということがはっきりしますね。近藤ところがなかなか…向き合わないのが現状ですね。香山中国が出してくるものは真実じゃないみたいな態度をとることはあり得ます。近藤そこまでは言いませんが、無視する可能性はあります。本当に数えるほどの学者・研究者の人たちがそれを分析しているという現状ですから。香山青木さんは今回、公式の資料にも随分アクセスされました。改めてどうでしたか?青木アメリカの場合にはアメリカの公文書館にありますし、リポートAやQは、実物でLibrary of Congressに入っています。Library of Congressにはイギリスや中国のインテリジェンスも随分たくさん読みに来ると聞きました。香山日本での調査や取材はかなり難しかったですか?青木日本での調査は、部隊員の証言者がいなくなるとかなりきついですね。本当に日記しかないんですよ。香山石井四郎のノートも本当に偶然に見つかったわけですものね。青木あれは石井四郎が自分の自宅に置いていたら見つかってしまうから、一番信頼していた身の回りの世話をしてくれるおばあさまのところに預けたんです。面白いのは、石井はそれについて何も言わずに亡くなったということです。自分が取りに行って焼却しようとかそういう積極的なことはしなかった。忘れることもないでしょうけれど…どうなんでしょうね。香山もう任せたということでしょうか。青木そういうことなんでしょうね。香山先ほど青木さんは、石井四郎が最期に自らの行いを悔いた可能性もあるのではないかとおっしゃいました。ここからは推測ですが、やはり倫理に抵触しているんじゃないかという贖罪みたいな意識があったのでしょうか?青木人間だったらそう思うと私は思いたいですけどね。とにかく彼が始めて、彼があそこまでやったわけです。もちろん彼だけでない面もあったかもしれませんが、とにかく「内地でできないこと」と言って研究させていたのは石井自身です。ただ、彼がメスをとったことはあまりなかったのですか?近藤なかったですね。13