ブックタイトル医の倫理
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医の倫理
対談・青木富貴子氏×近藤昭二氏か?近藤医学者の世界は、人的組織の上下関係が非常に独特で微妙ですよね。香山先ほどの九州大学の事件でも「教授の言うことには逆らえない」みたいな発言がありました。ああいったピラミッドのことでしょうか。近藤そうです。あの中で手術に立ち合った若い研究生は、まだ学生でしたが、教授の医師に異を唱えているんです。代用血液として「海水を注射せよ」と言う教授に対して、「それはウサギの実験ではっきりしていますから、人間でやらなくていいじゃないですか」と。しかし教授は「ウサギでは意義がない」と言って権力的に強行しちゃうんですね。青木医学の世界はかなり保守的ですよね。だから医師指導にあたる先生に関係者が生きていて、自分が手を染めたことをどうしても認めたくないという先生がいるうちは、これを解明するなんてことは無理でしょう。その先生方が亡くならないと。だから逆にいうと今はもう平気なはずなんです。かやま香山リカ氏精神科医・立教大学現代心理学部教授専門は精神病理学香山ただ、医療の立場にある人は患者の生命や健康の保持ということが第一義的な使命なので、それは分かっていると思うんです。ただ、それに反したことをしてしまったということを受け入れるのに非常に葛藤が…すごく精神医学的な話ですけれど、葛藤が生じて余計に受け入れ難い。一定のディナイアルというか否認をしてしまって、「いや俺がそんなことするはずがない」とか、「俺たちの仲間がそんな馬鹿なことをしたとは思いたくない」という気持ちが働くのかなと思うんですね。というのは、私がいる精神医療の世界で、ドイツが同じ時代に、ユダヤ人だけではなく精神障害をもった方たちも虐殺の対象にしました。7万人くらいの患者さん達がガス室に送られたと言われています。それに精神科医たちも加担した。自分たちの病院から対象者をピックアップしたんです。その辺の話は『灰色のバスがやってきた』という本などにもなっていますが、バスが来て遊びに行く、レジャーに行くなどと騙してバスに乗せ、ガス室に連れて行ったんですね。そういうことをたくさんの医学者がしてしまった。それも当時のいろいろな記録を読むと、やはり皆、それがいいことだと思ってやったという記述があるんです。医学の発展のために劣悪な遺伝子を排除することが必要だと思ったとか、人類学に寄与すると思ったとか。それが731と同じように、ずっときちんと検証されてこなかったのですが、2010年に、ドイツのDGPPN(ドイツ精神医学精神療法神経学会)が初めてこれを正式に認め、追悼集会を開きました。そして約3000人の精神科医が遺族や犠牲になった方々に対して謝罪の意志を表明するという、画期的な出来事があったんです。それにもやはり70年かかった。もちろん謝罪した医師たち自身は全く関係していないということですので、70年かかったということは、単純にしがらみがなくなった、当事者は死んじゃったからということがあるでしょう。でももうちょっと踏み込んで考えると、こういう問題を本当に自分の身に起きたこととして受け入れ、なんでやっちゃったんだろうと検証し、二度と起こさないように再発防止のために何をすべきかを考えるには、やはり70年かかるのかなということです。ただドイツでは70年かかって受け入れ、謝罪し、これから本格的に検証しますと言っているからまだいいんですが、日本の状況を見ていると、逆に70年経っちゃったんだからもういいじゃないかと…青木忘れてしまえというね。香山曖昧なまま忘却されるのは、非常に残念なんですけどね。今後はどうでしょうか。今のお話を聞いている関係者はどんどん亡くなるし、回りの調査もしづらい環境になってきているという中で…中国の資料が出てくることが少し希望ですか?青木中国の資料は「特移扱い」のようなものですよね。軍医の部分などはないわけですから。近藤たとえば吉林省の档案館で今出ている、さっき言いました84冊の本とか、『明証如山』、明らかな証拠が山のごとしというタイトルで3冊も出始めています。これも国家委託研究プロジェクトですが、慰安婦問題、南京虐殺、それから特移扱いという資料が順番に出てき16