ブックタイトル医の倫理

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医の倫理

歴史を踏まえた日本の医の倫理の課題中で、医学部では「学用患者」という言葉が未だに使われていることを知りました。「学用患者費」という費目として残っていて、「学用に使う患者」のように扱われているんですね。医学を探求していくという目的のためには、患者は人ではなく、ある意味モノ扱いしている側面があるのではないかと思います。人を人として扱う医学教育になっているか私は医学の歴史をしっかり調べている立場ではありませんが、素人ながら疑問を持つことは他にもあります。そもそも医療というのは人を見るものであるはずなのに、医学教育では1年目に解剖から入るんですね。今は随分変わっているかもしれませんが、最初に人として医学に接するのではなく、解剖に入ってしまう。医学というものを勉強する人たちが死体の解剖からまず入っていくことになると、結局、人と人が接するのではないところから始まった人たちがそのまま医師として育っていくのではないかと懸念します。それがある意味、人をモノ扱いにしてしまう原因なのではないかという思いを、私はずっと抱いています。それに関して、昔、電車の網棚の上に解剖で使った人体の一部を置いてきてしまったという事件がありました。そういう感覚が、医学の中でまだ受け継がれているのではないか。教育というのは繰り返し伝えられていくものですので、是非とも大学や医療機関の先輩後輩関係の中で、むしろ医療の倫理を受け継いでいただきたいと思います。自分は大学にはいないからできないということではなく、現場現場でしっかりとそういったものを後世に伝えていってほしいと願っています。日本とドイツの違いを探して私はずっとドイツに関心があり、2年間ケルンという町に住んで留学していました。もともと海外に留学したいとは思っていましたが、なぜドイツを選んだのかといえば、やはりドイツの歴史と日本の歴史がどうしてそこまで違うのだろうか?ということに強く関心を持ったからです。ドイツと日本では、戦争責任の歴史がどうしてこんなにも違いがあるのかと。日独は同じG7の国で、どちらも自動車を産業とした大変類似した国です。しかも戦争責任が問われた歴史も本当によく似ています。にも関わらずどうしてここまで違うのか。そのことに関心を持ったきっかけは、戦後50年にドイツのヴァイツゼッカー元大統領が世界に示した「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」というメッセージでした。ドイツでは強制収容所はもちろん、ポーランドのアウシュビッツや、ダッハウという町にある強制収容所の資料館、ベルリンにある医療器具等に関する博物館などに行き、日本とドイツの違いをいろいろな観点から考えました。そして3.11が起き、その後の原発に対する考え方の違いも露呈されましたね。それらはやはり、ニュルンベルク綱領やヘルシンキ宣言などの歴史が、今のヨーロッパの倫理指針および法制化につながっているのだと思います。国際的に見た法制化の必要性しかし日本やドイツだけでなく、アメリカにもタスキギー梅毒研究などがあります。それによって全米研究法というのができるんですね。アメリカでもそういった事例に基づいて歴史を検証し、その結果、法律ができてきているということだと思います。それに比べ、日本は隠蔽して責任を免れ、歴史から何も学ばないできてしまっている。そのことが結局のところ、未だ臨床研究というレベルに至れない原因ではないかと思います。特に歴史の反省の上に立った法律ができて初めて、人体実験ではなく臨床研究のレベルにしっかりと持っていけるのではないでしょうか。法律によって人の命や人権を守っていくことが、今本当に必要な時だと確信しています。実は臨床研究の法制化は、他の国ではできていることなのです。ヨーロッパでもアメリカでも、また他の国でも実はできている。日本だけが指針というガイドラインのレベルで、これに違反しても特に罪に問われないことになっています。それをちゃんと厳しくやらなきゃいけない。しかしただ厳しくというと研究が進まないという研究者の立場の声もあります。それを聞きすぎると、今度は法律としてちゃんと機能させられなくなってしまう。そこが今後、大変議論になるところだと思います。法律案によって違う臨床研究の定義今回この時期に、このテーマでシンポジウムを開いていただいたことには非常に意義がありました。特にこの法律案は、今国会で決めなければ決まらないかもしれないと思っているからです。23