ブックタイトル医の倫理
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医の倫理
シンポジウムが誠実に働いても医療不信はなくならない。求めるべきは、日本医学会には731医学への検証と反省を、日本医師会は医の倫理を世界の常識へ、そして何より我々自身、「人権尊重」から「人権擁護」への意識改革をしなければいけないということだと思っています。世界の常識の形成過程世界の常識はどのように形成されてきたのでしょうか。戦後処理としてニュルンベルク医師裁判が行われました。そこで問題になったのが、悪法問題と呼ばれるものです。「悪法も法である、だから従っただけだ」と弁明して逃れようとしたわけです。ナチ医学は非人道的な人体実験であった。裁きたい。しかし合法である。刑法にはご存知のように罪刑法定主義があって、前もって罪刑を定めておかなければ遡って裁くことができません。そこで、国法よりも自然法を上位に置いて、Crimeagainst Humanity(人道に反する罪)は既に存在しているものとして悪法を違法とした。自然法に反する悪法には従ってはいけないとして死刑にも処したわけです。これは戦争処理という特殊な状況での処理だと思いますが、戦後は国連が国際法で、ということは罪刑法定主義に戻して人権擁護へ動きました。世界医師会も医の倫理をつくって、患者の人権擁護へ動いたわけです。世界医師会の流れを申し上げます。これはアスクレピオスの杖をモチーフにした世界医師会のロゴです。ニュルンベルク医師裁判の結果を引き継ぎ、ヘルシンキ宣言をつくりました。人間を対象とする医学研究における医の倫理であります。世界医師会はただこれだけでなく、医療全般における医の倫理の形成へ向かいました。1948年のジュネーブ宣言に始まり、リスボン宣言、患者の権利宣言、それからマドリッド宣言を発表しています。これでおおよそ医療全般における医の倫理が形作られました。そこで教育用として、2005年、先ほど示しました『医の倫理マニュアル』を発刊したわけです。この中に出てきます世界医師会の医の倫理を一言でいいますと、Put the pacieant f irst(患者第一)というものです。「the」が付いていますから「あなたの患者」となります。第一ということは最優先しなさいということです。悪法など、患者以外の第三者の意向から患者の人権を守れ、ということが世界医師会の医の倫理であります。加盟各国にこれを受け入れるように世界医師会は働きかけ、世界の多くの医師会で受け入れ世界の常識になったというのが経過であります。世界的な人権意識と行動の宣誓それを代表する文章が、ジュネーヴ宣言第9、10項に出ています。これはヒポクラテスの誓いに習った、医師すなわち主治医としての宣誓文です。なので「I」は主治医の私ということになります。“I will maintain the utmost respect for humanlife.(私は、尊厳ある人の命に最大限の敬意を持ち続ける。)”私の訳ですが、これはCrime against Humanityを二度と起こさないための誓いです。これが人権意識であり、第10項はその行動になります。“I will not use my medical knowledge to violatehuman rights and civil liberties, even under threat.(私は、たとえ脅迫の下であっても、人権や国民の自由を犯すために自分の医学的知識を利用することはしない)”悪法問題の克服のため、悪法その他第三者の意向には従わず、患者の人権を守ることの誓いになっています。ちなみに第9項の日医の訳を見ますと、「私は人名を最大限に尊重し続ける」という風に、「Respect」が「尊重」と訳されています。後に述べますが、現在の日医の医の倫理では、この「最大限」が消失しています。「人命を尊重し続ける」となると、単に延命重視ということにも受け取られかねません。主体性なき日本の医学界一方、日本の流れです。世界の非常識の形成過程です。まず悪法問題を克服していない日本の医学界を示す証言をご紹介します。武谷三男氏の本から取ってきたもので、日本学術会議の様子です。“戦時中の我が国の科学者の態度を特に反省すべきか否かが問題になった時に、多数決で特に戦時中の態度については反省する必要はないということになった。この場合、特に医学部門の人たちは一致して強く戦時中の反省を必要としないと主張したが、その理由は、戦争に科学者が協力したのは旧憲法によって協力したのであるから当然のことである。”悪法も法である。だから従っただけだ、と言っている32