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社会保障「改革推進法案」は廃案に…受診抑制に一層の拍車


(「全国保険医新聞」2012年8月5・15日号)


所得が低いほど医療から遠のく

2010年の1世帯当たりの平均所得は538万円で、消費税率を5%に引き上げた1997年と比べると約120万円も減っている(『2011年国民生活基礎調査』)。国民の所得が減っているところに、13・5兆円の消費税増税に加えて医療・社会保障の給付費抑制と負担増を行えば、さらに景気が悪化し、所得税と法人税の税収も減ることは明らかだ。
ニッセイ基礎研究所の試算(7月13日)は、消費税率引き上げに伴う実質GDP成長率への影響はマイナス2・1%で、2014年度はマイナス成長となる可能性が高いと分析。「2015年10月からの税率再引き上げが困難となる事態も考えられる」と述べている。
実質GDPへの影響は、消費税増税なしの場合からの乖離率で、2015年度がマイナス1・5%、16年度がマイナス1・9%と試算している。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの試算(7月5日)では、税率5%から8%への引き上げで、消費者物価指数は2%上がり、国民の実質可処分所得は2%減少する。実質消費支出はマイナス0・9%で、実質GDPを0・5%ほど引き下げると試算している。 みずほ総合研究所の試算によると、2011年の年収300万円未満の世帯の消費税負担率(消費税額/年間収入)は、税率5%の3・8%から、税率8%で6・1%、税率10%で7・6%に増加する。それに対して年収1000万円以上は、税率5%で1・7%、税率8%で2・7%、10%で3・3%と、いずれも半分以下の負担率である。 低所得者ほど消費税増税による負担率の上げ幅が大きい。患者の経済的な理由による受診抑制、治療の中断または中止に一層拍車がかかることは必至である。

保険があっても「医療・介護なし」

患者の受診抑制に追い打ちをかけるのが「改革推進法案」だ。とりわけ「保険給付の対象となる療養の範囲の適正化などを図る」(第6条)に対して医療界で警戒感が広がっている。
安達秀樹中央社会保険医療協議会委員は7月18日、中医協の費用対効果評価専門部会で、「混合診療の全面解禁を目指すと読み取れる」と発言。日本歯科医師会も19日の会見で、堀憲郎中医協委員が「軽医療の免責や混合診療の全面解禁などの方向性が出てくる」(メディファクス6401号)と強い懸念を示した。
7月20日の参議院社会保障・税特別委員会で自民党議員は、「範囲を広げるかあるいは狭めるかということも含めて判断する」として、例えば「必要性が少なくなった医薬品は外していく」と説明。岡田克也副総理は「国民会議に選ばれた有識者がどういう議論を展開するかということまでを完全に縛ることは難しい」と答弁した。20人の委員で構成される社会保障制度改革国民会議で、初期医療の「保険免責制」や混合診療の全面解禁の議論が行われる可能性が高い。
「改革推進」法案は、公費負担を保険料「負担の適正化に充てる」(第2条)という枠をはめ、限定的なものとする一方で、負担の「公平の確保」の名で、被保険者である国民の保険料はさらに引き上げる方向である。そして「原則として全ての国民が加入する仕組みを維持する」(第6条)として、保険料徴収システムは一層強化することを盛り込んでいる。
しかし、保険給付については抑制し、負担増を進める方向である。「医療の在り方」(第6条)では「人生の最終段階を穏やかに過ごすことができる環境を整備する」としているが、医療から介護への流れを加速させ、医療費抑制と「低コスト」供給体制をつくる狙いが込められている。介護サービスも「範囲の適正化」(第7条)を明記し、公的介護給付を縮小していく方向である。「保険あって医療・介護なし」ということになりかねない。

医療を営利産業にする「日本再生戦略」

政府の国家戦略会議・フロンティア分科会の報告書「『共創の国』づくり」(7月6日)では、「給付の削減や負担増を継続的に進め、できるだけ早い段階で、世代内移転を強めるよう社会保障制度を改革する」との方針を盛り込み、医療サービスの「番号制導入による効率化」や「社会保障給付の重点化・効率化」を提言している。
閣議決定した「日本再生戦略」(7月31日)は、2020年度までに医療・介護・健康関連分野の新市場約50兆円、新規雇用284万人とする目標を掲げた。このうち革新的な医薬品・医療機器などの分野で1・7兆円、新規雇用3万人、健康関連サービス産業で25兆円、新規雇用80万人、海外市場での医療機器やヘルスケア関連産業で20兆円を創り出すとしている。野田政権は来年度予算に「日本再生戦略」枠を1兆円規模で設け、その中で医療・介護分野の営利産業化に重点配分する方向だ。
日本のTPP参加を前提に、社会保障の給付削減と負担増を進める一方で、自由価格の市場から自己責任・自己負担で医療・介護サービスなどを選択するという市場化・営利産業化をさらに強化するものである。こうした路線を敷く社会保障・税「一体改革」法案を国民的な運動で廃案へと追い込むことが喫緊の課題である。

増税しても景気悪化で減収の恐れ 消費税

1997年、消費税5%への引き上げなど9兆円の国民負担増により、消費は落ち込み、景気は一気に冷え込んだ。97年の税収(国)こそ53・9兆円と前年よりも増大したが、景気悪化などで法人税・所得税は減少し、98年は49・4兆円と増税前よりも減少している。以降、デフレと低成長の下、法人減税なども重なり、54兆円の税収水準を超えたことはない。
98年の政府「経済白書」は、「(税負担増の)影響は予想以上に大きく現れた」と認めつつ、不況の原因の第一として「消費税率引き上げ等の影響が長引いたこと」と明記した。消費税増税による景気悪化は明らかである。

負担増が連続
しかも、予定・検討されている負担増は、消費税10%への引き上げ(13・5兆円)にとどまらない。年少扶養控除の廃止(住民税)、子ども手当の減額、復興増税、各種保険料の引き上げ、年金削減なども含めると2015年までに総額20兆円におよぶ負担増となる。
大和総研の試算(6月22日)では、消費税増税を含む「一体改革」、12年度税制改正などにより2011年と比べると2016年では、家計の可処分所得(実質)は5・1%以上の減少となる。減少額(40歳以上片働き4人世帯)は、年収300万円の世帯で約25万円、年収800万円の世帯で43万円と試算されている。

医療機関が 肩代わり
医療機関が強いられている消費税「損税」は診療報酬などで手当てするとしているが、診療報酬への上乗せは患者に消費税負担を求める形になる。また、安住財務相は、医療機関にもある程度の消費税負担はお願いしたいとして、「損税」の一部を医療機関に肩代わりさせる姿勢も示している(「一体改革」特別委員会7月25日)。患者と医療機関で消費税を負担すればよいという政府の姿勢は問題である。
賃金は低下し「貯蓄なし」世帯が過去最悪の3割に上り、国際経済情勢も悪化している。97年時を倍する負担増となれば、国民生活、景気への影響は計り知れない。景気悪化・税収減・財政悪化の3重苦が懸念される。消費税増税ではなく経済成長こそ求められる。