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政府の日本再生戦略とは何か…医療・社会保障への影響


横山 壽一・金沢大学教授
(「全国保険医新聞」2012年12月5日号)


政府が東日本大震災後の国の進むべき道として打ち出した「日本再生戦略」について横山金沢大学教授に寄稿してもらった。

日本再生戦略が目指す「共創の国」とは

野田政権は、7月31日「日本再生戦略〜フロンティアを拓き、『共創の国』へ」を閣議決定した。
この「日本再生戦略」は、「新成長戦略」(2010年6月閣議決定)を、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の経験という新たな状況に対応して「再編・強化」したものであり、その取り組みを被災地の復興につなげることにより、東日本大震災以前よりも魅力的で活力あふれる国家として再生するために進むべき方向性を指示したものであることが、冒頭の「総論」で記されている。
この日本再生の目標とされているのが、新たな立場で世界に範を示す「フロンティア国家」であり、その実現のために現在使っている、あるいは眠らせている能力や資源を最大限に発揮し、創造的結合によって新たな価値を「共に創る」こと、すなわち「共創の国」を築くことである。フロンティアを切り拓き、「共創の国」を実現すること、これが「日本再生戦略」の目指す国づくりの内容である。
しかしこれだけでは抽象的で理解しがたい。そのためか、以下のような説明が付けられている。まず「フロンティア国家」とは、日本が世界に先駆けて経験してきた超高齢社会、未曾有の災害、原発事故による深刻なエネルギー制約など、過去に誰も切り拓いたことのない未知の領域に取り組み、勇気をもって切り開いて世界に範を示す国家である。
また、「共創の国」とは、すべての人に「居場所」と「出番」があり、全員参加、生涯現役で、おのおのが「新しい公共」の担い手となる社会であり、今まで以上に女性や若者、高齢者が、社会と仕事に向き合い、その能力と可能性を十分に発揮することができる社会である。

社会保障・税一体改革の実施とセット

では、「フロンティア国家」・「共創の国」をどのように築こうとしているか。その中身は、「基本方針」と「具体策」に示されている。
まず「基本方針」では、(1)被災地の復興と福島の再生の取り組みにおいて、日本再生戦略で掲げる各種施策を優先的・重点的に実行する、(2)グリーン(エネルギー・環境)、ライフ(健康)、農林漁業(6次産業化)の3分野など、新たな成長を目指す重点分野について、規制の見直しと財源の優先的配分を行う、(3)デフレの克服に全力で取り組む、(4)施策中心、横割り(横串)の予算編成を徹底する、(5)厳しい進捗管理と見直しを実施する、以上の5点を掲げ、そのうえで、実施に際しては、「社会保障制度」、「財政」「グローバル経済の成長の取り込み」、「エネルギー政策と成長」、「人財育成や基盤インフラ」との関係に特に留意することとしている。
「社会保障制度」との関係では、社会保障・税一体改革の着実な実施と成長実現で社会保障の持続可能性を支えるとしている。また、「具体策」では、4つの施策横断的プロジェクト(上記の3分野プラス中小企業)、11の成長戦略と38の重点施策が示されている。
この「日本再生戦略」のもとになっている「新成長戦略」では、その特徴を公共事業・財政頼みの「第1の道」、行き過ぎた市場原理主義の「第2の道」でもない「第3の道」であると規定し、国民生活の課題に正面から向き合いその課題解決を通して成長を図るとしている。
具体的には健康、環境、観光の三分野で100兆円の「新たな需要」による雇用を創出するとしていた。

国民生活関連事業を次々ビジネスに

国民生活の課題解決によって経済に寄与すること自体はぜひとも取り組むべきことではある。問題はその内容・方法である。「新成長戦略」の中身をみると、国民生活の課題解決と称して社会保障をはじめ国民生活関連の事業を次々と市場に委ね、ビジネスに置き換えていくことを基本としている。
その方法は「第2の道」そのものである。「日本再生戦略」も、その方法をそのまま引き継いでいる。そのことは、重点施策に端的に現れている。以下、社会保障に直接かかわる「ライフ成長戦略」をみてみよう。
「ライフ成長戦略」は、上記のとおり施策横断的プロジェクトとしても位置付けられた「日本再生戦略」の中心的施策であり、成長の牽引者として役割が期待されている。それに応えるべく2020年までの目標も意欲的であり、医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成で約50兆円の新市場と284万人の新規雇用創出、約20兆円の医療機器等での海外市場獲得を掲げている。
施策には、4つの重点施策と多数の具体的施策が盛り込まれている。見落としてならないのは、その具体化に際して医療・介護の保険適用範囲の縮減をうたった社会保障・税一体改革の実施を前提としていること、それに呼応するかのように「公的保険で対応できない分野についても、民間活力を生か」すとされていることである。
公的制度を削って市場を創出する方法であり、「第2の道」が社会保障の市場化・営利化のために取ってきた方法そのものに他ならない。

社会保障を拡充し雇用の安定を

それにとどまらない。重点施策「医療機器・再生医療の特性を踏まえた規制・制度等の確立、先端医療の推進」では、先端医療等を推進する突破口として、現在の先端医療開発特区(スーパー特区)の成果を踏まえて、全国的な規模で活動ができる「行政区単位の特区とは異なる機関特区の創設」を、新たな法的措置も視野に入れて検討するとしており、市場化へ一気に加速しようとしている。
この特区を使えば、先に見た保険外の給付拡大に対応して混合診療を全面的に広げることが可能になる。
しかも、これらを震災に便乗する格好で進めようとしている。重点施策の「バイオバンク構築による東北初の次世代医療等の実現」がそれで、すでに「東北メディカル・メガバンク計画」として動き出しており、復興資金をはじめ莫大な資金が投入され企業に恰好の開発基盤を提供している。
以上から浮かび上がってくる「フロンティア国家」とは、惨事に便乗して巨大な利権を生みだす国家、「共創の国」とは、医療・生活基盤を奪われて人々が市場でのたうち回る「競争の国」に他ならない。こんな日本再生戦略に未来を託すことはできない。
国民生活の課題解決によって国民経済へ寄与する道とは、社会保障を拡充し、雇用を安定させることで家計を温め、消費の拡大を促して新たな好循環を作り出す道に他ならない。
未来を託せるのはこの道だけである。