10mSv以下の低線量被ばくでも発がんリスク増
松崎道幸(北海道反核医師の会代表委員、深川市立病院)
(「全国保険医新聞」2014年2月25日号)
政府の原子力災害対策本部は昨年末、福島第一原子力発電所事故避難者の早期帰還を促すため、年間被ばく線量20ミリシーベルト以下を避難指示解除の条件とする報告書をまとめた。北海道反核医師の会代表委員の松崎道幸氏に低線量被ばくの健康への影響について寄稿してもらった。
原爆被ばくデータの悪用
放射線被ばくでどれだけ病気になるかは、昔からさまざまな人体実験や事故後の調査をもとに研究されてきた。実に悲しむべきことだが、世界中の電離放射線関連産業は、「壮大な人体実験」だった原爆被ばく者の追跡データを、唯一無二の「科学的データ」として利用してきた。
原爆データの核心は、1シーベルト(Sv)(=1000ミリシーベルト[mSv])の外部被ばくで、がん死のリスクが47%増加するという点にある。
もっと低い被ばく量の100mSvなら4.7%増、10mSvなら0.47%増となる。これは、一瞬の外部被ばくの場合のデータだ。今問題になっている原発事故の周辺住民の放射線被ばくは、長年じわじわと被ばくする「長期間低線量被ばく」である。このような被ばくでは、放射線によって傷ついた遺伝子を自己修理する余裕があるので、一瞬の被ばくよりも遺伝子の損害は少なくなるはずだとして、がん死のリスクを5割引きとして計算するというのが、「原子力村」の専門家の主張となっている。つまり、100mSvなら2%、10mSvなら0.2%程度のがん死増というわけだ。
さらに、がんは、タバコ、酒、緑黄色野菜摂取、肥満のありなしで、何十%も発生率が違うのだから、タバコを吸っている人にとっては、100〜200mSvの被ばくがあってもほとんどがんのリスクに影響がない、禁酒・禁煙さえすれば、その程度の放射線被ばくの影響は帳消しにできる、まして、10〜20mSvの被ばくはまったく運命に影響しない、と住民に説教をする。
「[100ミリシーベルト以下の低線量被ばく]では、放射線による発がんリスクの増加は、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さく、『放射線によって発がんリスクが明らかに増加すること』を証明するのは、難しい。これは、国際的な合意に基づく科学的知見である」(首相官邸ホームページ2012年2月21日http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g21.html )
ところで、原爆被ばくデータは、二つの理由で、放射線被ばくの健康リスクを相当小さく見積もっている。
一つ目、1945年の原爆投下から5年経った時点で生き残っておられた被ばく者を対象として追跡が始められたことだ。つまり、放射線被ばくに「強い」集団を選び出した調査となった。
二つ目、このような調査は、被ばくのある集団と被ばくゼロの集団を比べるのが常識だが、「被ばくゼロ集団」の被ばくがゼロではなかったことだ。これは、爆心から2.5km以遠の被ばく者を対照集団と設定したのが原因だ。この集団は外部被ばくだけでも数mSvの被ばくがあった。
日本の原子力村の科学者グループは、原爆データを悪用して、100mSv以下の被ばくは心配ないと主張している。
最新データ:発がんリスクは原爆データより一桁大きい
ところが100mSvを大幅に下回る放射線被ばくでも、がんのリスクが有意に増加することを証明した論文や報告書が3年前から次々に発表されている。これらのデータは主に医療被ばくを検討したものであり、外部被ばく線量と病気の診断の正確度が高いことから、信頼性の高いデータと言える。
【2010年日本】20万人の原発労働者を10.9年追跡した結果、10mSv当たりのがん死リスクが有意に3%高まっていた1)。
【2011年カナダ】心筋梗塞の診断と治療のためにCTを受けた患者8万人を5年間追跡した結果、10mSvの被ばく毎にがんのリスクが有意に3%ずつ増加していた(図)2)。
【2012年イギリス】CT検査を受けた18万人の子どもを23年追跡した結果、50〜60mSvの被ばくで白血病や脳腫瘍が有意に3倍増えていた3)。
【2013年イギリス】小児白血病患者2万7000人と対照小児3万7000人を比較した結果、累積自然放射線被ばくが5mSvを越えると、1mSvにつき白血病のリスクが12%ずつ有意に増加していた4)。
【2013年オーストラリア】CT検査を受けた68万人の子どもでは、CT1回(平均4.5mSv)被ばく毎に、小児がんのリスクが20%ずつ有意に増加していた5)。
これらのデータに示された重要ポイントは、第一に、大人において、10mSvの外部被ばくでも有意にがんリスクの増加することが証明されたことだ。しかも、日本とカナダのデータが、10mSv被ばくした大人が3%がんになりやすい(1000mSvなら300%増)という点で一致しているのは興味深い。原爆被爆者の追跡調査では、1000mSvでがん死が47%増加するとしているから、医療被ばくや原発労働による被ばくの方が6倍以上がんの危険を増やしていることになる。
第二に、放射線に影響を受けやすい子どもでは、数年間の間のわずか数mSvの被ばくでも、がんリスクが有意に増加することが証明された点だ。このレベルの被ばくが子どもたちの数十年後にどれほどの病気のリスクをもたらすことになるか、とても心配になる。
外部被ばく100mSvで10人に1人ががん死のおそれ
福島の放射線被ばく問題の対策は最新の科学的データに基づいて行われるべきだ。つまり、わずか10mSvの被ばくでも大人のがんのリスクが明らかに増加する、そして、子どもにはさらにその何倍もの健康影響が現れる恐れがあるという前提で考えるべきだ。
先に紹介したデータで計算すると、100mSv被ばくするとがん死が30%増加することになり、100人中35人ががん死する日本人男性では、さらに10人が被ばくによってがん死することになる。また10mSvでは、100人中1人が被ばくによってがん死する計算になる。したがって、100mSvは言うまでもなく、10mSvといえども許容できない。
また、ここでは、外部被ばくだけを論じており、飲食や呼吸によって生ずる内部被ばくは勘定に入れていない。原発事故では、外部被ばくだけでなく内部被ばくも生じているため、福島原発事故による放射線被ばくの健康影響はさらに大きくなると考えなければならない。
※本稿の詳細は『国際原子力ムラ その形成の歴史と実態』(日本科学者会議編.合同出版)を参照されたい。
【引用文献】
1.文部科学省委託調査報告書「原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査(第W期調査平成17年度〜平成21年度)」http://www.rea.or.jp/ire/pdf/report4.pdf
(日本の原発労働者健康調査の全報告書はダウンロード可能:http://www.rea.or.jp/ire/houkoku)
2.Eisenberg MJ, et al. Cancer risk related to low-dose ionizing radiation from cardiac imaging in patients after acute myocardial infarction. CMAJ. 2011183:430-6, 2011.
3.Pearce MS, et al. Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of leukaemia and brain tumours: a retrospective cohort study. Lancet. 380:499-505, 2012.
4.Kendall GM. et al. A record-based case-control study of natural background radiation and the incidence of childhood leukemia and other cancers in Great Britain during 1980-2006. . Leukemia. 2012 Jun 5. doi: 10.1038/leu.2012.151
5.Mathews JD et al. Cancer risk in 680 000 people exposed to computed tomography scans in childhood or adolescence: data linkage study of 11 million Australians. BMJ 346:f2360, 2013.
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