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社会保障の「総合的改革」とは何か

--神戸大学・二宮厚美教授に聞く


 厚労省は今年の年金「改革」に続いて来年に介護保険、再来年に医療保険の「改革」を予定しています。一方で財界は厚労省の連続改革に不満を表明、政府の経済財政諮問会議で社会保障の「総合的改革」を提起しました。その内容と狙いについて、社会保障政策に詳しい神戸大学の二宮厚美教授に聞きました。(5月21日取材)

――今国会の年金法案の審議に続いて、来05年には介護保険の「改革」も予定されています。厚労省の社会保障連続改悪のスケジュールについてご説明ください。

 二宮 見通しは年金法案の成り行きによって違ってきますが、05年は介護保険の見直しが課題です。厚労省は介護保険と障害者支援費制の統合を目論んでいます。障害者を介護統合する際に被保険者を20歳以上の全国民に拡大して、いわば「国民介護保険」に再編する計画です。医療では、06年の診療報酬の改定、続いて高齢者医療保険の創設が予定されており、06年あたりを山場にして医療制度の見直しが浮上してきます。06年頃が一つの山場になるのは、消費税の引き上げが絡んでくるからです。

 自分の政権期間中は消費税を増税しないとした小泉政権は、長く続いても06年9月までです。ということは、07年度には消費税を引き上げるということです。これにスケジュールをあわせて、社会保障全般を見直す、特に高齢者にかかわる年金・介護・医療分野に決着をつける、という段取りになっているわけです。だから、民主党が国民年金に消費税を充てる構想をだし、また自公民3党が06年に年金ほか社会保障全体を見直すと合意したことが、非常に重要な意味をもってきます。

――消費税がポイントになっている点について、もう少し説明してください。

 二宮 消費税を社会保障の財源にするというのは、ナショナル・ミニマム部分に消費税をあてるということです。社会保障を二階建てにして、一階の「ナショナル・ミニマム」=「最低保障部分」だけは国が税金、つまり消費税でみますよということです。社会保障を見直すといっても、憲法で保障された生存権、国民的最低限の社会保障は切れない。だから、これには税金をあてる。年金でいうと国民年金、基礎年金の部分です。老人医療や介護についても、保険料で不足する費用は消費税をあてこんでかまわないとなります。

 ところが、社会保障を二階建てに再編成する構想は、社会保険方式の領域にも入りこんできます。医療保険では、公的給付部分と自由契約診療との二階建て化構想が出てくる。医療保険の給付範囲を見直し、一階部分の保険給付の限定化をはかる動きがでてくる。一階部分だけをナショナル・ミニマムとして保障するという考え方です。二階部分は自由契約、自由診療になる。

 介護保険の見直しで、特養などの施設利用者のホテルコスト部分を保険給付から外そうというのも同じ理屈です。要するに、年金、医療、介護それぞれの公的給付範囲を縮小し、同時にその切りつめられたナショナル・ミニマム部分に可能な限り消費税を充てるという計画なのです。

――高齢者医療保険「改革」のポイントは何ですか。

 二宮 一つは、老人医療に対する企業の負担を断ち切ることです。財界は、健保組合や国保等の拠出金による現在の老人医療制度をやめたい。高齢者医療保険をつくって、健保組合をつうじた企業の老人医療に対する負担切りたいわけです。

 二つ目は、介護保険と同様の個人加入制にもとづく医療保険を立ち上げたい。世帯単位ではない個人単位の社会保険に再編成したいという意図があります。これは国民年金や介護保険と同じ形にしたいということです。

 三つ目は、自己責任型の個人加入社会保険にしておけば、企業の拠出負担を廃止しやすいし、それで不足な分は消費税で補うという理屈がつけやすい。これは、個人加入制をとる国民年金に消費税を充当する、というのと同じ理屈です。

――厚労省の社会保障の連続「改革」に対して日本経団連の奥田会長は不満を表明していますが。

 二宮 財界は社会保障全体の一体的改革を、青写真を持ってやりなさいと言ってるわけです。財界の主張は、大企業が多国籍企業化した今、人件費だとか税金、社会保険料負担のことごとくが邪魔者になってきた、という点に根ざしています。財界としてもコスト切り下げに必死なわけです。

 企業はいま総額として30兆円近く社会保険料を負担しています。これは法人税の3倍ほどになります。相次ぐ企業減税の結果、いまでは税金よりも社会保険料の負担のほうが企業の目の仇になっているわけです。そこで財界は社会保障の見直しに血道をあげることになる。

 経団連あたりの主張は、いきつくところ、戦後日本の所得再分配構造の大転換を呼び起こすことになります。これまでの所得再分配構造は、大企業や富裕層から資金を吸い上げて、これを低所得層などの下にまわすという構造だったのですが、これが成り立たなくなるわけです。上から取って下にまわすのではなく、右から取って左へまわすというか、国民総痛み分け型の所得再分配構造に転換することになります。垂直型ではなく水平型の所得再分配構造に切り替えるということです。

 医療・福祉・年金に大衆課税の消費税をあてるというのはその典型的な姿です。ところが、現在の厚労省はまだそこまで踏み入って徹底していない。財界が不満をいうのはそのためです。

――財界は小泉首相と会談し、首相直属で社会保障を改革する会議をつくると報道されていますが。

 二宮 小泉構造改革の主流は新自由主義派です。経済財政諮問会議がそうです。だが、厚生労働省の伝統的官僚たちは新自由主義に徹していない。そこで、財界は伝統的な官僚や族議員たちに任せたのでは、らちがあかない。昔の土光臨調のような強いリーダーシップをもった組織をつくって、社会保障構造改革強引に進めたいというわけです。

――ありがとうございました。