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医療制度改革提言--『憲法25条に基づく医療』の実現をめざして



序文
「平和憲法を持つ日本にふさわしい福祉国家」の実現をめざして


 日本国憲法は、その基本理念である国民主権、基本的人権保障の考え方に則って、第25条で、「@すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有」し、「A国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定している。これは、社会保障に対する“国民の権利”とそれを実現していく上での“国の責任”との関係性を明確にしたものである。


 ところが、今の政府や財界は、この第25条に基づく社会保障について、「個人の自己責任」を原則とした「国民相互扶助」の制度として行われるべきであって、政府(国家)の責任において保障すべきものではないという立場に立っている(1995年・社会保障制度審議会勧告「社会保障体制の再構築」を参照)。


 しかし、「社会保障」という言葉が産み出されて以降の多年にわたる運動と歴史で、我々が獲得してきた合意と到達点は、これとは全く異なるものである。


 すなわち社会保障とは、直接には、国民の生命の保全と暮らしの基盤を確保することによって、すべての国民を市場原理とそれに基づく競争と淘汰から守り、人間らしい水準の生活を営めるようにすることを目的にしているが、さらにそのことによって我々が実現しようとしているのは、人間の生き方や社会のあり方を、人間社会にふさわしいものにしたいという人類普遍の願いである。(注9


 社会保障の諸制度が社会、すなわち国民生活の水準や有様を実質的に規定している国家の責務であるとされるのは、社会からの脱落・淘汰が、個々人の努力の強弱によるものではなく、社会の仕組みから生まれるものであり、それから国民を守るためには、国民個々の経済力格差を反映させない制度上の仕組みや、財政的保障が講じられねばならないからである。


 国家の財政は、国民や法人の支払う税財源により賄われているが、国民は、それを、国民生活全体の安定と向上のために使うという暗黙の合意に基づいて負担している。その合意を誠実に実行するよう明文化し、国に要求したものが、憲法25条における「生存権保障」とそれに対する「国の責務」に関する規定である。


 わが国においては、第2次世界大戦に至る長い戦争の歴史を経て、戦後、その戦争に対する国家と国民の責任が厳しく問われる中で、平和で人間的な社会の実現を願う国民要求が、かつてないほどの高まりを見せた。その国民の要求に支えられて、社会保障制度の一環として国民皆保険制度(1961年)はつくられ、国民の生存権保障に努めることが、国家の責務として規定されるようになったのである。
 
 保団連は、地域住民の暮らしに密着した開業医を中心とする保険医の団体として、この社会保障制度の一環としての国民皆保険制度を守り、さらによりよい国民医療制度として充実・発展させることを目的に活動してきた。その活動は、医療保険制度や地域医療の充実、全人的でかつ安全な医療の実現、社会保障の充実とそれを実現するための平和な国づくりにまで視野を広げ、国民とともに進める運動として展開されている。

 この立場から、保団連は、今日の医療制度が抱える課題を克服し、国民の「健康で、安心して暮らしたい」という願いを実現するために、国民の重要な権利要求の一環である健康権、生存権を保障しうる医療保障制度の確立に向け、日本の医療制度に関する改革ビジョンを提言する。

 本提言は、創立以来保団連が、運動の中で積み重ねてきた医療制度改革の諸要求と、将来ビジョンに関する現段階における集約である。政治における逆流が強まるなかで、これが直ちに実現する保証はない。


 しかし、政治を動かす主体は国民である。したがって、我々の提言は、何よりも国民諸階層のなかで論議され、合意をひろげる材料とならなければならない。そのためにも、医療・福祉・社会保障関連団体間の率直な意見交換による、実現のための諸条件や運動的な課題についての検討を進めたい。


 この提言は、わが国の平和・福祉国家づくりの進展とともに真価を発揮するであろう。われわれは10万会員に依拠して、日本医療の改革提言を実現するためにも、社会保障と平和を基盤とした、『平和憲法を持つ日本にふさわしい福祉国家』づくりに向けて、国民と共に力を尽くす決意である。


J.医療制度改革についての基本的考え方〜我々の求める制度像〜


1. なぜ今、医療制度「構造改革」なのか
 戦後、わが国の医療制度は、国民皆保険制度に基づく医療サービスの現物給付、フリーアクセス、これを支える自由開業医制を柱として、国民の健康を守る上から大きな役割を発揮してきた。


 しかし、歴代政府による国庫負担削減のための低医療費政策が一貫して行われ、保険診療上の制約が拡大する中で、劣悪な入院環境施設や少ないマンパワー、低水準の保健予防対策など地域医療と公衆衛生における立ち後れは放置されたままになってきた。こうした中でも、医療保険制度は紆余曲折をたどりながら、給付範囲と給付率を拡大し、1973年の老人医療費無料化に至るまでは、多くの国民の願いと運動によって一定の制度面での改善を実現してきた。


 それが1980年代に入ると、現在の「構造改革」路線の先行ともいえる「臨調行革」路線によって、社会保障制度に対する企業(資本)や国の負担削減を目的とした医療費抑制策が推進されるようになり、さらに1990年代に至っては、これに加えて医療を、市場原理を活用した階層型(公私2階建て)医療制度へと転換させようという「構造改革」路線が敷かれた。


 その結果、医療保険制度においては、「保険あって医療なし」といわれる皆保険制度の空洞化が進行し、国民の多くが医療への不満、将来の医療保障への不安を高めるようになっている。


 国民の置かれている状況からいえば、長寿化が進む一方で、若年者は、女性を中心に自らの就労確保のためや、生活不安、将来不安から出産自体を手控える傾向にあり、こういったいわゆる「少子高齢化」傾向が社会現象として顕在化するなかで、憲法第25条に基づく、国民の生存権、健康権を守るために、医療制度を含む社会保障制度を国の責任で充実、発展させることは益々重要になっている。そのために財政運営を国民生活本位に転換することは、国内の経済を活性化させ、危機的な日本経済の再生に向けても大きく貢献するものである。

 しかし、これに対し「構造改革」推進側から打ち出されている「医療制度改革案」は、これまでの日本の医療制度の特徴である「いつでも、どこでも、だれでも」必要にして十分な医療が提供されるという、公平、平等主義的な医療制度を、「日本型社会主義」的医療制度であるとして排除し、代わって「負担能力に応じた医療提供体制」を市場競争を通じて実現するという、階層型(公私2階建て)医療制度への転換を提案するものである。これは、国民と医療担当者に今まで以上の負担と犠牲を強いるだけのものであって、決して安心・安全な医療保障の実現には至らない。


 こうした医療制度「改革」を含めた新自由主義的「改革」(日本ではこれを「構造改革」と呼んでいる)が進行している背景には、財界からの日本企業のグローバル化(多国籍企業化)に対応するための「改革」要求がある。それは、企業競争力の維持・強化にとって障害である税・社会保険料負担の軽減・撤廃、自由な企業活動を障害する社会的規制の緩和・撤廃、新たな市場づくりといった要求である。


 1990年代前半の「政治改革」の結果、この要求の実現をめざす「構造改革」推進の政治勢力によって、1996年には「橋本6大改革」、2001年以降は小泉構造改革、という政治的潮流が生み出され、政府、与党内はもとより、野党勢力の中においてさえ主流的立場を占めるに至っている。1990年代半ば以降は、その潮流の下での教育制度「改革」や、社会保障・医療制度をはじめあらゆる分野での「構造改革」が進められてきた。

 保険医療といえどもこれを取り巻くあらゆる経済活動は、いうまでもなく資本主義の市場原理に基づく経済活動として行われており、これ自体がすでに巨大な市場であるが、医療制度「構造改革」は、その事態をさらに押し進めて、日本の医療の根幹部分である公的医療保険制度と医療提供体制の全体をも、市場原理に基づくものに再編し、医療制度全体を階層型(公私2階建て)の制度に転換しようとするものである。


 介護保険制度はその先行実験でもあったが、その介護保険分野での経験や「実験結果」を踏まえた医療制度「改革」が、次の段階として用意されている。それは、@医療保険制度における「混合診療禁止の原則」解禁や「現物給付原則」の見直し、A医療提供体制における「医療機関経営者としての株式会社の参入解禁」や「医師を含む医療専門職の派遣労働者化」、B診療報酬体系では、医療機関のコスト管理能力と技術力を評価・査定する形への転換、といった方向性である。この構想を具体的に進めるための政府方針をまとめたものが、健保法附則に基づいて、2003年3月28日に閣議決定された「医療保険制度体系改革と診療報酬体系改革に関する基本方針」ならびに2004年5月の厚労省による「医療提供体制の改革のビジョン」である。

 前者の政府「基本方針」は、2つの柱から成っている。第1の柱は、都道府県という地域的単位への保険者の再編・統合で、最終的には、都道府県という一定の地域を単位として保険運営(地域の医療費実績を反映した保険料の設定とその完全徴収、医療費抑制のための診療報酬抑制・給付調整・医療機関管理、「健康日本21」など「保健事業」を通じての受診管理やペナルティ給付など)をさせるという、公的医療保険の地域(都道府県)保険化策である。


 第2の柱は、同じ都道府県域を単位とした高齢者医療制度の運営策で、具体的には、一般の医療保険とは別に高齢者医療保険という独立した財政単位を作って、高齢者医療費を若年者医療費とは別建てで財政調整する、いわゆる「独立型保険」案である。


 これらはいずれも都道府県(地域)を単位とする保険にその運営単位を分割し、地域保険者がそれぞれの「力量」に応じて保険運営すればよいという、地域自律型の保険制度「改革」案であり、制度確立後は、国は国民に対する医療保障責任を負わないことになる。その前提に立って行われている政府の医療保険制度改革に関する具体的検討内容というのは、誰がこの地域保険の保険者になるのか、保険者として医療費や保険料の管理をするためにはどんなテクニカルツールが必要か、高齢者医療費を含む医療費の保険者・地域間格差を、どうやって財政調整するのかなどの技術的な検討を行っているに過ぎない。この政府の医療保険制度改革案は一言でいうならば、「介護保険型医療保険制度」への転換策といえる。

2. 今日の日本の医療をどう考えるのか
(1)日本の医療の何が問われているのか

 先述のような医療制度改革が行われようとしている中、当の日本医療の現実はいったいどうなっているのだろうか。


 日本の医療は先進国中、最低の医療費で国際的にトップクラス(WHO・健康達成度総合評価)と評価される医療を実現した。しかし、国民の間には、医療や医療制度に対する不満や不安が増大している。


 国民の中に増大している医療への不満、不安を具体的に挙げれば、@受診が困難(医療費や保険料負担が重く増え続け、保険対象外の負担も増大)、A身近で受けられない(地域、時間、診療科など)、B安心して医療が受けられない(安全性、情報不足など)、C看護・介護への不安(寝たきりや痴呆老人の発生)、D全人的医療の欠如(専門科ごとの細分化、医学部教育の問題点)、E医療担当者の対応上の問題(患者の人権無視など)、等々である。


 一方、医療担当者側にも国民の要望に十分に応えきれていないという不満と不安が増している。


 具体的には、@保険給付範囲の制限の強化(低水準の診療報酬の範囲内で医療を提供)、A経営見通しへの不安(まともな提供体制と経営の両立が困難)、B過労状態の医療スタッフ、C診療報酬の保障がない中での施設基準や人員基準の設定、強化、D新しい知識の習得、研修不足への不安、Eスタッフの確保、教育が困難、F診療報酬制度、審査・指導への不満(専門的裁量の制限)、G医療過誤や患者とのトラブル増加への心配、等々が挙げられる。

(2)医療に対する不満、不安の原因は、何か
 医療に対する不満、不安の原因は、根本的には今日までの医療政策の誤りにある。


 第1は、慢性疾患や高齢者の増加など疾病構造の変化や医学・医療技術の進歩に診療報酬制度や医療保険制度が対応できていないことである。


 第2に、健康破壊の状況が大規模に進行しているにもかかわらず、逆に受診や療養の保障が制限されていることである。そのことが、さらに健康悪化や重症化を招く悪循環を招いている。


 第3に、「構造改革」「規制改革」に基づく、公的医療費抑制策(患者負担増、保険給付範囲の限定・縮小、医療機関再編など)の進行、医療の市場競争の激化による、医療機関、患者、国民への『しわ寄せ』、等である。

3.我々の求める制度像=制度改革の将来目標と改革の方向


 医療と医療制度の現状を踏まえて、我々は医療制度の改革は以下のような考え方と方向性をもって行われるべきであると考える。


【基本的考え方】
 社会保障の目的とは、冒頭でも述べたとおり、全ての国民が、人間らしい水準の社会生活を営めるようにすることであり、これがこれまでの運動と歴史の中で我々が獲得してきた、社会的合意であり、到達点である。


 その到達点に基づいて考えられる医療制度も含めた社会保障制度の原則は、以下のとおりである。


(1)全ての国民に対して公平・平等であること
(2)日本国内のどこにおいても一定の水準と内容の社会保障サービスが提供されるという意味で普遍的であること
(3)個々の経済力・資金力の差に関係なく、それぞれの人々の状況や必要性に応じたサービスが、必要な時に十分に提供されるという意味で、個別的であること


 この3つの制度原則に照らして見たとき、わが国の社会保障制度は、十分な発展を遂げたとは言い難い現状にあるが、その中において医療の皆保険制度は、これまで、それにもっとも近い実態を維持することができてきたといえる。


 その皆保険制度の後退を許さず、社会保障制度としてさらに発展させていくことが、我々の医療制度改革の目標である。

 その制度改革の基本的考え方は以下のようなものでなければならない。
(1)医療保障は国民の健康を守る重要な保障体系である。国民は「いつでも、どこでも、だれでも」必要かつ十分な医療を受ける権利を有する。国民の健康権・生存権を保障するに足る医療保険制度、医療提供体制、診療報酬制度を整備することは国の責務である。


(2)国民の健康権・生存権を保障する前提として、安心して療養できる環境(家事・営業援助、生活保障、労働・生活環境改善)を整える医療保険、雇用保険、年金制度など社会保障制度を充実、発展させることが不可欠であり、その運営・管理には国民の参加が必要である。


(3)医療は医療担当者と患者との共同作業であり、患者は受身的な立場ではなく、健康確保、医療の能動的主体となるべきものである。医療担当者もそれに相応しい社会的地位と責任を持ち、待遇が保障されることによって、日々の医療活動に専念できなければならない。


(4)以上の施策をすすめるには、国の政治が財界優先から、国民の暮らし優先に転換されなければならない。政府の低医療費政策、国家財政の誤った使い方によって、社会保障費への配分が国際的にも異常な低水準のまま今日に至っている。大企業・高額所得者優遇税制の見直し、道路特定財源の一般財源化による歳入確保、国民の声を反映した生活密着の公共事業など、国民生活基盤を重視する国の財政運営に転換する必要がある。(注1

 そのため我々は、憲法に明記された基本的人権の一つ、生存権の保障が国家の責任として正当に位置づけられ、そのための施策である医療を含む社会保障制度の充実が、国家としての主要な任務とされるような国家、すなわち社会保障と平和を基盤とした、『平和憲法を持つ日本にふさわしい福祉国家』の実現をめざす。

 先述の基本的考え方に基づき、我々は、下記のように改革の方向を提起する。


【改革の方向】
(1)保険者、自治体、国の責任を明確化する
@個人と地域の健康増進、環境改善活動への支援と施策を行う。
A保険者、企業への労働環境改善、療養権確保を義務づける。
B医療保険、提供体制整備への財源確保等を国の義務として明記する。

(2)包括的、系統的な医療サービス給付を保障する
@国民の生涯にわたり、保健・予防から治療、リハビリはもとより、健康増進、休養、社会復帰までを包括的かつ系統的に保障する。
A医療保険制度や公費負担医療制度などの諸制度を組み合わせることによって、必要かつ十分な医療サービス給付、現物給付と10割給付を原則とする。

(3)公平・平等な医療保障をはかる
@保険制度間、世代間、地域間の給付や負担の不平等をなくし、制度と財政を国の責任において全国一本化した医療保険制度を確立する。
A有効な新技術・薬剤等の保険適用を公正なルールの下に迅速化する。
B経済的理由などによる受診の不公平につながる特定療養費制度の縮小・廃止、高度先進医療などについては保険適用化を前提に、保険と公費の併用などをすすめる。貧富の格差を容認する混合診療の解禁、公私2階建て医療は認めない。

(4)国民皆保険制度の徹底した充実を通じてより普遍的な
医療保障制度の確立へ
@保険料負担は、応能負担を原則とし、保険料負担ができない国民の権利保障として減免制度を拡充し、皆保険制度を充実する。
A雇用主への被雇用者の完全加入を義務づける。
B無保険者や非定住外国人への公的責任による医療提供を行う。
C社会保険制度における、加入者拠出という「自己責任」(自助)の義務を果たすことで給付の権利が正当化されるという「保険原理」に対しては、企業(資本)及び国庫による負担(社会的扶養)という「社会原理」の強化を進める。医療保障内容の拡充と国と企業(資本)の責任による安定財源の確保によって、国民皆保険制度の徹底した充実を行い、社会保障というにふさわしい医療保障制度へと発展させる。(注2
 
(5)必要かつ安全な医療水準の確保をすすめる
@必要かつ安全な医療サービスが現物給付できるよう診療報酬を改善する。
A医療機関連携、高度医療機器・施設の共同利用など医療資源の有効活用を図る。
B必要かつ安全な施設・設備改善を国の責任で推進する。
C医学教育、卒後研修でプライマリー・ケア教育や医療の安全性の重視など充実を図る。
D医師、歯科医師、その他の職種の必要な人員確保と生涯研修を保障する。

(6)医療への患者参加、医療制度改善への国民参加を保障する
@医療担当者はインフォームドコンセントに努める。
A患者・家族のカルテ開示を含む医療情報開示請求権を保障する。OECDプライバシー保護8原則のように医療情報保護の原則を定め、患者の個人情報を厳重に保護する。
B患者が主治医以外の医師、歯科医師の意見(いわゆるセカンドオピニオン)を求める権利を保障するなど、患者の自己決定権を尊重し、援助する。
C相談・紛争処理のための第三者機関を確立し、医療機関、患者双方の意見と実状を客観的に分析し、第三者による一定の判断を下すための体制を整備する。
D地方医療審議会、中央社会保険医療協議会、医薬品医療機器総合機構など既存の医療関係組織を国民参加の立場から見直す。
E各段階での住民参加組織を設置し、地域の医療計画、医療機関整備計画などの協議、決定に住民多数の声を反映させる。
F労働、環境、住民、患者、被保険者の団体などの各々の役割発揮をめざす。

(7)医療の「非営利原則」を堅持する(注10
@医療とは、その生命にとって必要か必要でないかだけが判断基準となる、極めて非経済的な社会サービスである。その公益性を確保すべき医療分野に、営利資本を参入させるということは、医療を営利サービスへと転換させることであり、社会保障としての医療制度のあり方と原則(公平・平等、普遍的、個別的)から見て許されない。
A営利目的の事業化はもとより、人件費を中心とするコストダウン競争などによって医療の質(安全性を含む)の確保、継続性が損なわれる恐れがある。診療内容の制限、患者の選別など、患者にとって当然の医療が提供される条件が損なわれ、容認することはできない。

(8)必要な地域医療の確保をすすめる
@地域に必要な医療提供体制の計画的な整備をすすめる。
A全地域に医療機関を確保し、無医村、無医地区等を解消する。
B小児救急、難病、無保険者、救急休日、離島、僻地、医療過疎地域など政策医療の確保・充実をすすめる。
C災害や感染症の集団発生などへの対策として、医療圏や医療機関、病床の運用は柔軟に行い、その為の施設整備には公的な援助を行う。

 以下、医療保険制度、医療提供体制、診療報酬体系の3つの医療政策上の柱に分けて、医療制度改革の具体的内容について提言する。


K.医療保険制度改革についての提言


はじめに


 小泉「構造改革」は、「持続できる医療保険制度」として、健保3割負担化をはじめとした医療保険制度「改革」を進めている。しかし、その「改革」は、「皆保険制度の堅持」を唱えながら、皆保険制度を崩壊させるものである。
 
1.医療保険制度の現状における3つの問題点


 医療保険制度の現状における大きな問題点は、次の3点である。


 第1の問題点は、「国民皆保険の空洞化」である。すなわち「いつでも、どこでも、だれでも」必要な医療が十分に受けられるという皆保険医療制度が、実質的に崩壊しつつあることである。


 日本は国民皆保険体制であるといわれながら、近年は、給付率の引き下げ(患者負担増)による受診抑制、保険料未払いによる実質的無保険者の増大に加え、健康保険法でいうところの療養の給付、すなわち現物給付の後退と、療養費支給制度への転換策、それを牽引している特定療養費制度の拡大など、公的給付範囲の限定・縮小化に伴う医療保険制度の2階建て化が進行している。それは国民の経済力格差をそのまま医療に持ち込むことになり、保険料や一部負担、特定療養費における保険外負担などの負担に耐えられない国民を、実質的に医療制度の外に追いやることになっている。


 国民健康保険では、国保保険料の未払い世帯は460万世帯(加入世帯の18.9%)を超え、資格証明書(29万8千世帯)や短期受給者証(105万世帯)の交付により、受診の機会さえ奪われつつある(04年6月調査)。また、健康保険本人においても自己負担3割化に伴い、受診率は低下している。

 第2の問題点は、「国の公的責任の後退」である。


 国は、医療や年金などにおける国民の「自己責任」を原則化し、社会保障に対する国の責任を放棄してきている。


 また、自治体に対しても「地方の自立・地方分権」を逆手にとって、保険制度運営に対する責任を転嫁しようとする一方、財政の三位一体改革として、十分な自主財源確保の見通しも立たない自治体に対して、国庫負担・補助の削減・廃止の方向を打ち出している。国保財政に対する国保補助が45%から38.5%に削減され、これまでも破綻寸前といわれるほどの国保財政の悪化に苦しんできた自治体は、国保保険者の返上を考えるところにまで追い込まれている。


 同様のことは、小規模事業所の被用者が加入する政府管掌健康保険においても起きており、被保険者の数は、1997年の1995万人から2002年には1881万人に減少した。5年間で減少した114万人の大部分が「構造改革」への対応による解雇で減少したとみられる。減少する被保険者数と標準報酬の低下は、そのまま保険料収入の減少につながり、財政を圧迫してきた。これに対して国が行ったことは、国庫負担率を元に戻すことではなく、保険料率の引き上げと総報酬制への移行による保険料収入増対策、窓口負担3割化による受診削減のみである。

 第3の問題点は、「社会保障に対する企業責任の回避」である。


 日本経団連、経済同友会などを中心とする、「財界」と呼ばれる政治経済的圧力団体は、雇用1,000人、資本金規模10億円を超える大企業などがその中心にいるが、ここに参加する大企業の多くは、80年代後半から行った海外展開(多国籍企業化)の結果として生じた企業競争力の低下の原因を、国の「構造改革」政策の立ち後れにあると判断して、その推進を強引に要求するようになった。財界は、まず企業競争力回復策の第1の柱として、年金・介護・医療・福祉など、社会保障制度全般に関わる企業負担の軽減・撤廃を要求している。その象徴が、社会保険料における雇用主負担の廃止要求である。


 さらに、老人医療費に対する拠出金制度の廃止や法人税のさらなる引き下げ、その国民への転嫁としての消費税引き上げなど、社会保障全般に対する責任を回避する方向での制度改悪が志向されている。


 以上指摘した3つの問題点は、社会保障としての医療制度のあり方を、大きくねじ曲げるもので、許すことのできない問題である。


 またこれらの問題点とは別に、さらなる医療制度の充実という点からみて、以下の4点についても解決していかなければならない。それは、@医療の質の向上を確保できる医療費の総枠拡大、A高齢化に対応しうる医療費の積極的拡大策と国民負担増によらない保険財政の健全化、B保険適用(給付サービス)範囲の充実・拡大、C従来の公費負担医療や医療保険の適用にならない人々(非定住外国人、ホームレスなど)への医療保障などである。
 
2.平和・福祉国家にふさわしい医療保障制度をめざす上での課題


 こうした問題点を具体的に解決しながら、さらに、社会保障の理念に基づき、国民の生存権、健康権を保障する医療保障制度を確立するためには、以下の医療保険制度のあり方に関する3つの課題の解決を、今後の運動の中で実現していかなければならない。

(1)保険制度間の負担と給付における不平等の解消
 健康保険法、国民健康保険法、老人保健法に基づく保険制度と、それぞれの保険制度に所属する5,000もの保険者によって保険が運営されていることからくる制度基盤の不安定さと、保険料負担や給付率の格差、付加給付の有無といったサービス格差が存在している。こうした国民間の不平等については、社会保障制度の原則に立ち返り解消されなければならない。

(2)被用者保険と地域保険(国保)の併存による格差構造の解消
 国保が被用者保険からの被保険者の流入や、産業構造の変化、あるいは高齢者人口の増加などに伴って低所得者・高齢者保険化しており、被用者保険との間に大きな財政力格差を生じるようになっている。そのことが、保険者間、あるいは世代をまたがった被保険者間の対立構造を持ち込むことを許しており、その結果、保険者間、被保険者間の給付格差の容認にも結びつくことになっている。こういった、公平・平等の原則に反する制度のあり方は解消されなければならない。

(3)国の責務と企業(資本)の社会的責任の強化
 日本の医療保険制度は、保険料を負担することによって給付を受けられるという「保険原理」(負担と給付の相関性)と、社会保障サービスに要する費用は社会全体で用意し、そのサービスの提供については、費用負担の多寡に関係なく、すべての国民に普遍的に保障する「社会原理」(国の責務・企業(資本)の社会的責任)を組み合わせた社会保険制度であり、国民には、この制度に加入する権利の保障とともに、保険料を負担する義務が課せられている。「社会原理」の徹底を求める国民の運動と、「保険原理」を強めようという政府、財界との綱引きの中で制度はつくられてきた。医療保険制度は、負担の差に関わらず、均一の給付を行ってきており、社会保障の普遍性を体現した「社会原理」の強い社会保険制度といえる。


 しかし「構造改革」の進展に伴い、保険料負担のできない国民には、制度利用の権利はないという「保険原理」を強化する考え方が浸透させられてきている。


 介護保険で、国は自治体に対し、「保険制度」であることを根拠にして、介護保険料の減免を基本的に認めようとしていない。また、国保における保険料未払い者への被保険者資格証明書の発行のような実質的な給付差し止めや滞納処分などもその現われである。


 この「社会保険制度」の名の下に、限りなく私的保険に近づける「保険原理」の強化は、国や自治体の公的責任、あるいは企業(資本)の社会的責任の後退を許す結果を生むとともに、社会保障に、保険料負担の多寡や有無を巡る国民諸階層間の対立構造を持ち込むための理念的根拠になってしまっている。


 また、この「保険原理」を前提にした制度運営の結果、企業リストラによる実質的な無保険者の発生や、保険料収入の減少による保険財政の悪化に対する公的責任や企業責任を追求しきれないといった問題も生むことになっている。


 これは、社会保険制度に「保険原理」を貫徹させようという、政府・財界のもくろみの結果であるが、これに対し我々は、「社会原理」を強化する方向を追及することによって、本来的な社会保障のあり方、すなわち「いつでも、どこでも、だれでも」という制度の普遍性を実現すべきだと考える。


 現在、政府と財界が、労働界までを巻き込んで計画している「社会保障の一体的改革構想」とは、この「保険原理」に基づく社会保障制度の再編・統合構想である。今日では、この構想とどう対決していくかが、極めて重要になっている。(注3

 以上、指摘した課題を克服し、「いつでも、どこでも、だれでも」必要にして十分な医療を受けられる医療保障制度を確立するためには、どのような制度改革が必要か。以下、その内容について記述する。

3.我々の求める制度像〜制度改革の将来目標


 すべての国民の生存権、健康権を保障するには、公平・平等で、必要にして十分な医療提供が、日本のどの地域に住んでいる国民に対しても行われる制度の確立が必要である。そのために、現在の保険者と保険制度を統合一本化し、財源確保も含めた制度運営の安定化と平等な給付保障を、国の責任において実現する制度をめざす。


 制度の構想は、医療保険制度を国が全面的に責任を負う、全国民対象の統一した制度に一本化する。


 給付サービスの範囲は、生涯にわたり、保健・予防・健康増進・休養・治療・リハビリ・社会復帰の保障まで給付を拡大させる。


 国の責務と企業(資本)の社会的責任による、すなわち「社会原理」を最大限強化し、10割公的給付・現物給付を原則とする社会保障というにふさわしい医療保障制度を目標とする。


 社会保障の所得再配分機能に逆行し、原理的に大企業負担のない消費税は、たとえそれが社会保障目的税と位置づけられたとしても、社会保障財源には相応しくない。


 本来、医療を含む社会保障の財源については、社会保障制度の整備が国の本来的責務であることからいって、国家財政の一般財源、すなわち所得税・法人税により手当されるべきものであり、これらの一般財源とは別の目的税(医療保障税、あるいは社会保障税など)を用いる場合でも、応能型、所得累進型の税制とすべきである。

4.制度改革の道筋


(1)第1段階の目標――制度改革の将来目標に向かって、
(1当面、財政再建・患者負担軽減を実現すること…別途、「医療保険再建プラン『保険証1枚』で安心してかかれる医療制度をめざそう」(2004年6月保団連第1回代議員会議決)で政策提言
 前述した将来目標に向かって、まず我々が実現しなければならないのは、現行制度下での保険財政の健全化と、国民皆保険制度の実質の回復である。


 そのためには、第一に、公共事業政策を大型公共設備中心の投資政策から転換し、人的サービスや生活援助制度の充実、保健医療・教育・福祉関連施設整備など、地域の暮らしを多面的な要素から総合的に支える事業政策に転換させること。


 また、国際社会において我が国が果たすべき役割から鑑みて、他国への脅威となりうるような軍事力拡大策や、当事国の国民に多大な犠牲を強い、最終的に我が国などから進出した多国籍企業の利益保障のためにしかならないような開発援助資金(ODA)のあり方など、「平和・福祉国家」を目指す上で、障害にしかならないような国の歳出について見直さなければならない。


 財界・大企業には、国民福祉最優先というルールに基づき、持続可能な企業活動を行わせるための法人規模に応じた公正な税負担を求めること。それによって歳入を増やし、歳出の見直しとともに生まれてくる財源の一部を活用して、医療保険への国庫負担を元にもどし、応能負担を原則とした保険料減免制度の拡充によって、無保険者をなくすことである。
 第二に、雇用の確保や最低賃金の引き上げと保障に対する企業(資本)の社会的責任を明確にし、被雇用者の社会保険への完全加入を義務づけるなど、社会的規制を強めることが必要である。


 そういった保険財政の補強策を講じつつ、以下のような制度改善によって、「皆保険」の実質の回復を図るようにする。
@老人保健拠出金制度は維持し、公費負担を給付医療費に対する3割から総医療費に対する5割に引き上げる。
A国庫負担率を元にもどす(総医療費の45%)ことを中心に国保財政の建て直しを図る。
B老人医療は、対象年齢を70歳以上にもどし、窓口負担は、1995年前後の総医療費に占める水準(5%)にもどす。負担方式は、1割定率、窓口における月額上限制(1,000円程度)とし、定額負担の選択も可能とする。老人を除く被保険者の窓口負担を、本人、家族の、入院、外来、いずれについても2割に引き下げる。
C被用者の負担する保険料に対する雇用主負担は、その負担方式・負担割合とも、当面、現行のまま(折半以上)維持する。
D一定以上所得者(生活保護基準の緩和・引き上げを行った上で、それ以上)についての保険料負担は、応能負担の原則を徹底し、報酬上限額等は撤廃する。
E一定以下所得者(生活保護基準の緩和・引き上げを行った上で、それ以下)に対する保険料は免除する。
F雇用主に対して、被雇用者の完全加入を義務づける。
G無保険者や非定住外国人などに対する公的責任による医療提供を制度化する。
H乳幼児や難病、障害者などへの公費負担医療制度の拡充を図り、医療保険制度との併用による必要な医療サービスの提供を保障する。
I特定療養費制度は縮小・廃止し、あわせて現行診療報酬のあり方そのものを抜本的に改善する。
J「高度先進医療」などについては保険適用化を前提に、保険給付と公費負担の併用をすすめる。
K介護保険適用となっている医療サービス部分を医療保険適用にもどす。
L法人税の累進制緩和や、消費税の輸出戻し税などを中心とする、大企業優遇税制を見直し、税制の公正化と税負担の公平化を進め、医療への国庫負担の引き上げを行う。
M現行の消費税については、税率引き上げや「福祉目的税」化の方向ではなく、食料品や公共料金など、生活関連物資・サービスに対する非課税原則を確立し、本来の奢侈的消費に対する課税制度にもどすようにする。

(2)第2段階の目標――「保険で良い医療」を実現する
 〜国と企業(資本)の責任による「社会原理」の強化
 保険財政を強化し、皆保険の実体を回復させつつ取り組まなければならない次の課題は、皆保険医療の内容の拡充である。


 それには、社会保険制度における「社会原理」を強化し、国と企業(資本)責任を強化することによって、「保険原理」に基づく限りなく私的保険に近づける保険運営がもたらす弊害を克服しなければならない。それによって医療保障の確保と給付の拡充という、「保険で良い医療」の実現を目標にすることができる。


 また、この時期における具体的な改革政策の柱の一つは、各保険者間の財政力格差の縮小を進め、全国一本の医療保険制度を実現する基盤を確立させることである。(注4


 そのために、まず財源の一元的管理と、国と企業(資本)の責任の強化による財源の拡充を図る。その進展状況に合わせて可能な限りの給付改善を実施する。


@全国一本の医療費管理用の金庫(『保険医療費支払い基金』(仮称)、国の一般財源とは区分)を創設し、支払いと財源の管理を一本化する。
A社会保険料の負担方式については、国民、企業(資本)も所得応能・累進方式で負担するよう改め、これに伴い呼称も『医療保障税(仮称)』(国民も企業も負担する拠出金、以下略す)とする。(注5
Bただし、地域保険(国保)における『医療保障税(仮称)』の徴収、給付管理などは、住民の生活に密着した単位の自治体(広域連合や合併による大規模自治体などは不適)が行う。
C国:家計:企業負担の割合については、4:3:3(家計負担は、『医療保障税(仮称)』:窓口=2:1)の負担割合として法定化する。ただし、この法定負担割合は、段階的に改定する。
D高齢者を突き抜け型の保険加入に切り替え、国保への高齢者の流入を止めることによって、各保険者間の財政力格差を縮める。(注6
E財政力に格差がある間は、保険者間で年齢リスク構造調整法を用いて財政調整を行い、国保への国庫補助の重点投入も継続する。(注7
F医療の給付範囲は、治療の一環と位置付けられる一定の予防的医療行為や、健康増進、休養・社会復帰支援などまで加えていく方向で、段階的に拡充する。
 
(3)第3段階の目標
 ――我々の求める医療保障制度へのさらなる発展
 こうした改革の目標を実現していく中で、「社会原理」を最大限強化して、医療制度を政府が全面的に責任を負う制度に一本化。その制度を支える財源についても、国と企業(特に大企業)の責任と負担による仕組みを導入して、10割公的給付・現物給付を原則とする社会保障制度原則に則った医療制度としてのさらなる充実と発展をめざす。その制度構想は、以下のようなものである。


@給付は、原則10割給付で患者の窓口負担なし。
Aすべての国民に医療を保障するために、医療の提供は現物給付で行う(現金給付でしか給付できないものは除く)
B給付サービスの範囲は、生涯にわたり、保健・予防・健康増進・休養・治療・リハビリ・社会復帰の保障まで給付拡大させる。その場合も、現金でしか給付できないものを除いて原則現物給付する。これらの給付が必要に応じて十分に提供されているかどうかについては、市町村が管理する。
C制度の形態は、国による全国民対象の統一した制度とする。安心・安全な医療の確保、公平・平等にして必要・十分な給付、財源の確保・管理については、国が全ての責任を負うことを関連法等に明示する。
D『医療保障税(仮称)』における企業(資本)負担分については、その企業(資本)が雇用している被用者に対する負担という方式を改め、それぞれの企業(資本)が負担能力に応じて負担する方式(利潤への課税など)に転換する。
E国民の負担する『医療保障税(仮称)』の負担割合を軽減しつつ、必要な医療費財源の大部分を、企業(特に大企業)が直接負担するようにする。

L.医療提供体制改革についての提言


1.はじめに


(1).医療提供体制改革の必要性
@社会保障としての医療を守る
 営利資本による病院経営は、競争と淘汰、そして最大利益の追求が目的となる。そのため地域全体の医療を考え、他の医療機関との連携と患者・住民との共同を通じて地域医療を守り発展させることを課題としている医療制度とは相容れないものである。利潤追求が病院経営の中で優先課題になれば、人件費を中心とした経費の削減や診療内容の制限、患者の選別など患者にとって当然の医療が提供される条件が損なわれてくる。

A国民と医療従事者自身の手で安心と良質の医療を
 医療に対する国民の不満、不安と要望は少なくなく、医療機関がない地域がいまだに存在している。さらに、医療機関の偏在、地方や中小病院では医師確保に支障も生まれ、地域医療の崩壊、小児、救急医療の空白が生じている。我々は、現在の日本の医療が国民と医療従事者にとって満足のいく十分なものではなく、解決には制度改革と我々自身の研鑽と努力も必要であると考えている。


 国民が安心して医療を受けるためには医療の量と質の両面にわたって国民・患者の立場からの整備と改革が必要である。今後とも、わが国の開業医の機能と能力を十分に全面的に発揮することが、医療資源の有効活用に繋がり、国民から求められる安全で真に効率的な医療の提供に資することができる。


B地域で住民とともに健康を守る
 国民の健康状態は悪化し、公害と環境破壊など労働と生活の場の環境悪化が加わり、社会全体が不健康状態に陥っている。医療機関に来た患者への対応だけではなく、国民の健康を損なう社会構造そのものの改善も、重要な課題である。そのために、医療機関も参加して、地域で住民とともに住民の身近な暮らしと労働の場から健康問題を掘り下げ、解決する努力が必要である。


 保団連は、医療機関同士、保健、介護、福祉分野など関係機関との「競争」「競合」から「連携」「ネットワーク」をキーワードとして、地域の住民とともに国民に安心と良質の医療を提供するための改革提言を行う。
 
(2)我々がめざす医療提供体制
(提供体制を考える基本)
 @「いつでも、どこでも、だれでも」最良の医療を受ける権利を保障する。
 A自由に選択された場所での療養の提供だけでなく健康にすごせる環境づくり、患者の社会復帰に努める。
 B医療施設、機器、人材など医療資源を安全かつ有効に活用する。
 C全人的医療をめざす開業医がその力量を十分に発揮し、医療機関や他の関係者と患者を中心に連携して、地域、チームとして住民の健康な暮らしの実現に力を発揮する「主治医」の役割を果たす。
 D医療の公益性を守るため、競争と淘汰の行われる医療の市場化には反対する。株式会社の参入は認めない。

(国民に提供されるべき医療)
 @外来、入院、介護施設、在宅など国民・患者は医療を受ける場を選択できる。
 A日常生活圏内でプライマリー・ケアが保障される。また必要な高度医療機関への交通手段の確保などアクセスを保障する。
 B系統的な予防、健診の実施で生涯にわたって生活圏内で健康が守られる。
 C救急はもちろん休日、夜間の急病時にも必要な医療を受けることができる。
 D医療機関に対する患者の選択権(フリー・アクセス)は保障される。
 Eプライバシーをはじめ人権に配慮した診察室、病室(個室・ユニットケアが原則)で、安心して受診、治療、療養ができる。
 F医療情報は患者(必要な場合は家族も)の求めに応じて開示、提供される。患者の個人情報は保護される。

2.医療提供体制改革の提言


(1)チーム、医師集団として身近な住民の主治医に
@日常生活圏内に医療機関を整備し、住民にプライマリー・ケアを保障する。
A医師は他の医療担当者と協力してチーム医療を進める。
B患者を中心に医療機関相互の連携を確立して地域で住民の「主治医」機能を果たす。
C学校医、産業医とも連携して地域、学園、職場の環境の観点から患者の健康状態を総合的に捉える。地域全体の健康状態と環境の管理の役割も果たす。
D他の保健・介護・福祉機関と連携して医療介護福祉ネットワークを確立する。
E医療施設、機器の共同利用を推進する。
  
(2)診療所のプライマリー機能発揮と病院機能
@診療所はプライマリー・ケアの担い手としての機能を最大限発揮する。
A診療所と病院は、地域と医療機関の特性と実情に沿って、外来重視と入院重視というそれぞれの機能を最大限発揮する。(注11
 当面、診療報酬などによる一般病床の療養病床への誘導をやめること。地域に必要な一般病床を確保する。そのために入院の診療報酬を大幅に改善する。安全、安心して医療が受けられるよう体制を整備する。

(3)歯科
@医科医療機関との連携を確立し、全身的な医療管理の一環としての歯科医療を行う。
A在宅や障害者の歯科医療の体制を整備して、「いつでも、どこでも、だれでも」安心して歯科医療が受けられるようにする。
  別途決定した歯科医療改革提言2004年版で、歯科医療供給体制・歯学教育のあり方について次の要点を提起している。
1)地域の歯科開業医の基盤強化
2)地域歯科開業医と医科診療所・病院との連携強化
3)公的医療機関における二次機能を担う歯科の設置
4)歯科医療機関の偏在、需給問題の改善
5)歯学教育、卒後研修の充実、とくに歯周治療、障害者・高齢者歯科教育・研修の充実強化、歯科大学への助成

(4)医薬品の提供
@安全かつ有効で価格が適正な医薬品を十分な説明とともに提供する。
A医師の指示による一般名処方を緩和、拡大する。
B患者は身近な便利なところで薬剤を受け取ることができる。
C医師・歯科医師は、患者がどこで薬剤を受け取っても薬剤の説明をし、安全性を含めた総合的な服薬管理をする。
  当面、院内、院外いずれでも調剤、投薬を行えるよう調剤に関する処方料、調剤料という報酬上の評価を院内、院外同じとする。院内分業を認め、「門前薬局」規制は廃止する。

(5)診療情報の開示と保護、インフォームドコンセント
@カルテ、診療情報は開示する。患者の診療情報は厳重に保護する。
A医療行為に際して、患者自ら最良の選択を行えるよう必要な情報を提供し、理解と納得と同意を得る。
B患者を中心に医療連携を行うため患者の医療情報の共有システムを確立する。システムへの情報登録と活用にあたっては、患者の同意を得る。
C患者との情報共有、インフォームドコンセントを医学教育の中に組み込む。

(6)生活圏を中心とした地域の特性に沿った医療保障体制
@日常生活圏にプライマリー・ケア機能を保障する。
A小学校区から県単位まで3層の医療保障圏を設定し、それぞれの圏内で必要な医療を保障する。
 1)生活圏を基本とした地域で医療を保障する。 【一次医療保障圏】
 2)身近な地域で安心して入院できる一般医療を保障する。【二次医療保障圏】 
 3)高度、特殊な医療を担う。【三次医療保障圏】
 各医療保障圏における医療の提供については、地域の実情に沿い、地域と住民の自主性を重んじる。
B夜間、休日の急病でも安心してかかることができるよう医療機関を整備、保障する。
C当面の対応
 1)医療機関へのアクセス
   診療所と一次、二次の病院の外来部門はフリーアクセスとし、診療所、病院の初再診料などの格差はなくす。医療機関で異なる入院料の格差もなくす。
   高度機能(三次)の病院は紹介受診を原則とし、病状の安定など患者の状況に応じて逆紹介をする。
 2)医療・保健・介護・福祉機関との連携の推進
   医療機関相互の連携を進め、地域、チームとして住民にプライマリー・ケアを提供する体制をめざす。医療施設、医療機器が不足する地域では共同設置、共同利用を進める。そのために国の財政援助、診療報酬上の保障など必要な措置を講じる。


   市町村単位で、次の事項を満たし一般医療が提供できるよう整備をすすめる。@医師、歯科医師をはじめ保健、医療、介護、福祉担当者の確保、診療所、病院、保健所、各種福祉施設の適切な連携を含む配置、A休日、夜間急病対策、B乳幼児から成人病までの検診の整備とその結果にもとづく治療、教育のシステム、C老人や障害者のための訪問制度やリハビリ施設、デイサービス、ショートステイなどの施設の設置。


 3)休日、夜間、救急への対応
   夜間、休日の急病に対応する医療機関を日常生活圏で確保する。救急指定医療機関を市町村単位で確保し、全ての救急指定医療機関で小児救急を扱えるようにする。費用に見合う救急加算、小児加算を診療報酬上保障する。市町村単位で車両、ヘリなど患者の搬送手段を必要なだけ確保する。


 4)医療僻地には公的責任で医療機関を設置する。設置できない場合は、巡回診療や遠隔診療も活用する。
 
(7)地域医療保障計画と住民参加の医療協議会
@一次から三次までの医療保障圏の医療水準を確保し、必要な医療を提供する地域医療保障計画を作成し、医療の質と量の確保を行う。
A計画は住民参加で民主的に策定し、地域の自主性、自立性を重視したものとする。
 1)地域医療計画と医療審議会
   現行の地域医療計画の見直しを行い、医療の公的責任を果たす立場から地域性、住民の要望に基づいた自主的な計画とする。一次的な医療圏の設定は住民が歩いて通院できる範囲内にするなど見直しを行う。病床規制は撤廃する。
   医療審議会については住民代表を加えるなど民主的な構成にする。
 2)医療の質の確保
   医療過誤と医療に対する苦情や相談に対応する住民、患者代表を含む第三者機関を設置する。この機関が再教育を必要と認めた医師、歯科医師、医療従事者については公的責任でそれを実施する。

(8)医師と医療従事者の養成と確保
@医師と医療従事者の養成と生涯研修は公的責任で行う。
A医学教育、卒後研修でプライマリー・ケア教育を重視する。
B地域に必要な医師と医療機関を確保するため、金融、税制面での必要な支援措置を講じる。

M.診療報酬体系改革についての提言


1.診療報酬とは何か


  〜公的医療保険における診療報酬の社会的役割
(1)保険診療の充実と診療報酬の関わり
 日本の医療制度は、皆保険制度によって全ての国民にその加入義務と権利が保障され、さらにそれぞれの患者の状態に応じて必要な医療が現物給付される仕組みであり、基本的な枠組みとしては、優れた特徴をもった医療制度である。


 ところがそういった仕組みであるにも関わらず、現実には、次のような不十分な実態がある。


@医療保険に加入する権利は保障されているが、それに伴う保険料の支払いが原則義務化されていることから、未払い者や未加入者に対する保険証の不交付や短期期限付き交付といったことが行われ、医療を受ける権利が全ての国民に保障されているわけではないという点。
A欧米にも例を見ない高い窓口負担や、特定療養費制度の拡大などによって、その負担に耐えられない国民にとっては、その医療を受ける権利が実質的に侵害されているという点。
B現物給付が原則ではあるが、診療報酬制度を通じてのさまざまな誘導、制限、支払い抑制などが行われることで、結果的に質の高い医療提供体制の確保や、必要にして十分な医療提供が困難になっているという点。


 これらの不十分さを克服し、社会保障原則を十分に満たした医療提供が行われるためには、医療保険制度の改革に合わせた、診療報酬制度の改革が必要である。


(2)診療報酬はどんな役割を果たすのか
 日本の医療制度においては、診療報酬がどのような内容になっているかで、実質的な保険医療の水準(=保険で給付される医療の中身)が決まる。


 それは診療報酬が、以下に整理したような側面と役割を持つものだからである。


@診療報酬の持つ3つの側面
 1)保険医療機関が経営を維持し再投資を行うための原資
 2)国民に対し給付を保障する範囲の公定一覧
 3)医療担当者の技術と労働の評価と保障 
A診療報酬の持つ4つの役割
 1)保険医療の公定価格体系(この価格でしか医療を行ってはならない)
 2)保険医療の給付範囲を決める(この価格表にあること以外は、保険ではできない)
 3)保険医療の治療方法を決める(この価格表に書いてある方法で治療しなければならない)
 4)保険医療機関の医療施設としての水準を規定(この価格表に基づく診療報酬を受け取るためには、そこに定められた施設要件等を医療機関は満たさなければならない)

2.今の診療報酬の何が問題なのか


(1)医療制度の「構造改革」を給付内容面から進めるための診療報酬体系「改革」
 医療制度「構造改革」中での診療報酬体系の改革は、公的医療保険の給付範囲の限定・縮小化を進めるという側面と、その裏返しの部分で混合診療を認めていくことで、公的医療保険によって全ての医療を給付するという、現行の医療保障体系の解体を図るところにねらいがある。


 混合診療は、支払い能力により受けられる医療が異なってくるという階層差別医療そのものである。これは社会保障としての医療にとって、根幹に関わる問題であり、けっして受け入れるわけにはいかないものである。

(2)我々が求めるのは「皆保険医療」を支えうる診療報酬体系への改革―それを阻む現行体系の不合理、問題点


 我々が守らなければならないのは、「皆保険医療」であり、「皆医療なき皆保険(限定給付型皆保険)」ではない。社会保障に相応しく、「いつでも、どこでも、だれでも」が、安心して公的な保障により必要な医療を受けられるという医療制度であるためには、今の診療報酬体系には、次のような不合理、問題点がある。


@現在の診療報酬体系は、入院と入院外に大別した医療行為別点数表と、材料価格基準、薬剤価格基準によって構成されているが、各専門職種の技術料や人件費は、それぞれが個々に評価された上で個別点数として設定されているわけではないので、十分な評価が行われていなかったり、あるいはまったく評価されていなかったりする。
A生活習慣病指導管理料や外来診療料などのような、「診察・指導」「処置」「検査」といった技術評価点数と「材料費・薬剤費」などを一体化した、それぞれに対する評価の不明瞭な包括・定額点数が設けられている。
B材料・薬剤の保管損耗料や、設備・施設などに関わる維持管理経費が、技術料や材料・薬剤の購入価格と公定価格との差額で賄われるなど、診療報酬の体系において位置づけられていない。
C患者への医療(医療機関)情報の提供、明細付き領収書の発行、患者との個人医療情報の共有、医療廃棄物の管理と処理、予防、療養支援など、現在、医療現場で課題になっているものに対応した報酬評価が欠落している。
D病床規模や手術症例数、平均在院日数など、医学的根拠のない指標に基づく機能別評価が持ち込まれて体系化されている。
E患者の自由な受診先選択に基いて、医療機関ごとに実施した医療については、その内容に即して出来高算定することが原則であったものが、複数医療機関受診患者に対する算定制限や入院患者の他科受診に対する減額措置などを設けることによって、患者ごとの診療報酬を複数医療機関が分割請求するといった、患者単位の診療報酬管理が導入され、体系化してきている。
F特定療養費制度が設けられるとともに、その中に選定療養分野が導入されたことによって公的給付範囲に制限を設けた体系が容認されている。(2002年4月から実施された「180日超入院患者の入院料に対する特定療養費」によって、「患者の選択に基づく選定療養」から、さらに「医療本体部分の給付削減」へと踏み込んできている。)
G一般点数と老人点数の間で不平等な扱いが設けられていることや、医科・歯科で基本的な診療行為に対する評価が異なり改定毎に格差が拡大するなど、一般・老人、医科・歯科・調剤報酬体系間に不合理がある。

3.われわれはどのような診療報酬を要求するのか


 では、以上のような問題点を解決するために、我々が考える改革の目的・目標、診療報酬のあり方に関する原則、点数表設計上のルールなどについて以下のように整理する。

(1)体系見直しの目的・目標
@社会保障の一環としての公的医療保険制度のさらなる充実
A最適医療の提供に向けた診療報酬体系の構築
B医療担当者の質向上および医療資源の安定的確保
C医療担当者の生活の安定、合理的(近代的)医業経営に資する報酬体系の確立
D患者・国民と医療機関・医療担当者間の信頼関係構築と、誰でもが納得できる費用体系の確立
E保険医療によって国民に保障する医療内容(以下1)〜8))の明確化
 1)丁寧で行き届いた医療
 2)安全な医療
 3)予防から治療・リハビリへの一貫した医療
 4)高度先進医療
 5)患者との医療情報の共有
 6)患者一部負担の軽減、特定療養費制度や保険外負担の解消
 7)連携の保障とその基盤整備、セカンドオピニオンの保障
 8)患者のフリーアクセスの保障
  
(2)診療報酬体系のあり方における3つの原則
@国民に必要な医療は全て医療保険・診療報酬で保障されるようになっていること。
A技術、運営・管理コスト、材料・薬剤をそれぞれ別々の部門に分離し、評価すること。
B技術評価、運営・管理コスト、材料・薬剤費の3つの部門の、2つ以上の部門にまたがった包括・定額点数や、月をまたいでの包括・定額点数を設けないこと。

(3)報酬点数表を設計するにあたってのルール
@個別評価点数方式を原則的評価方式とする。
(全ての医療行為や管理業務、薬剤・材料などの医療用物資について個別に点数を設定して、各部門に配置する)
Aその点数によって評価されているものの中身が、医療担当者や患者・国民の立場から見て説明のつかないような包括・定額点数は設けない。
B点数は、原価積み上げにより設定することを原則とし、技術点数についても各専門職種の人件費に見合うように、技術評価と労働時間の積み上げにより評価する。
C点数は医療上の必要性に応じて実施したつど算定するものとして設定し、医学的に説明のつかない「月何回まで算定」等の算定制限は設けない。
D同一医療行為に対する診療所、病院間の点数格差や、病床規模などによる格差は設けない。
E複数医療機関受診患者や他施設入所中患者に対する算定制限や入院患者の他科受診に対する減額措置などは撤廃し、受診医療機関において実施した医療行為については当該医療機関において全て算定できるようにする。
F地域差評価は、税制上の措置などで補完し、診療報酬では行わない。
G「技術部門」点数の設定に際して、厚労省は医学的評価に無関係な点数を設けることで医療機関を誘導しない。
H医学的に有効、有用な医療技術、医薬品、材料については迅速に保険適用することを原則とする。従来の特定療養費は廃止し、高度先進医療については、保険適用を前提として保険給付と公費負担の併用を進める。
  
4.体系案―体系図とその解説


 以上の整理に基づき作成した診療報酬体系案は、別図のような内容である(注 体系改革の全体像をイメージしていただくための概念図である。従って、細かい点数の設定までは行っていないので、この点、了解いただきたい-別図44頁〜45頁参照)。
 以下、体系図について解説する。
(1)技術評価と管理経費と材料費用を分離して評価する
   現行体系は、諸点数の中に医療費用のさまざまな要素が混在した形となっており、これが、体系を「体系」とは言い難い複雑なものにするとともに、医業経営の近代化や医療環境整備の遅れの原因にもつながっている。これを「技術+管理+材料」という3つの部門に整理・再編することで、医療行為の諸要素を明確化し、医療機関経営の基盤確立や医療技術に対する見直し、評価を進める。
(2)医療機関の維持管理・建て替え費用については、療養環境管理費で対応するとともに、無利子融資制度を整備する。
(3)点数表の点数は、個別評価点数方式での設定を原則とし、算定(支払)方式は個別点数積算方式、すなわち、全ての医療行為、管理業務、医療用物資について個別に点数を設定して、各部門に配置し、実際に行われた医療行為あるいは医療関連行為に即して点数を積算して請求するものとする。
  また、現行の診療報酬点数表に組み込まれている包括・定額点数の今後のあり方については、その改廃の方向性を含めて、広く保険医療機関の意見を聞き、合意に基づいて整理していく必要がある。
(4)外来及び入院事務管理費には、事務職員、クラークなどの人件費ならびに患者向けの請求明細書発行費用を含むものとする。
(5)診療材料・データ管理報酬系における診療情報管理費は、診療録、検査データ、フィルムなどの保管、管理費。診療録管理士が配置されている場合にはその人件費を保障する。
(6)診療情報提供報酬系における診療情報・データ提供費は、双方向の情報交換、患者紹介などに柔軟に対応できるようにするとともに、カルテ開示、病診連携等に対応するための費用についても点数設定する。

5.積極的医療政策としての診療報酬改革を――国民の立場に立った積極的医療政策と民主的規制・管理の必要性


 こういった診療報酬の改革案を実現しようとする時、現在のような公的医療費への強い抑制がかかった状態では無理だろうと考えたり、国民経済全体が構造改革下での辛酸をなめている現状で、診療報酬改善を要求するのは忍びないといった気持ちを持つ医療担当者は多いが、医療政策を国民医療費の経済効果という観点から見た場合には、むしろ積極的な意味合いは大きい。


 なぜなら、医療はタイムリーな技術、医薬品等の開発に成功すれば、資金回収、利潤確保が容易な分野であることから、それを踏まえた的確な医療費投入が行われれば、開発メーカーによって良質の医療技術等の開発を促すことが可能であり、経済の活性化にもつながる。そして、その新しい医療技術の迅速な保険導入は、より高度で良質な医療を、国民に普遍的に提供することになり、結果的に、医療費の削減に資する事の方が多い。その意味では、やみくもな医療費抑制策ではなく、積極的な医療費投入策としての診療報酬政策へと、政策視点を転換させることが重要である。


 しかし、その一方で、高額な開発費用を伴い、かつ、その技術評価や実際への適用において、高度な倫理基準、人権感覚が求められる分野でもあることから、その開発や診療報酬をはじめとする医療制度への導入については、企業の私益追求や市場原理の暴走を許さない仕組み(社会的規制)の存在も極めて重要である。


 この一見、相反する要素を備えた医療分野においては、積極的な意味での医療政策の推進と、国民参加の下での民主的規制・管理とが、国の責任によって厳正に行われるための仕組みと費用の保障がなければならない。そして、そういう双方の視点を備えた医療政策の充実こそが、国民医療にとっても国民経済にとっても必要である。

N.改革を進めるにあたって〜この国の行方と医療・社会保障〜


 我々は、この「医療制度改革提言・2005」において、今日の困難を打開し、国民と医療担当者のそれぞれにとって望ましい医療の実現に向けて、それを支える重要な国家政策としての医療制度の今後のあり方を提言した。最後に、10万会員に依拠してこの制度改革を実現していくための条件や運動の方向性について述べる。

1.当面する制度改善も「構造改革」との対決なしには実現しない


 この提言を実現するには、ひとつひとつの改革目標を、運動の力で実現していく以外に道はない。しかし、その中でも、もっとも困難なのは、改革の着手点、すなわち、医療保険制度を中心とした医療制度を、臨調「行革」、構造改革以前の姿に押し戻して、制度改善に向けた第一歩を踏み出すための条件を確立する課題といえる。


 それは、当面する我々の「医療改善」要求そのものが、階層型(公私2階建て)医療制度の実現や国庫負担の引き下げ、企業(資本)負担の軽減・廃止といった、構造改革の根幹目標に関わる課題だからである。従って、その運動は、これからの国のあり方や、憲法規程の実現といった大きな課題に、国民諸階層と手を結んだ幅の広い運動として取り組んでいかなければならないだろう。(注8

2.「憲法25条に基づく医療」の実現支持を国民の多数派に


 大企業の利益に奉仕する政治と国家のあり方が追求される中で、医療のあり方そのものが、ゆがめられようとしている。
 我々の求める医療は、新自由主義的な階層型(公私2階建て)医療ではなく、「憲法25条に基づく医療」である。その実現は、現行憲法の理念とそれに基づく医療のあり方を、支持する国民が多数派を形成することによって可能になる。


 しかし、一方では今、憲法自体を新自由主義的な国家にふさわしいものに変えようという動きが強まっている。我々の「憲法25条に基づく医療」の実現をめざす運動が、社会保障全体をめぐる運動から、さらには、国のあり方そのものをめぐる大きな運動のひとつにならざるを得なくなっているゆえんである。


 我々が運動で依拠する国民の多数は、平和を望み、医療、福祉など社会保障の充実を強く求めている。我々の医療制度改革の運動は、平和を守る国民の運動と深く結合して大きく飛躍する条件が整いつつある。要求において多数派なのである。そのことに確信を持ち、多様な運動でこの多数派を組織していくことができれば、かならず展望を開くことができる。

3.我々の選ぶ道は


『平和憲法を持つ日本にふさわしい福祉国家』への道
 今、我々の周りで進められている諸改革は、単なる財源の見直しや国庫負担削減だけを目的に行われているわけではない。既存の国家や社会のあり方を改造し、グローバル経済に適合した国家を新たに作ろうという、大規模な国家改造計画の一環である。 

 
 90年代以降の日本は、そういう道、すなわち新自由主義的な経済、社会構造を追求する国家へと大きく舵を切ってきた。
 しかし、我々は、その道を選ばない。我々は、社会保障と平和を基盤とした、『平和憲法を持つ日本にふさわしい福祉国家』への道をめざす。


 その道を一歩一歩進みつつ、開発中心、経済成長優先だったこれまでの経済や企業活動のあり方、あるいは社会のあり方を見直していき、環境を回復し、循環型の社会へと転換させていこうではないか。

 
 そして、アジアを中心とした諸国の国土や国民生活を、蹂躙し、犠牲にして省みない多国籍企業の企業活動を、それらの国々の国民との共同によって規制しつつ、日本国内の地域産業や経済、農業、教育、社会保障といった、国民生活基盤の再建に取り組もうではないか。

4.まずは国民に医療の未来を語り広げよう


 我々のまとめた「医療制度改革提言」は、医療の未来への展望である。その実現は、そういった医療のあり方を支持する国民が多数派を形成し、それを政治に具体化する政治勢力が拡大することによって可能になる。そのためには、まず、この「25条に基づく医療」の内容と実現の方向性について、国民の前に明らかにされ、その実現が、国民共通の目標となるようにしなければならない。この「医療制度改革提言」は、そのための指針である。


 医療保険制度、医療提供体制、診療報酬制度をはじめとする医療制度は、その内容の複雑さと専門的知識の必要性はあるが、医療担当者の創意工夫と努力で国民との認識の共有は可能である。我々の未来への展望は、科学的政策によって構築された羅針盤でなければならない。道に迷えばそこに立ち返って行き先を切り開く指針であって、夢物語では決してない。国民と共有するために、まずは国民に語り広げる運動から始めよう。


以上



注1) 湖東京至関東学院大学大学院教授「政府の財政政策について」(『月刊保団連』2004年10月号)から抜粋。「国税・地方税に設けられている各種の特別措置や不公平税制を見直すだけで21兆円の増収が可能になる」


注2) 社会保険制度における「保険原理」と「社会原理」について
 本間照光青山学院大学教授「社会保険論のフィクションと歴史的現実-急増する無年金・無保険者の政策・理論背景」(社会保障Y.380 2002年新春号・中央社会保障推進協議会発行)から抜粋。「社会保険は、自助を原理とする資本主義に立脚しつつも、それが不可能であるという社会的・歴史的性格を反映し、(a)保険性(保険原理)、(b)社会性(扶養性、福祉原理、相互扶助)の二つの属性から成り立っている」、「(a)保険性は、自助の原理であり、自助の組織化であり、主に今ある社会関係・リスクの追認の側面である。(b)社会性は、社会問題としての認識、それに対処する国家責任・企業責任、階級間・階層間・社会連帯であり、主に社会関係・リスクの改良の側面である」、「歴史的・社会的に形成された社会保険は、(a)保険性(保険原理)と(b)社会性(福祉原理)の二重の原理によって成り立っている」


注3) 2003年2月に内閣府経済社会総合研究所に所属する研究官達の個人研究論文として公表された「国民保険構想」は、医療、年金、介護、雇用、児童関連等の諸社会保障制度を「国民保険」という一本の社会保険にまとめてしまい、事業主負担を廃止して18歳以上65歳以下のすべての国民から保険料を徴収。給付は、それぞれが負担した保険料に対応して行うようにし、未納がある場合には、その分を減額給付するという「総合社会保険化」構想である。


注4) 保団連はこれまで、「国民が差別なく高い給付を得られるよう」、「被用者と地域の2本建てに統合する」、「保険の統合にあたりおのおのの保険のレベルダウンがおこらないよう大企業の負担を増す」ことを提案している(1975年の「医療制度・医療保障制度改革に関する構想(第2次案)、79年の「医療保障制度の改善のために」)。


注5) 後藤道夫都留文科大学教授「保団連医療制度改革提言」への意見より
    「医療については、年金とことなり、勤労不能者への「最低限医療」の水準と勤労し保険料を拠出した人々への保険医療の水準の原理的な差異、さらに、保険料の多寡に応じた後者の内部での医療水準の差異、という構造それじたい、受け入れるわけにはいきません。実際、これまでの日本の医療保険は、保険料に応じた医療給付水準、という原則はとってこなかったわけで、その意味では、これまでの日本の医療保険の保険料は、保険者の甚だしい分立にもかかわらず、年金型の社会保険原理とも違う要素─医療保障税の側面―を何割かは持っていたのだと思います。新自由主義的医療改革の標的の一つは明らかにここにあるわけですから、逆に、これまでの医療保険制度がもっていた、非保険的要素を正面に出すことが必要なのだと思います。医療はもともと国庫負担と医療保障税を財源として、全国民に平等に保障されるべきものであり、医療保障税はその負担能力の点で、大企業がそのほとんどを担うべき…」、「『保険料ではなく医療保障税』という制度的位置づけは必要だと思います。医療保障税という概念を使うと、国家責任及び国民としての平等な給付という原則が出てきやすい」


注6) 「高齢者を突き抜け型」について
 被用者保険加入者を退職後も国保に移動させずに、そのまま現役時に所属していた医療保険に在籍させておく方法。


注7) 「年齢リスク構造調整法」について
 各保険者ごとの加入者構成(年齢)を見ると、被用者保険には若年者が、国保には高齢者がというように加入率に偏りがある。保険者の責任によらない原因でおこった財政上の問題については、保険者相互の財政調整によって公平に負担すべきだという考え方に基づいている。その保険制度に加入している被保険者の年齢別の加入率が、全国平均をとった場合と同じ加入率であった場合、どれだけの医療費を負担することになるのかを計算し、それと実際の医療費とを比較することで、その差がプラスであれば(つまり負担が軽い場合)その分を拠出。マイナスである場合は交付金によって過重な負担分を軽減するという方法。


注8) 渡辺治一橋大学教授「保団連医療制度改革提言」への意見より
 「ひとつは、第1段階の目標に、現在財界、政府の進める構造改革をただちにやめ、医療保険制度の空洞化に歯止めをかけるということを改めて明記することです。すでにその点は、前に書いてあるといわれるかもしれませんが、第1段階の目標はあくまで、構造改革の停止に置くということ、この点での国民的闘いなくしては、できません。ふたつめは、この第1段階の目標を達成することが大きな意味を持ち、他の社会保障制度改革にも貢献すること、それだけに大変な力がいることを、明記しておく必要があるという点です」


注9)「社会保障とは…国民を市場原理とそれに基づく競争と淘汰から守り…」について
 社会保障は、国民を社会における生存競争による脱落・淘汰から保護することを目的にしている。国民が病気やけが、災害、身体や心の障害、失業、高齢などで生活が困難に直面したときに、安全で正常な生活を営めるように社会的な権利として保障される仕組みである。1990年代以降、市場原理・市場競争を活用し、階層型(公私2階建て)医療制度へ転換させようとするなど、新自由主義的改革路線が敷かれた。


注10)医療の「非営利原則」について
 医療法第7条5項「営利目的の禁止」、同8条「医師、歯科医師以外の医療施設開設規制」、同54条「剰余金配当の禁止」を規定している。医療機関が得た医業収益を医療サービスの充実、医療施設の拡充、医療従事者の生活向上などに充てるためである。「営利」とは「出資者に対して利益を配当」することであり、医業収益を得ることは当てはまらない。「医療改革に対する保団連の提言案」2001年6月より


注11)保団連「小規模入院施設に関する新提案」
1999年3月
 「有床診療所の優れた機能を認識して、その法的地位を確立し、将来に発展させるため、有床診療所の発展的形態として医療法上に、病院、診療所と並んで新たに診療所療養型病床群を包括した「小規模入院施設」を設けることを提案する」