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診療報酬オンライン請求に関する見解


全国保険医団体連合会


2006年4月10日の厚生労働省令第111号の改正により、診療報酬オンライン請求は、2008年4月から段階的に施行、2011年4月から医科歯科全てのレセプトが原則義務化される。オンライン請求の現状を探るべく保団連は韓国視察を行った。

視察で判明した特徴点は、@韓国は96%のレセプトがオンラインで提出されており、健康保険審査評価院(HIRA)はコンピュータを利用しほぼ全てのレセプトを審査している。A保険の給付範囲が狭く、混合診療が基本的に行われている。B審査基準は毎月変更され、医療を意のままに統制することが可能となっている。C2007年7月より週毎の請求が一般医院でも選択可能になる。DHIRAは保険診療だけでなく、保険外部分のデータ提出を求めるようになってきている、などである。これは歯科においてはほぼ毎回の診療情報の報告であり、指導監査に近いデータをさらすことを意味するものである。

我が国で義務化される診療報酬オンライン請求を単に請求の方法としてではなく、これを利用した様々な医療政策全体を包括した概念としてとらえ、その問題点について見解をまとめる。

1,政府の狙いと私たちの基本的な立場

 政府は2006年1月、「IT戦略本部」が策定した「IT新改革戦略」で、オンライン方式による診療報酬請求を「緊急課題」として位置づけた。その中で診療報酬オンライン請求の目的について「医療の情報化を通じて集積される診療情報、検診結果及び診療報酬請求データ等の健康情報を有効に活用」し、「医療の情報化の促進により事務管理経費を削減し、医療費の適正化を進める必要がある」とその狙いを明確に述べている。

 また2006年6月に成立した「医療改革関連法」で打ち出された、「医療費適正化計画」、「医療保険制度の都道府県単位化」、「特定健診・特定保健指導」とのリンク、より詳細な「医療機能情報」の提供、地域ごと、年齢ごとの「新診療報酬体系への効率的な対応」、「指導・監査、立入検査等への効率的な活用」、「保険者機能の強化」などの課題は、診療報酬オンライン請求による「情報のデータ化」、「データの蓄積」、「保険者への集中」がなければ実現しないものである。従って診療報酬オンライン請求は、さらなる医療費削減のための「前提条件」であることは明らかである。

 それだけではなく審査、支払の在り方そのもの、保険診療の在り方そのものにも重大な影響をもたらすものである。またIT化を具体的にすすめる周辺環境の整備が不十分な現状で、診療報酬オンライン請求を強制的に導入すれば、長年にわたり地域医療を支えてきた保険医療機関の存続や、医療の安全確保、良質な医療の提供にも大きな影響を及ぼすことになる。またセキュリティ確保に対する対応が不十分な問題など、国民、患者の不利益につながる重大な問題を含み、国民・患者にとって必要な真の保険医療の発展にはつながらない。

このように多くの問題を含んだ診療報酬オンライン請求には反対であり、抜本的な見直しを求めるものである。

以下に個別の問題点について詳記する。

2,診療報酬オンライン請求に関する問題点について

(1)診療報酬オンライン請求を義務化するべきではない

オンライン方式による診療報酬請求義務化は、@従前方式の全廃と新方式への移行、A猶予期間以外の救済規定がない、B特別費用負担に伴う代償措置がないことなど、健保法第76条第6項の「手続きや形式を定める」という一般的な委任の範囲を超えている可能性がある。国民に対して新たな権利義務が発生する事項を定めるには、国家行政組織法第12条により法律の特別な委任が必要となる。単なる省令改正では認められないのが、法律による行政の原理である。立法府におけるさらなる議論が必要と思われる。

また国民皆保険のもとで保険診療を行えば、保険給付に対する請求権が発生する。その請求方式をオンライン方式にのみ限定(可搬型の電子媒体も排除)することは、請求権の侵害にあたる可能性がある。医科医療機関の20%、歯科医療機関の30%を超える手書きでレセプトを提出している保険医療機関は、オンライン方式による診療報酬請求義務化にともない、新たなレセコンの購入などの対応を講じなければならない。オンライン方式による診療報酬請求への対応が極めて困難な医療機関に関して、請求代行制度が規定されているが、その実施要項などの詳細がいまだ不明であり、請求代行制度の利用も困難な場合、廃業に至るしかない。

これはまさにITの導入自体が主たる目的となった過剰なIT化であり、かかりつけ医療機関の廃業は地域住民に深刻な影響を与えるものである。

よって、個々の医療機関の実情に応じた柔軟な対応が必要であり、一律にオンライン方式による診療報酬請求を義務化するべきではなく、これを定めた厚生労働省令第111号は改正すべきである。

2)診療報酬オンライン請求を義務化するのであれば、財政負担は国、保険者がするべき

医療機関における事務管理の軽減は見込めるが、オンライン請求方式にともなう導入費用や維持費用、回線費用(対応するレセコンへの切り替え費用、オンライン接続用コンピュータの購入費用、接続回線の使用料、セキュリティが確保できる部屋の改修費、技術習得、請求事務の人員確保費用等)などのすべてを医療機関が負担することになる。2006年の診療報酬改定において新設された電子化加算は診療所においてはあまりに過少である。それに対して健保連や支払基金、国保連合会に対する予算措置は講じられている。オンライン方式による診療報酬請求義務化にともなう費用は、本来医療機関が負担するものではなく、国・保険者が負担すべきである。

(3)診療報酬オンライン請求により世界に冠たる我が国の国民歯科医療を壊すべきではない

 20年間据え置かれた総歯科医療費は、保険収入への限界感と保険外診療への依存度を深め、混合診療政策に差額徴収の復活を願う歯科医師も少なくない。同時に自由診療の言葉通り規制や管理を受けない医療収入を期待することは、最早夢想ですらある。データ集積管理の技術が日進月歩の今日、保険外診療を含めたリアルタイム請求も遠い将来の話ではない。適正な保険点数や医療現場に即したルールの確立もなく、月毎のチェックがやっとの個人医院やレセコン導入すら厳しい高齢歯科医師の力量さえ勘案しない押しつけオンライン化では歯科医院経営は破綻し、国民歯科医療の担い手を失うことになりかねない。診療報酬オンライン請求により世界に冠たる我が国の国民歯科医療を壊すべきはでない。

(4)診療報酬請求データの営利目的による利用は禁止するべき

すべての診療報酬請求データを集積して、全国規模のナショナルデータベースを構築することは、診療報酬請求書及び明細書の使用目的の拡大に当たるものである。従って、その是非について十分検討する必要がある。

政府は「骨太方針2006」の中で、「IT新改革戦略」の推進と並べて、「社会保障番号の導入など社会保障給付の重複調整という視点からの改革」、「社会保障個人会計(仮称)」の検討を打ち出している。国民の長年にわたる運動によって権利として保障された社会保障による諸給付を、重複調整の名の下に切り捨てようとの狙いが明らかである。これらに診療報酬請求データが使われる危険がある。従って国によるデータの利活用についても、最もデリケートな健康に関わる個人情報である点や、IT化という新たな展開を踏まえ、利用目的や方法などを限定して、無制限に使うべきものではないことを法令上に明記するべきである。

併せて個人情報保護法を遵守し、国民・患者や医療関係者の意見を十分取り入れるべきであること、及び最もデリケートな健康に関わる個人情報である診療報酬請求データの民間企業による利用は、国民の健康・医療に係わる情報が企業の“儲け”の対象にされるおそれがあるため禁止するべきである。

(5)画一的な審査・判断につながるシステムの導入はするべきではない

個々の患者に対する治療内容や医師の判断をよそに、診療報酬請求書・明細書の項目のみをコード化、数量化し、経年的なデータの集積・分析を容易にすることは、コンピュータによる画一的な審査・判断が拡大する可能性が高くなる。保険診療は「医学的判断」や「患者の個別性」を何よりも重視して行われるべきである。患者一人ひとりの診断・治療における医師・歯科医師の判断など、全人的医療に基づいて妥当、適切と判断して行われたものを、画一的な審査基準に基づきコンピュータにより審査、評価を行うようなシステムの導入はするべきではない。

(6)特定健診データとの突き合わせは禁止するべき

診療報酬請求データと「特定健診」データとを突き合わせ・分析し、患者の同意なしに特定保健指導等に使おうとすることは、医療費データの分析の枠を超え、国民のプライバシー権や受療権を侵害するものである。診療報酬請求データと「特定健診」データとの突き合わせ・分析は禁止するべきである。

(7)情報漏洩の危険性については国と保険者が責任を果たすべき

診療報酬請求データは診療録データと同等に、最もデリケートな健康に関わる個人情報である以上、データの送受信・集積管理することについての秘密保持、安全性確保が必要である。現状ではデータの送受信に際して、実用上のセキュリティの確保はされているものの、厚生労働省も情報漏洩の可能性を認めている。情報漏洩が発生した際の責任を医療機関側だけに押しつけられる可能性を危惧するものである。

全診療報酬を集積したデータベースは、患者個人情報の利用範囲を明確にし、データの保存期間も明確化すべきである。

診療報酬オンライン請求の推進は国と保険者が進めてきたものである。そのセキュリティの確保や費用については当然、国と保険者が責任を果たすべきである。

(8)診療報酬オンライン請求は国民皆保険制度の崩壊をまねく

診療報酬オンライン請求が義務化され、さらに将来混合診療が解禁されれば、コンピュータ審査を利用することで、いかようにも保険診療の範囲を狭め、医療費を削減することが可能である。既に韓国で実施されているこの医療費削減方式は世界に冠たる我が国の国民皆保険制度を崩壊に導くものであり、断じて容認できない。


3,我々は真の保険医療の発展につながる医療IT化を望む

国民・患者にとって必要な真の保険医療の発展につながる医療のIT化を否定するものではない。迅速な医療情報の共有・発信や事務管理の効率化、国民全体の疾病構造の分析などに活用し、医療費の真の適正化に資することは、今後いっそう重要になっている。医療「構造改革」推進の「前提条件」として強引に進められようとしている今回の診療報酬オンライン請求は、その目的からして国民・患者の不利益になるばかりか、真の保険医療の発展にはつながらない。我々は真の保険医療の発展につながる医療IT化を望むものである。

以上