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医療事故の「死因究明と再発防止」・「被害者救済」制度
についての保団連の見解
−日本の医療、「信頼と安全」を高めるためにー

        2008年9月14日
全国保険医団体連合会

1.はじめに
医療行為は本質的に危険な行為である。医療は、その危険度を限りなくゼ ロに近づけながら、健康の回復や命の救命を目的に行われている。しかし、危険度はゼロにはならない。従って、医療は患者と医療者との信頼関係無くしては成り立たない。しかし、ひとたび医療事故が起きるとその信頼関係は大きく揺らぎ、さらに民事訴訟や刑事訴訟にまでなれば一層厳しいものになる。そして、国民の医療不信、医療者の萎縮医療、士気低下が広がり、医療の健全な発展が阻害されてくる。
厚生労働省も、医療事故と訴訟が増加するなかその対応に迫られ07年4月より省内に検討会を設置している。現在、同会より「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案(第三次試案)」(08.4)と、それに基づく「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」(08.6)とが発表されるに至っている。しかし医療関係者のところでは刑事訴追との関係などを懸念する声も少なくない。保団連も、看過できない問題点があるとして原案での法案化に反対しているところである(パブリックコメントを提出済み)。
しかし、政府・厚生労働省は、大方の賛意は得られているとして、早ければこの秋の臨時国会に法案を提出する予定である。このような情勢のもと、改めて、医療事故に対する制度のあり方について保団連の基本的な考えを述べることにする。そして日本の医療が、医療の特質を踏まえ、「信頼と安全」という面で前進することを望む。

 

2.総論―患者・国民と医療者がともに納得できる制度を目指す
(1)医療事故に対して、「死因究明・再発防止」と「被害者救済」の両方の制度を国の責任で創設する。そうすることが患者にとっても医療者にとってもより安心・安全・信頼の医療を築いていくことになる。
(2)死因究明と再発防止を目的とした「医療安全調査委員会(仮称)」(以下「調査員会」と略)はシステムエラーを重視し、個人の責任を問うものではないものとする。  
(3)個人責任を問う刑事、民事への対応は、「調査委員会」の創設とは切り離して考える。犯罪行為として故意に医療行為が行われたものについては最初より刑事で扱う。
(4)被害者補償(救済)制度や裁判外紛争処理制度(ADR)等を早期に整備する。一般に、民事訴訟や刑事裁判では対立が持ち込まれ、患者も医療者も時間的にも精神的にも経済的にも相当消耗する。その一方、大事な死因究明、再発防止の点では得る物が少なく、また被害者救済も遅れる。
(5)さらに大きな視点として、国に対して医療事故死等の背景にある医療費抑制政策を転換し、実効性ある医師確保等対策を行うことを求める。

 

3.個別課題―「死因究明と再発防止」の制度について
(1)「調査委員会」の設置とその目的について
@法制化された国の機関として、「調査委員会」を国と地方に設置する。
医療を提供する側と医療を受ける側との間で中立の機関とし、中立・公正な立場の専門家で構成する。独立性を確保するため厚生労働省の外に設置する。
A「調査委員会」の目的は、死因究明と再発防止に限定する。その目的を最大限達成できるように機能させることが、今後の医療のため、ひいては患者・国民のためになると考える。
B「調査委員会」は、医療事故をシステムエラーとしての視点から検討し、「誰がしたか」ではなく、「なぜそうなったのか」を明らかにし再発防止に役立てる。
C将来的には、死に至らずとも障害を残した医療事故例等も対象としていく。

(2)届出義務について
@明らかな過失のあるものは、「調査委員会」への届出を義務とする。
届出義務の範囲は法律で定めるものとし、届出義務に違反したときは行政罰もあり得る。
A過失が明らかでないものはその判断が難しいので「調査員会」への届出は任意とする。ただし、患者家族からの届出は可能とする。
B患者家族及び医療機関からの届出があれば、国の責任で費用負担なしに解剖及びその他の制度の調査行為を受けられるようにする。  

(3)刑事事件の対象について
@刑事事件にあたるもの(後述)、またはその疑いがあるものは、最初から「調査委員会」の対象とはしない。
Aまた、調査の過程でそれが判明すれば、そこで調査は中止し、届出元に返すか捜査機関へ委ねる。
Bここでいう刑事事件にあたるものとは、故意に行う明らかな犯罪行為である。すなわち、医療行為を殺人として使うとか、わざと過失を行うとか、悪質なカルテ改ざん・隠蔽・偽装などである。
C第三次試案の「重大な過失」や「大綱案」の「標準的な医療から著しく逸脱…」は、上記(3)の故意に行われたものでない限り、警察への通知事項から外すべきである。

(4)調査報告書等について
@調査報告書は、再発防止のための提言が1つの目標であるので、個人情報に留意した上で公表する。
Aただし、その目的以外に調査報告書を使わない、訴訟や訴追関係に流用しないものとする。

(5)処分について
@個人レベルで明らかな問題がある事例は(いわゆるリピータ医師など)、医師法にある再教育や医師免許停止など行政処分で対応する。

(6)医師法第21条について
@医師法第21条は、制定時の本来の趣旨である犯罪が疑われる場合に戻すこと。すなわち異状死の解釈は判例(最高裁2004年4月13日判決)にも示されているように検案で「外表に異状を認めるもの」で運用すること。
Aまた、少なくとも「調査委員会」に届出たものはその対象としないことですすめる。
Bさらに、医師法21条を改正して診療関連死は除くことを明記させること(中長期的目標)。 
注) 福島県立大野病院事件の一審判決は、「医師法21条にいう異状とは」、「法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味すると解される」として、「診察中の患者が、診察を受けている当該疾病によって死亡したような場合は」、「同条にいう異状の要件を欠く」との判断を示した。
 
(7)刑法第211条について
@医療の特質から、診療関連死については原則刑事罰(業務上過失致死傷罪)が問われないようにする。このことは世界の大勢だが、日本でも国民の理解を得ながら法改正に向けた社会的合意をめざす。
A医療に業務上過失致死傷罪を問うのであれば、あらかじめその対象を明確にすることが必要である。


4.個別課題―「被害者救済」の制度について
(1)無過失補償制度の創設
@全科を対象とした無過失補償制度を国の責任と管理の下で確立する。
対象は、公的医療保険制度(国民皆保険制度)の元での医療事故とする。保険外診療はその対象としない。従って、財源は公的医療保険または別途国が予算措置をとる。現在、先行して行われている産科医療補償制度は、患者や医療者側に負担(保険料)を求めかつ内容的にも民間保険で行うやり方なので改めること。        
A公的医療保険内での医療事故は、診療報酬が公定価格になっていて低く抑えられているので、その補償額や賠償額が相当高額にならないよう考慮する。これは高額な賠償額になることが多い市場原理(自由診療で高い診療報酬の設定)のアメリカ医療との違いである。

(2)医療メディエーターの確保と裁判外紛争処理制度(ADR)の創設
@国の責任で、医療メディエーターの養成・研修・配置を行う。
医師対患者遺族だけの対話では、医療情報の格差と非対称性から不信が増幅されることがある。欧米に習って、医師と患者遺族の間に立って患者遺族の代弁を行って信頼関係を取り戻す役割の職種が必要である。
Aあわせて国の責任で、裁判外紛争処理制度(ADR)を創設する。
民事裁判は、双方にとって時間的、経済的な負担は大きい。いくつかの国では、対立より解決に力点を置いたADR制度を創設している。解決が信頼関係の回復につながっている。

 

5.おわりに
医療事故に対して、「死因究明・再発防止」と「被害者救済」の制度の創設をもって、民事訴訟や刑事訴追が排除されるものではない。しかし、この「死因究明と再発防止」・「被害者救済」の制度が総体として機能し実績を積んでいけば、国民の医療への信頼は深まり、医療の安全性も前進し、そして民事訴訟や刑事訴追は少なくなってくるものと考える。

 

 以上