ホーム

 

医療費抑制・社会保障給付削減の社会保障個人会計につながる社会保障カード導入に反対する

  2008年12月7日
全国保険医団体連合会
政策部長 津田 光夫

 

(1)政府・厚生労働省は、「団塊の世代」の大量退職が目前に迫り、問題が山積する年金制度に対する国民的関心が高まっている中、社会保障カード(仮称)の2011年度からの導入を目指し、09年3月末までに基本計画をまとめる方針である。
 年金制度への国民不安を解決する施策としてIT化の推進は必要と考えるが、年金問題だけでなく他の社会保障制度や国民生活全般に大きな影響を与えることが予想される。住民基本台帳カードの教訓も生かして、慎重かつ十分な検討を行うべきである。同時に、医療費抑制につながる社会保障カード(仮称)の導入には反対を表明する。

 

(2)厚労省が検討している社会保障カード(仮称)は、国民1人ひとりに付けられた統一的な番号をもとに、健康保険証、介護保険証、年金手帳などの機能を1枚のカードにまとめたもので、ICチップが埋め込まれる。レセプトオンライン請求された医療情報や特定健診結果データの蓄積をはじめ、介護・年金などの情報が一元管理される恐れがある。  
 新たなカード発行を厚労省が行い、市町村が交付するとされているが、既存のICカード利用も検討されている。有力視されているのが住民基本台帳カードである。2008年6月に政府のIT戦略本部で取りまとめられた「IT政策ロードマップ」には、住民基本台帳カードの普及と社会保障カード(仮称)の議論を一体的に進めることや、ネットワーク基盤にレセプトオンラインネットワークを活用することが明記されている。
 電子データ化された個人情報の管理については、情報流出や民間保険会社や国による「データの悪用」が危惧される。技術的な課題を明確にしながら、国民の理解と合意が欠かせない。個人データの民間利用禁止はもちろん、国の使用にも制限を加え、国民がコントロールできる仕組みが必要である。

 

(3)政府・厚労省は、社会保障カード(仮称)導入によって、利用者の利便性の向上や、保険者、医療機関や介護サービス事業者等のサービス提供者、行政機関の事務負担軽減といった効果があると説明している。とくに医療機関での利用を想定し、レセプトへの資格情報の転記ミス、医療保険未加入状態での受診や資格喪失後の受診等による過誤調整事務の発生に対して、オンラインでの資格確認やレセプトへの自動転記によって、事務コスト削減や未収金発生を抑えることが可能になるなど、利点をことさら強調して多くの医療関係者の支持を得ようとしているが、2011年度から実施されようとしているレセプトオンライン請求義務化を既定の事実としていることは断じて受け入れがたい。

 

(4)社会保障カード(仮称)で管理された過去の個人情報をもとに、個々人の生涯の負担と給付が確認できる仕組みが社会保障個人会計である。政府・厚労省は、2001年6月に閣議決定された個人レベルでの社会保障の給付と負担が分かる社会保障個人会計の構築を目指し、日本経団連も2004年9月に「社会保障制度等の一体的改革に向けて」において、社会保障個人会計の導入を提案している。
 社会保障カード(仮称)のICチップに収録する本人を特定する情報は、各制度共通の統一的な番号を基本とする方向で検討が進んでいる。国民1人ひとりに統一番号を付番し、個人情報を一元管理することで、社会保障個人会計の構築が可能となる。
 社会保障分野の中でも焦点となるのが医療である。年金はマクロ経済スライドなどの導入により、経済の伸びから大幅に乖離するような給付の伸びは回避される仕組みとなった。しかし、医療は介護と比べて既に規模が大きいうえに介護保険のような給付制限がないからである。社会保障個人会計の構築は、国と大企業の社会保障に対する責任と負担を軽減させることが最大のねらいである。そのターゲットは公的医療費であり、4半世紀にわたる医療費抑制路線を再構築することである。

 

(5)社会保障個人会計を用いて提案されているのが、給付抑制策では「限度額管理」、負担増加策では「公費分の回収」という2つの対策である(前述の日本経団連提言、2005年NTTデータ経営研究所レポート)。
「限度額管理」とは、社会保険料の負担に比べて、社会保障給付を使い過ぎている人には、給付に一定の限度額を設定したうえで、給付が限度額を超えた場合は、超過分を一定期間繰り延べ、或いは他制度からの余剰額を付け替るという給付抑制策である。
「公費分の回収」とは、個々人が負担した保険料と受けた給付を死亡時に精算し、給付が超過した場合はそれを公費負担とみなし、遺産・相続財産から回収することや、単年度毎に、受けた給付に含まれる公費負担を確認し、その公費分を回収する過酷なまでの負担増加策である。社会保障個人会計の受け皿として、「医療貯蓄口座」の導入も提案されている。
 シンガポール、米国においては医療保険の個人会計は導入済みである。MSA(医療貯蓄勘定)という形で個人の資産管理の一環として導入され、医療費用の支出に限ってその勘定から支払うことが許される。前述の日本経団連の提案では、医療貯蓄口座とされ、保険診療の自己負担分や保険外診療の際の費用、あるいは健康増進につながる一定の支出等に充てる。積立金に対しては所得税等の優遇措置などを講じるというものである。
 こうした基盤整備に合わせて、社会保障制度は、個人単位で把握・管理する方向が示されている。国民1人ひとりに交付される社会保障カード(仮称)によって、こうした給付削減や管理が実効性を持つことになる。

 

(6)問題の本質は、社会保障カード(仮称)の導入により、社会保障各制度をはじめ、税金、身分登録など個人情報を、統一番号でネットワーク化して一元的に管理し、その管理データを国と財界が利活用でき、社会保障個人会計の構築が可能となること。さらに、国家による個人情報管理をめざす国民総背番号制の実施とへつなげることができることである。
 日本は主権在民であり、国民が国家を監視することはあっても、国家が国民を監視することはあってはならない。
 目先の「行政の効率化」や医療機関の事務経費の削減や未収金の発生を抑えるということに惑わされることなく、患者・国民のための社会保障制度はどうあるべきかを判断の基準にする必要がある。 
 国と財界が目論む医療費抑制・社会保障給付削減の社会保障個人会計の構築、さらに国民総背番号制の実施につながる社会保障カード(仮称)導入には、断固反対することを表明する。