2010年点数改定にあたっての談話
全国保険医団体連合会
医科診療報酬改善対策委員長 武田浩一
1 はじめに
2010年診療報酬改定は、「医療崩壊」の事態から地域医療を再建するため、医療費抑制政策の転
換、医療費全体の底上げを国の医療政策の中心課題に位置づけ、実施するべきであった。しかし、
診療所および中小病院への手当ては議論の外に置かれ、重点課題とされた救急、産科等や、勤務医
負担軽減対策も補助金削減とセットで実施されるなど、政策転換は図られていない。このような改
定では、地域の第一線で初期医療を担っている医療機関まで「医療崩壊」がさらに進み、日本の医
療提供体制は再生不能の状況に陥りかねない。
2 実質ゼロ改定−これでは「医療崩壊」を止められない
2010年改定にあたって保団連は、「医療崩壊を食い止めるために10%以上の引き上げが必要」と
主張し、医療関係団体、患者・国民、政党・国会議員、マスコミに訴えを広げ、昨2009年の総選挙
では、診療報酬引き上げが各政党のマニフェストや公約に掲げられた。特に民主党は、INDEX・医
療政策詳細版で「総医療費対GDP 比をOECD 加盟国平均まで今後引き上げる」ことを明記して総選
挙に勝利した。しかし、新政権発足後、医療費削減を求める財界や財務省の大攻勢の結果、昨年12
月23日に政府が発表した改定率は総枠で0.19%(本体1.55%+薬価・材料費▲1.36%)の引き上げ
にとどまった。
その上、「後発品のある先発品の追加引き下げ」で捻出される600億円(▲0.16%)が改定率の計
算に盛り込まれておらず、全体の改定率が実質0.03%にしかならないことが判明した。先発品の追
加引き下げは、処方せん様式の変更等によるこれまでの後発医薬品の使用促進策による医療費削減
とは違って薬価そのものの引き下げであり、当然診療報酬改定財源とすべきである。そもそも三党
連立政権合意書では、「医療費(GDP 比)の先進国(OECD)並みの確保を目指す」とされている。
これを踏まえるならば、先発品の追加引き下げで捻出される600億円は改定財源に入れるべきであ
る。
3 診療所の報酬引き下げは、地域医療崩壊をさらに深刻なものにする
診療所の再診料が2点引き下げられ、再診料は病院・診療所とも69点に統一された。
2007年6月実施の中医協医療経済実態調査で約17%だった収支差額赤字の医科診療所は、2009
年6月調査で約28%に急増しており、医療の再生産すら困難な診療所が増えている。再診料以外に
も眼科、耳鼻科等で実施する汎用点数が引き下げられるとともに、アナログでのエックス線撮影料
等も引き下げられた。
病院勤務医の負担軽減を目的に、標榜時間以外も患者からの電話問い合わせに対応可能な体制を
確保している診療所に「地域医療貢献加算(3点)」が新設された。しかし、わずか3点の加算で夜
間対応を求められる内容であり、加算を算定しなければ引き下げ分を取り戻せない。2009年11月
末に発表された東京商工リサーチの「2009年1月〜 10月 病院・医院の倒産状況」では、病院の
倒産が14件(前年同期比9件増、180.0%増)、また一般診療所が25件(同12件増、92.3%増)であ
り、「政府の・・・社会保障費を削減する厳しい医療費抑制方針に沿って、・・・全体としては4回
連続のマイナス改定」も影響していると述べ、当面厳しい状態が続くと指摘している。必要なこと
はマイナス改定で倒産の危機に追い込まれている診療所や病院の体力を取り戻すことであり、その
ためには再診料を引き上げ、全体の底上げをはかるべきであった。また2008年改定で大きな打撃と
なった外来管理加算の5分ルールは、2年にわたる粘り強い取り組みの結果、廃止されるという大き
な成果を上げた。しかし新たな要件が追加されるなど、課題は依然として残されたままである。地
域医療を守るため、診療所・病院とも再診料を大幅に引き上げ、外来管理加算の算定要件を2008年
改定以前に戻すなど、2010年度予算を組み替え、緊急再改定を行うよう強く求めるものである。
4 中小病院の経営も困難に
病院の再診料や14日以内の入院加算が引き上げられたが、一般病棟15:1入院基本料が20点引き
下げられ、90日を超えて入院する患者の報酬が包括される後期高齢者特定入院基本料が全年齢に拡
大された。長妻厚労大臣自身が11月2日の国会答弁で、「中医協と相談して廃止していく方針」と
明言していたものであり、廃止すべきである。
また病院の療養病棟入院基本料の区分がA〜Eの5区分からA〜Iの9区分とされ、看護職員の
配置数とともに医療区分2,3の患者比率80%未満の入院基本料については各区分とも軒並み点数
が引き下げられ、病床維持がますます困難な状態に追い込まれる。中医協の療養病床のコスト調査
結果では、現行の医療区分1は入院患者1人1日につき1,192円〜 3,217円の赤字となっているこ
とが判明している。長妻厚労大臣は療養病床の削減計画について「受け入れ側の介護施設が整備さ
れないまま削ることで、大変な社会問題になっている」(11月2日の国会答弁)として、凍結する
考えを明らかにし、現在実態調査を行っているとのことだが、改定による病床削減が進んでしまう
のは国会答弁に反する。療養病棟入院基本料の報酬引き下げは中止すべきである。
5 入院患者の他医療機関受診に新たな仕組み (これまでの公的医療保険制度の否定)
包括点数でない入院基本料算定患者が他医療機関を受診した場合、入院基本料の基本点数の30%
を控除することとされたが、そもそも日本の公的医療保険制度は現物給付を基本とし、保険医療機
関が担当した療養の給付の費用は出来高で評価されなければならない。療養の給付を担当した全て
の医療機関への支払いを制限することは、1人の患者を複数の医療機関が連携して支える地域医療
そのものの否定につながる。また30%の控除の根拠すら示されていないのに、一方的に医療機関か
ら減点されるこのような制度は撤回するべきである。
6 明細書の発行義務化は撤回を
すでにオンライン請求を実施している医療機関に義務付けされている明細書について、今次改定
では電子請求が義務化されており明細書発行機能のあるレセコン使用の医療機関に対して、発行義
務付けが行われた。該当する医療機関は原則すべての患者に無料で発行することとされており、院
内掲示等で患者に明示することとされている。しかし明細書は診療報酬請求をするために作成する
ものであり、患者が受けた医療内容を示す文書ではない。このことを無視して発行を義務付けるこ
とは、窓口でのトラブル(複雑で理解困難な診療報酬、医療機関によって発行する・しないなど対
応が分かれるなど、患者の理解を得ることが難しい)、待ち時間の増大など、大きな混乱を引き起こ
すだけではなく、患者との信頼関係を損ねるものである。さらに重大なことは病名告知の問題、個
人情報漏えいの危険性にどう対応するのかといった基本的な問題すらまったく議論されず、対応を
一方的に医療機関に押し付けたことである。このようなことは決して許されない。患者からの求め
があれば拒むものではないが、明細書の発行義務化は行うべきではない。
7 後発医薬品処方への強引な誘導策はやめよ--薬剤師による後発品の処方変更は安全性の確保からも問題
2008年改定で、後発医薬品の使用を促進するためとの名目で、「変更不可」欄に署名のない処方
せんの場合は後発医薬品への変更が可能とされたが、今回、さらに、「後発品からさらに安価・別規
格の後発品への変更」も可能とされた。
薬剤師が処方医の確認をとることなく、患者同意のみで処方せんに記載された当初の医薬品と含
量規格の異なるあるいは別剤形の後発医薬品に変更することは、処方という医師の独占業務の侵害
であり、安全性の確保からも問題である。また「薬剤師は、処方せんに記載された医薬品につき、
その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師の同意を得た場合を除くほか、これを変更して
調剤してはならない」と規定する薬剤師法第23条第2項に抵触する恐れがある。「薬効に信頼がも
てない」「副作用など安全性に危惧がある」等、後発医薬品の品質、有効性に対する不安が払拭され
ておらず、また適応疾患の差異による不安もある。厚労省の後発医薬品への誘導策の強化にもかか
わらず、医療機関の使用状況は依然として低い。厚労省は、情報不足や流通上の未整備などの問題
も含めて、医療機関が安心して使用できるように、後発医薬品の安全性や有効性について責任ある
対応をとるべきである。この問題は薬価制度全体の問題を改善する中で解決すべきものであり、後
発医薬品の使用促進を半ば強制的にすすめるべきではない。
8 診療報酬引き上げと患者負担軽減運動にご協力を
医療費削減を求める財界や財務省の大宣伝と攻撃の中で、非常に微々たるものではあるが総枠引
き上げが行われたことは、医療担当者のこの間の運動と患者・国民の願いを一定反映したものであ
る。しかし、この改定率では医療崩壊は一層深刻化することとなる。
進行する「医療崩壊」にストップをかけることは国民的課題であり、重要なことは診療報酬の底
上げである。次の改定を待たずに早急に予算を組替え、少なくとも総枠で3%以上の診療報酬引き
上げを行うよう、強く要望するものである。
なお、2009年12月24日に国立社会保障・人口問題研究所が発表した「社会保障実態調査」では、
過去1年間に経済的理由等から医療機関にいけなかった世帯が2%(99万世帯)あったことが判明
している。
保団連は、必要な医療が提供できるよう、診療報酬引き上げ・改善と患者負担の大幅軽減を求め
て医療関係者、患者・国民とともに奮闘するものである。
以上