2010年4月改定について
保団連社保・審査対策部歯科部長 田辺 隆
歯科医療担当者、患者・国民の運動は反映されたが、歯科医療崩壊をとめるにはほど遠い
今次歯科診療報酬改定は、歯科医療従事者と患者・国民の「保険で良い歯科医療」を求める22万筆を超える請願署名、全国の自治体の25パーセントを超える地方議会意見書採択、さらに政権交代後に取り組まれた政府、与党、各党議員への歯科医療改善を求める要請などの運動が反映し、歯科診療報酬本体は2.09%の引き上げとされた。
しかし、中医協の医療経済実態調査でも歯科医療機関の経営悪化は明らかであり、今日の歯科医療の危機を打開するためには、本会が要求してきた10%以上の引き上げが不可欠である。改めて政府・与党に大幅引き上げを求めたい。
改定内容では、基本診療料に改定財源の多くが配分され、歯周治療、麻酔、有床義歯などの基礎的技術料がそれぞれわずかずつ引き上げられた。また、歯科医療機関以上に深刻な状況に追い込まれ、本会が一貫して要求してきた歯科技工士の労働に対しても、部分的だが初めて評価が行われた。
一方、基本診療料の引き上げのために、スタディモデルの包括や歯科疾患管理料の評価が引き下げられるなど、医学的にも根拠のない包括が前回に引き続き強行された。また、新たな施設基準による医療機関の差別化や、文書提供内容の項目が追加されたことで、日常診療への影響も危惧される。
さらに、歯科疾患管理料は、点数の引き下げによって低廉な評価での患者の長期継続管理システムが強められ、患者のための医学管理が、歯科医療機関の犠牲によって行われるという構図がより鮮明になった。
今次改定は、限られた財源の中で基礎的技術料の一部引き上げなど臨床現場の声が一定反映された内容があるものの、歯科医療費抑制政策としての包括拡大、長期継続管理システムの押し付け強化、明細書発行義務化など、さらに歯科医療危機を推し進める内容が含まれている。
限られた財源の中で保団連の要求が一定反映
基本診療料の引き上げ、乳幼児の50/100加算対象年齢の6歳未満児への拡大、有床義歯調整管理料の新設、後期高齢者在宅療養口腔機能管理料の廃止と歯科疾患在宅療養管理料の新設、う蝕処置、歯周基本治療の2回目以降、歯周組織再生誘導手術、麻酔、有床義歯などがそれぞれ引き上げられた。病院歯科でも施設基準の緩和と再診料が引き上げられ、保団連の要求と運動が着実に反映したものとして評価したい。
有床義歯、歯科技工士の評価など高齢社会への対応
高齢社会に必需の有床義歯については、レジン床義歯、バ−や保持装置が若干ながらも引き上げられた。また、有床義歯調整管理料として義歯の調整に関わる項目が復活したことは、臨床現場に即したものとして一定の評価ができる。さらに、歯科技工士を配置し、その技能を活用している歯科医療機関に対する評価として、有床義歯に係る修理の加算が新設された。診療報酬で初めて歯科技工士の技術と労働が評価された。しかし、歯科技工士を雇用しているのは全医療機関の1割程度に過ぎず、良質な歯科医療の提供のためには、歯科技工所と定期的な連携を行っている歯科医療機関に対する評価へと拡大し、さらに義歯修理に限定することなく、全ての歯冠修復・欠損補綴物にまで適用範囲を広げる必要がある。
初・再診料は引き上げられたが、医学的根拠もない包括を拡大
初診料、再診料が引き上げられたが、このためには約400億円が必要となるため、診療報酬体系の簡素化を名目にし、スタディモデルを包括し、歯科疾患管理料を引き下げることで財源を捻出している。
前回改定ではラバー加算、歯肉息肉除去手術が基本診療料に包括されたが、今回改定でも同様の手法で包括が拡大された。
基本診療料の引き上げのために、一つ一つの治療行為に係る技術と労働の評価をなくす包括は断じて容認できない。医学的根拠もない強引な包括拡大の直接の目的は、歯科医療費の抑制にある。同時にレセプトオンライン請求のための整理、統合という意図も見落とせない。
低い評価の歯科疾患管理料による患者の長期継続管理システム強化の危険性
歯科疾患管理料は算定要件が従来の口腔管理から「継続的な管理を必要とする歯科疾患を有する患者」に対する管理と位置付けられた。さらに管理計画書に「歯科疾患と全身の健康との関係」、継続管理計画書には「口腔内の状態の改善状況」の記載が追加され、管理計画書作成による診療への影響が危惧される。また、初回の点数引き下げによって、さらに低廉な評価で患者のための医学管理を行うことになった。歯科診療の柱ともいえる医学管理が、他の医学管理の項目に比べて極めて低い評価とされたことで、厳しい状況にある歯科医療機関をさらに深刻な状況に追い込むことは明らかである。
こうした歯科医療費抑制のための長期継続管理システムには反対する。
在宅では医療行為の評価を時間で縛る算定要件を導入
歯科訪問診療の評価体系を見直し、訪問先を「在宅等」で統一し、患者1人の場合は歯科訪問診療料1、複数の患者の場合は歯科訪問診療料2を算定、いずれも「20分未満」の場合は歯科訪問診療料ではなく、初・再診料の算定に変更された。訪問歯科衛生指導料も「20分以上」という算定要件がすでに導入されているが、医科にはない「20分以上」の一律の算定要件を歯科の訪問診療にだけ持ち込み、医療行為の評価を時間で縛る悪しき先例を作ることには断固反対する。訪問診療では患家での治療時間以外にも、移動時間や治療後の機器の消毒など時間についても外来の倍以上の時間を要しており、診療に必要な機器、マンパワーの確保が可能な評価と、在宅医療に積極的に対応できるよう往診料の復活など抜本的な見直しを求めたい。
施設基準、情報提供などが再び増加
診療情報提供料(T)の加算、歯科技工加算、手術時歯根面レーザー応用加算、障害者歯科医療連携加算など今回新たに導入された項目の多くに施設基準の届出が必要とされた。施設基準の届出の有無による医療機関の差別化が危惧される。また、歯科疾患在宅療養管理料、口腔機能管理加算などの算定要件として文書提供も義務付け、前回改定で厚労省自ら整理縮小した文書提供が、今次改定で再び増加している。一律の文書提供を算定要件とするのではなく、必要に応じた提供に改め、文書提供料を別に評価すべきである。
明細書の無償発行の義務化
レセプトの電子請求が義務付けられている医療機関に対して明細書の無償発行が義務付けられた。現行の難解な診療報酬体系では、義務化は患者が医療機関に対して無用かついわれのない誤解を抱くなど、混乱を招きかねず、患者と医療担当者の信頼関係のもとで成り立つ医療のあり方そのものを変質させる危険性をはらむものである。
以上のように今次改定は、患者・国民と歯科医療担当者の粘り強い運動が着実に反映し評価できる面もあるが、その一方で歯科医療費抑制を意図した包括拡大と低廉な評価での長期継続管理システムの強化も含まれた内容になっている。このため、保団連に集まる歯科医師は、患者、国民と手を携えて歯科医療の危機突破に向けて「保険で良い歯科医療」の実現、混合診療拡大阻止の運動をこれまで以上に進めていく決意である。
2010年3月21日