社会保障削減と消費税増税の「一体改革」案に断固反対する
2011年6月22日
全国保険医団体連合会
政策部長 三浦清春
政府は6月17日、「社会保障・税一体改革成案 (案)」を策定した。
政府案は「自助」を基本に、国民間の「共助」を強化し、「公助」は限定化する社会保障への変質を狙い、これまで以上に社会保障を削減しようとしている。税財源については、国民の「分かち合い」を理由に消費税率を10%以上に引き上げる一方で、法人実効税率の引き下げを打ち出している。国と大企業の責任を国民に転嫁するものと言わざるを得ない。
政府案の第1の問題は、「重点化・効率化」を原則に、▽初再診時に窓口負担とは別に「外来受診時定額負担」を導入▽市販類似医薬品の患者負担引き上げ▽70〜74歳の2割負担▽外来診療「適正化」で外来患者数の5%減▽情報通信技術の利活用による重複受診の削減など、第一線医療を直撃する給付削減・負担増を打ち出していることである。
早期発見・早期治療を阻害するだけでなく、プライマリ・ケアを担う診療所・中小病院機能を弱体化させるものである。しかも、保険給付7割、患者負担3割という健保法附則の規定を形骸化させようとしていることは看過できない。
厚労省「患者調査(2008年)」では、前回(2005年)と比べ患者数が外来で22万7千人も減少している状況で、高齢者、乳幼児、慢性疾患患者など受診頻度が多い人ほど負担が重くなり、さらに受診が抑制され、重篤化させかねない。国民の受療権を制限し「疾病の自己責任」と「受益者負担」主義を強化する方向である。
第一線医療をターゲットにした給付削減・負担増計画は、「医療におけるビッグリスクに備え、スモールリスクのカバーからシフトしていく」(6月2日、社会保障改革に関する集中検討会議)という発言に示されているように、カゼなどを「軽い病気」と規定し、公的保険は適用しないという「保険免責制度」の導入の突破口にされる危険性がある。
また、「地域間・診療科間の偏在の是正」が打ち出されているが、2009年の財政審の建議が提言した「公的な関与で開業を規制する」方向で具体化されるならば、国民皆保険制度を支えてきた自由開業医制の否定につながる恐れがある。
第2の問題は、「共助」の枠組み強化によって、国費を増やさない「財政中立」を原則としていることである。 国民の要求と運動を反映し、高額療養費制度の負担限度額引き下げ、低所得者の年金への加算や国保料、介護保険料の軽減拡充、利用者負担の総合合算制度の導入などを提示しているが、給付削減・負担増と抱き合わせで打ち出されている。また、基礎年金にあわせた生活保護費の引き下げ、医療扶助の「現物給付の検討」として自己負担の導入などが示されている。
とりわけ、高額療養費制度の負担限度額引き下げに要する財源は、「外来受診時定額負担」による医療給付費の削減額(約4000億円)によって確保する計画である。今後、長期・高額医療費の負担軽減に必要な財源が増加すれば、連動して外来患者の定額負担が引き上げられることになり、患者・国民間に分断構造が持ち込まれることが危惧される。
第3の問題は、団塊の世代が高齢化のピークを迎える2025年度の入院医療体制の抑制策のシナリオを描いていることである。
政府の試算では、入院患者数は現行の130万人/日から2025年度には160万人/日へ増加し、対応するためには病床総数は170万床から200万床に増加すると試算している。しかし、平均在院日数を大幅に減少させ、入院患者数/日を約2割削減することで、病床総数を現行の166万床から159万床に抑制するシナリオを提示している。しかし、在宅医療の拡充策の具体案はまったく示されていない。在宅医療の利用者数を1.4倍増加させる数値目標を提示しているのみである。
「入院から在宅」「医療保険から介護保険へ」という流れの中で、現在でも平均在院日数が減少している状況で、これ以上の平均在院日数の減少は、医療の安全を脅かし、新たな医療難民を生み出しかねない
第4の問題は、低所得者対策を理由に、「社会保障・税共通番号制」を導入し、「社会保障個人会計」と「国民ID制度」創設につなげようとしていることである。
医療、介護、福祉の負担上限を設ける総合合算制度は、世帯員ひとり一人について、年収総額と各制度の利用者負担の総額を把握・管理することが必要とされ、共通番号制の導入が前提となっている。
共通番号制は、社会保障の給付総額と納税額・保険料納付額などの個人データを行政が「名寄せ・突合」ができるシステムである。社会保険制度の否定につながる「負担に見合う給付」を狙う「社会保障個人会計」と国民背番号制といえる「国民ID制度」創設の基盤に位置付けられている共通番号制の導入は撤回すべきである。
第5の問題は、際限のない消費税増税路線に国民を追い込もうとしていることである。
社会保障には所得の再分配により不公平を正す機能が必要であり、逆累進性の強い消費税はその原則に反する。
しかし、政府案は、社会保障給付の「公費全体について、消費税収を主たる財源」とし、所得税や法人税収からの社会保障支出はすべて削減し、公費負担の財源を消費税だけに限定しようとしている。そうなれば、社会保障給付は消費税収の範囲に押さえ込まれることになる。政府の「社会保障費用の将来推計」では、2015年度の公費負担は約47兆円で、消費税収に限定するならば税率は18%程度、2025年度の公費負担は約61兆円で、消費税率は20%以上になる。
政府案は、消費税率を引き上げる一方で、法人実効税率の引き下げを打ち出している。厚労省案では、「グローバルな経済競争が激しくなる中、これまでのように企業が社会保障において一定の役割を担うことは容易ではない」と日本経団連の言い分を認め、社会保障に対する役割を免除しようとしていた。大企業の税と社会保障の負担を軽減するために、患者、国民に社会保障の削減か、消費税増税か、或いはその両方を迫るものである。
政府には、社会保障原則に反する消費税増税を前提とせず、社会保障の抜本的拡充へ転換し、国民の生命と生活を最優先する新たな社会保障ビジョンの策定を、国民的な議論のもとで進めることを強く求めるものである。