ホーム

 

2012年 歯科診療報酬改定に対する談話
運動は反映されたが、歯科医療崩壊を止めるには程遠い改定率

2012年2月10日
全国保険医団体連合会
歯科代表 宇佐美 宏

 今次改定は、全体改定率0.004%のプラスとし診療報酬本体では1.37%引き上げ、医科1.55%、歯科1.7%の引き上げとされた。しかし、改定とは別に長期収載医薬品の引き下げが行われこれを加味すると実質改定率は総枠でマイナスである。
歯科診療報酬本体は1.7%の引き上げとされ、前回改定に引き続き技術料が占める割合の高い歯科が医科を上回る改定率を維持するものとなった。しかし、中医協の医療経済実態調査では損益差額の平均値が1989年の調査以降、初めて100万円を切っており、公表されない最頻値は60万円台と推測される危機的状況が進行している。このため、今日の歯科医療崩壊を止めるには10%以上の大幅引き上げが不可欠の課題となっている。
答申内容では、「在宅歯科医療の推進」については、「常時寝たきりの状態」の表現が見直され、20分の時間要件も容体の急変等の場合はその限りではないと一部是正されたことや、「歯科固有の技術の評価の見直し」として、長期に据え置かれてきた基礎的技術料が、補綴物の除去、歯冠形成、窩洞形成、咬合採得、印象採得、総義歯などがわずかであるがそれぞれ引き上げられるなど、全体としては保団連、協会の要求と運動が反映された。
残念ながら改定財源が限られていることから十分な引き上げには程遠い点数ではあるが、歯科医療の診療現場の実態に即した改定としての方向性が示されるものとなっている。
改定内容の詳細な分析と評価は、今後出される告示や通知を踏まえて改めて行うが、現時点での主要な特徴と問題点を以下に指摘する。

1、十分には程遠いが長期に据え置かれた基礎的技術料の引き上げ
間接歯髄保護処置、初期う蝕早期充填処置、抜髄、感染根管処置、根管貼薬処置、根管充填、歯周基本治療、補綴物の除去、う蝕歯即時充填形成、歯冠形成、印象採得、咬合採得、有床義歯、鉤、フック、バー、有床義歯修理、有床義歯内面適合法、歯科技工加算等が引き上げられ、機械的歯面清掃が加算から独立した項目として評価とされた。
いずれも、保団連が要求し国会でも取り上げられ、患者・国民とも手を携えて粘り強く運動をしてきたものが反映されたものであり評価したい。また、過去、個々の診療項目が医学的根拠もなく包括による評価の引き下げが行われたが、今回こうした悪しき包括がされなかったことも評価できる。しかし、長期に据え置かれている基礎的技術項目の多くが、今回の改定でも取り残されていることから、基礎的技術料の引き上げを改めて求めていきたい。

2、「常時寝たきり状態」「20分の時間要件」が是正
在宅では、従来の「常時寝たきりの状態」の表現が削除され、「通院が容易なものに対して安易に算定してはならない」と対象者の条件が見直され、20分以上の時間要件は「患者の様態が急変し、やむを得ず治療を中止した場合」は算定が認められるなど是正された。いずれも保団連が強く要求してきたもので診療現場の実態を反映したものとして評価したい。また、在宅療養支援歯科診療所に属する歯科衛生士が歯科訪問診療に同行して行う補助が加算として評価された。しかし、同支援歯科診療所は全国でも4000箇所と限られているため、歯科衛生士を伴って歯科訪問診療を行っている歯科診療所にも拡大すべきである。更に歯科訪問診療1は引き上げられたが、在宅患者等急性歯科疾患対応加算はこれまでの一回目、二回目による点数格差が、同一建物居住者以外170点、同一建物居住者5人以下は85点、6人以上50点と人数による格差を設けることで、歯科訪問診療2が実質引き下げとなる。訪問歯科業者などによる施設の複数患者を対象とした歯科訪問診療2に対する規制と考えられるが、いわゆる「在宅医療ビジネス」など不適切な訪問診療については、診療報酬でなく厚労省保険局医療課事務連絡(平成23年2月15日)「在宅医療における患者紹介等について」に則って、業者、医療機関への指導等で規制すべきである。

3、歯科衛生士、歯科技工士の評価の引き上げ、見直し
今回、歯科衛生士に関して術後専門的口腔衛生処置が周術期専門的口腔衛生処置に組み替えられ、在宅療養支援歯科診療所に属する歯科衛生士が歯科訪問診療に同行して行う補助が歯科訪問診療補助加算として新設された。周術期、訪問診療などでの歯科衛生士の役割を評価しており、歯科衛生士が行う専門的口腔ケアを重視し、一層の評価充実を求めたい。歯科技工士に関しては歯科技工加算がわずかではあるが引き上げられた。前回改定で歯科技工加算が新設されたが歯科技工士の離職や高齢化が進んでおり、高齢社会での良質な歯科医療提供を保障するためにも歯科技工士の評価を抜本的に行うべきである。当面、加算の対象を義歯修理に限定せず、全ての歯冠修復・欠損補綴に適用を広げ、また、施設基準の医療機関だけでなく歯科技工所と定期的な連携を行っている歯科医療機関に対する評価も求めたい。

4、運用に疑問が残るSPTなど歯周病治療の見直し
歯周病安定期治療について、2回目以降の算定について歯周病に対するリスクが高い患者に対して治療期間が1か月1回に短縮された。@歯周外科手術を実施した場合、A全身疾患の状態により歯周病の病状に大きく影響を与える場合、B全身疾患の状態により歯周外科手術が実施できない場合、C侵襲性歯周炎の場合の4点が対象とされた。臨床の実態に即したものとして評価したい。しかしリスクの高い患者については、医科の主治による情報提供が行われ文書をカルテに添付することとなっている。医科歯科の連携が滞りなく運用できる環境が整っているとは言いがたい現状では、運用に疑問が残る要件である。

5、新規技術、先進技術の評価、導入
新規技術では接着ブリッジの適用範囲が臼歯部まで拡大され接着冠の算定が5分の4冠に準じて算定するとされた。また、口腔外科分野では、歯科では算定できなかった上顎洞洗浄、歯科ドレーン法が新設され、先進医療で評価されていたインプラント義歯が「広範囲顎骨支持型装置埋入手術」の名称で導入された。画像診断では「歯科用3次元エックス線断層撮影」が新設された。このうち「広範囲顎骨支持型装置埋入手術」は施設基準が定められており病院でないと実施できないものとされている。従来開業医が自費診療で行っているインプラント義歯はこれまで通りだが、「広範囲顎骨支持型装置埋入手術」の保険導入によって混乱がおきることが懸念される。

以上のように、今次改定は歯科医療担当者、患者・国民の粘り強い取り組みにより与野党の国会議員の中にも理解が広まるなど運動が反映したものといえる。しかし、改定財源が極めて限られたため、今日の歯科医療崩壊をとどめるには程遠い引き上げといわざるを得ない。
このため、保団連に結集する歯科医師はこれまでの運動の教訓に学びながら患者・国民と手を携え歯科医療危機打開に向け「保険で良い歯科医療」の実現に向けた運動をこれまで以上に強く進めていく決意である。

以上