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9条改憲の真の争点
―インタビュー 首都大学東京教授 木村草太氏―

聞き手 杉目博厚・保団連理事
全国保険医新聞2018年4月5日号より)

 

 

 現在議論されている改憲案や改憲論議の行方を左右しかねない公文書改ざん問題を憲法学者の立場からどう考えるのか。医師・歯科医師と憲法はどうかかわるのか。メディアや著書で憲法をわかりやすく語ってきた若手の憲法学者、首都大学東京教授の木村草太氏に杉目博厚保団連理事(非核・平和部担当)が聞いた。

 

 木村氏は、安倍首相の目指す改憲は「理由が不明確」と指摘。さらに憲法に書き込もうとしている自衛隊の任務の範囲が、明らかにされていないことが問題だと語る。
また、多くの憲法学者が違憲と考える安保関連法を成立させた安倍政権の「専門知」を無視する姿勢が、医学の分野にも浸食する危険があると警鐘を鳴らす。
3月25日に開催された自民党党大会で安倍首相は、憲法9条に自衛隊を明記する改憲に強い意欲を示したと報道されている。これに先立ち、自民党憲法改正推進本部は、戦力不保持を定める憲法9条2項を維持したまま自衛隊を明記する方針を決めた。安倍首相は年内の改憲発議を目指しているが、森友学園への国有地売却をめぐる公文書改ざん問題などにより、内閣支持率が下落。見通しは不透明だ。

 

9条に「自衛隊」、真の争点は任務の範囲

きむら・そうた

 1980年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学助手を経て、現在、首都大学東京都市教養学部法学系教授。専攻は憲法学。著書に『社会をつくる「物語」の力〜学者と作家の創造的対話』(新城カズマ氏との対談、光文社)、『憲法の急所』(羽鳥書店)、『木村草太の憲法の新手』(沖縄タイムス社)、『憲法という希望』(講談社)、『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)他多数。編著に『子どもの人権をまもるために』(晶文社)など。

 安倍首相は年内の改憲発議を目指しているが、公文書改ざん問題で内閣支持率が低下する中、見通しは不透明だ。憲法学を専門とする首都大学東京教授の木村草太氏に、憲法学者として今の改憲論議をどうみているか、9条の意義、憲法と医師・歯科医師のかかわり、政権の政治手法の問題点などを聞いた。

 

攻撃ない段階の武力行使認めた安保関連法

杉目 安倍首相が改憲しようとしている現在の9条には、どのような意義があるのでしょうか。
木村 現在の政府解釈は、「9条はあらゆる武力行使を禁止する文言だ」との理解を出発点にした上で、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定する13条などを根拠に、国民を外国の武力攻撃から守るための武力行使は「9条の下での例外」として認められるとしてきました。他方、外国の防衛を援助せよと書いた憲法の条文はありませんから、2014年7月1日の閣議決定までは、政府は、集団的自衛権(※1)の行使や、国連の安保理決議に基づく集団安全保障措置(※2)への参加を基礎付けることはできないとしてきました。
 原則として武力行使一般を禁止し、明確な憲法上の根拠がない限り例外を許さない。
 9条は、こうした形で、日本政府の武力行使を厳しくコントロールしてきました。
 これについては、先進国の日本は、武力を使った国際貢献に参加すべきなのに、9条がその障害になっていると批判する人もいます。しかし、武力行使をしないからこそできる国際貢献もあるでしょう。世論調査を見る限り、積極的に武力行使に参加できるように9条を改正すべきだという声は、強くありません。

木村氏にインタビューする杉目理事

 安倍首相がおこなおうとしている改憲は、9条2項はそのままにして自衛隊の存在を書き込むというものですが、現行憲法の下では、自衛隊はどのような位置づけなのでしょうか。
 先ほどお話したように、日本が武力攻撃を受けた場合に、自衛のための必要最小限度の武力行使をすることは9条の下でも例外的に許されるとされます。
政府は、国内の防衛は行政事務の一つだと説明しており、自衛隊は行政組織と位置付けられています。行政組織なので行政のトップである内閣総理大臣が最高司令官になるし、その活動も、行政に関わる憲法規定で統制されるということです。

 2015年に成立した安保関連法で、自衛隊の権限は大幅に拡大されましたが、その際の議論では、「立憲主義」の言葉がよく使われました。
 憲法は、過去の国家権力による失敗、特に「戦争」「人権侵害」「権力の独裁」の三大失敗を反省し、それを繰り返さないために、人類の英知を集めたルールです。こうした憲法に則って政治を進めることで、人権を守り、権力乱用を防ごうというのが立憲主義です。

 保団連は、平和は医療・社会保障の大前提であるという立場から安保関連法に反対しました。憲法違反だという多くの意見があるにもかかわらず、可決・成立しました。
 これは立憲主義に反するのではないでしょうか。
 安保関連法では、いわゆる「存立危機事態」(※3)の場合に、集団的自衛権の行使を認めています。しかし、日本の存立危機とは、日本が武力攻撃を受けている事態を意味すると理解するのが自然ですから、個別的自衛権(※4)で対応すればよいはずです。
 ところが政府は、日本が武力攻撃を受けていない場合でも、「存立危機事態」が認定でき、集団的自衛権を根拠に武力行使ができると説明しました。これは、「存立危機事態」という文言の理解としても不自然ですし、日本が武力攻撃を受けていない段階での武力行使は憲法9条に違反すると、私を含めて多くの憲法学者が考えています。

 

専門知を無視した政治 医学にも浸食のおそれ

 これは決して憲法学者個々人の政治信条に基づく意見ではありません。憲法の体系や理論に関する専門知から導かれる結論です。政権がこれを無視することは、憲法の正しい解釈に反するもので、立憲主義に反します。
 さらにこの問題は、憲法学や法律学を超えた問題をはらんでいると思います。政治課題の中には、政治家による多数決ではなく、専門知や科学の基準に則って決めるべきこともたくさんあります。たとえば選挙で「がんは治療すべきでない」と主張する人が当選したとしても、現在の医療水準からして必要な場合には患者のために治療をしなければなりません。
 専門知に基づいて判断すべき場面で専門知を無視する動きは、憲法学の世界だけでなく、医学など他の分野にも浸食していくだろうと思います。
 実際、最近の生活保護費切り下げ問題にも、専門知の軽視が見られます。生活保護基準は、貧困の専門家や経済統計の専門家が適切なデータを用いて判断しなければならない事柄です。しかし、現政権は、保護の切り下げありきでデータを都合よく利用して議論を進めており、専門知が歪められていると言われます。

 

国民だます改憲手法

 安保関連法で自衛隊の権限は大幅に拡大しました。なぜ改憲をしてまで、自衛隊を憲法に書き込みたいのでしょうか。
 安倍首相は、日本国憲法の内容に不備があるから改憲したいというより、改憲の事実をつくることにこだわっているように見えます。だから、改憲しなければならない理由が不明確になり、改憲したいという情念だけが前面に出てしまうわけです。
 自衛隊を書き込むだけだと言えば、公明党など他の党も賛成しやすいし、国民投票でも可決しやすいと考えたのだと思います。

 この改憲案を、憲法学者としてどのように評価しておられますか。
 自衛隊の明記に賛成の人でも、@「個別的自衛権の行使までの自衛隊なら賛成だけど、集団的自衛権には反対」という人とA「集団的自衛権まで認めてもよい」と考える人がいます。ただしA集団的自衛権まで認めてよいと考える人は決して多くないので、「集団的自衛権の明記」を発議すると否決の可能性も高い。
 安倍首相は、自衛隊がどこまで武力行使ができるかを曖昧にして、「今ある自衛隊を書き込みます」という言い方をします。この言い方なら、@個別的自衛権までは認めてもいいと思っている国民も賛成に回るかもしれません。しかし、自衛隊明記が可決されれば、安倍首相は、「集団的自衛権も行使できる自衛隊が、国民投票で承認されました」と言い出すでしょう。これは、国民をだますような卑怯なやり方です。
 マスコミも世論調査で「自衛隊明記に賛成か」ということばかり聞いていて、「集団的自衛権の容認に賛成か」という質問はしません。メディアが、改憲論議の争点を見抜けていないと思います。
 私は国民投票をするなら、自衛隊の任務の範囲を明確にした上で行うべきだと思います。その際の争点は、集団的自衛権の行使容認の是非です。

 

市場経済の下で生存権は必須

 保団連は医師・歯科医師の団体で、医療や社会保障改善の取り組みを進めています。医師・歯科医師と憲法の関わりについてはどのようにお考えでしょうか。
 憲法では、日本の国の統治機構と、表現の自由や職業選択の自由などの人権が定められています。
「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」すなわち生存権を保障した25条は、医師・歯科医師と密接に関わります。健康や生存を個人が実現するためには、医師・歯科医師の力は欠かせません。

 保団連が訴えている地域医療を守ることや患者負担増を止めることなども、25条が根拠となりますか。
 たとえば、医療へのアクセスが困難であれば、「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることはできません。
 また、「健康」は「最低限度の生活」の基盤です。医療を受けること、健康に生きることは、人権だという感覚が大事だと思います。日本には皆保険制度や生活保護の医療扶助制度があるのに、経済的な理由から子どもを医療機関に連れて行けなかったり、歯科受診を我慢したりする実態がありますから。

 保団連の調査でも経済的理由による受診抑制が広がっていることが明らかになっています。人権が侵害されている状況といえますね。
 さらに25条2項では、国が、社会保障や公衆衛生の向上や増進に努めなければならないという、福祉国家の理想が謳われています。
 近代国家の最初の役割は、侵略者等から国民を守り、安全を保障することでした。ただ、安全を守るために国家が過剰に国民を管理すれば、人々の生活は息苦しくなります。国民に対する国家の介入は必要最小限にして、個人の自由を保障することが重要になります。
 個人の自由を保障する近代国家の下では、個人の労働や財産を、給与や商品と自由に交換できるという市場経済体制がとられます。これは優れたシステムですが、労働力や財産を持たない病人や高齢者等は交換に参加できず、生活資源を確保できなくなります。放置したら、死ななければならない状況に追い詰められるでしょう。
 こうした人々も人間らしい生活を送れるよう、憲法は生存権を保障し、社会保障の充実を要求します。生存権と福祉国家の理念は、経済的な自由の保障が正義に反する帰結を導かないために必須です。

 

安倍政権の議論の手法、混乱させて一括で可決

 今国会では、「森友学園」への国有地売却に関する財務省の公文書改ざんが大問題になっていますが、先生のお考えをお聞かせください。
 憲法66条は、「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」と規定しています。財務省による公文書の書き換えは、当然、安倍内閣全体の責任でしょう。
 また、麻生財務相は、改ざん開始時期は昨年2月下旬以降とします。森友問題の朝日新聞の初報は 2017年2月9日、佐川宣寿理財局長(当時)がこの問題について最初に答弁したのは2月15日、安倍首相が私や妻がかかわっていたら辞職すると答弁したのが2月17日です。佐川氏や安倍首相が責任ある答弁をしようと思うなら、答弁を行う時点で書き換え前の決裁文書を確認できたはずです。官僚の監督責任を負う首相や財務相は、籠池さんが首相夫人の言葉を財務省に伝えていたことを把握して、佐川氏の答弁と決裁文書との矛盾を指摘し、訂正や調査を命じられたはずです。
 もし、2月中旬の段階で、書き換え前の決裁文書の内容の確認すらしていなかったなら、行政のトップとしてあまりに無責任でしょう。
 この一年を振り返ると、安倍内閣には、疑惑を解明する自浄能力がありません。野党も含めた独立で強い権限を持つ調査委員会を作るか、安倍首相がいったん退陣し、新たな内閣の下で検証すべきだと思います。

 今日のお話の中でさまざまな問題点が浮き彫りとなってきました。内閣支持率も下がり始めているようです。
 安倍政権は、国民の意見が分かれる法案をいろんなものと抱き合わせで提案し、混乱した状況の中で議論を無理矢理進め、ある段階がきたら時間切れとして可決してしまう手法を多用してきました。安保関連法もそうでしたし、今国会で議論される予定の働き方改革もそうです。これは、民主国家のあり方として理想的ではありません。
 問題を区分して提案し、一つ一つ緻密な議論をして国民にわかりやすく説明しながら、政治を進めていくべきだと思います。

 先生のお話を聞くにつれ、混沌とした世の中であるからこそ、私たちはより憲法の重要性を再認識し、立憲主義を大前提とした議論と判断を我々は行わなければいけないと痛感しました。医師・歯科医師は国民の命と健康を守る使命と義務があります。それはとりもなおさず、国民1人1人の人権を守ることにほかなりません。先生がおっしゃられた「生存権と福祉国家の理念は、経済的な自由の保障が正義に反する帰結を導かないために必須である」とは、非常に重みのある言葉です。9条に関しては改憲議論の前に、戦後日本が何を反省し、何を目指しこの憲法を作ったかをあらためて深く考えなければいけないと思いました。

※1 集団的自衛権 武力攻撃を受けた被害国からの要請に基づき、被害国の防衛のために武力行使をしてもよいとする権利
※2 国連の安保理決議に基づく集団安全保障措置
国連加盟国が、侵略国などに対し、安保理決議に基づいて措置をとること。1991年のイラクのクウェート侵略に対する多国籍軍の武力行使(湾岸戦争)など
※3 存立危機事態
「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態。安保関連法で集団的自衛権を行使できる前提条件とされている
※4 個別的自衛権 他国からの武力攻撃を受けた国が自らの防衛のための武力行使をしてもよいとする権利

 

患者さんの反応に驚き

自院で「憲法を守り、生かす署名」

 保団連は、憲法9条を変えないこと、憲法を生かした政治の実現を求める「憲法を守り、生かす署名」に取り組んでいる。多くの患者さんに署名を勧めている愛知協会の荻野高敏理事長(写真)に、取り組みの様子を紹介してもらった。

 「憲法を守り、生かす署名」、いわゆる3000万署名を始めた。驚いたことに、皆さんよく書いてくださる。反応は、患者負担大幅引き下げなど医療改善署名と同じか、それ以上かもしれない。

診察のたびに呼びかけ

 診察が終わるたびに「署名のお願いがあります」と言って署名用紙を渡している。
 当院は名古屋市の中村区という下町の小児科なので、共働きの若い両親が多い。アベノミクスの恩恵よりは、生活の苦しさや子育ての大変さのほうを実感しているだろう。この署名でひょっとしたら、暗闇が晴れるかもしれないと、感性に響くのだろうか。
 署名をお願いする際には、「自衛隊を書き込むことは、軍隊にすることです」と一言添えている。
 憲法の中に「自衛隊」と書けば、晴れて「天下の国軍」となる。
 国民の9割が支持するのは、災害救助に従事する自衛隊だ。改憲は、その自衛隊を軍隊という怪物に変身させる毒薬である。この毒薬、「自衛隊明記」の危険性、ウソ偽りを広く患者さんに訴える必要がある。今ならまだ間に合う。

憲法前文はグローバル時代の生き方

 これを機会に憲法の前文だけでも読んでみよう。
 曰く、国民主権が人類普遍の原理であること。他国を無視してはならない政治道徳は普遍的なものであること。平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、安全と生存を保持しようと決意したこと。すべて「お互いさま」の精神で、本来のグローバル時代の生き方を語っている。日本国憲法に、まだ時代は追い付いていない。(愛知協会理事長 荻野高敏)

以上