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憲法は日常の中に―憲法カフェで語る

全国保険医新聞2019年7月5日号より)

 

指導問題、病気の自己責任、入試差別…

弁護士 伊藤朝日太郎氏
いとう・あさひたろう
 1979年滋賀県生まれ。同志社大学法学部、早稲田大学大学院法務研究科修了。2009年弁護士登録。「明日の自由を守る若手弁護士の会」会員として、カフェやバーでわかりやすく憲法を語る取り組みを続けている。『憲法ドリル』(高文研、2018年)監修。共著に『いまこそ知りたい!みんなでまなぶ日本国憲法』(ポプラ社、2016年)

 7月4日に公示される参院選で、安倍首相は改憲を争点とする考えを表明している。しかし日常生活の中で憲法の存在を意識することは難しく、改憲を考える土台となる「憲法とは何か」が共有されている状況とはいえない。全国保険医団体連合会(保団連)では「憲法カフェ」を開催し、わかりやすく憲法を語る取り組みを続ける伊藤朝日太郎弁護士と、新聞部の永田正和、早坂美都両部員が、医師・歯科医師と憲法とのかかわりをともに考えた。

 

 伊藤弁護士は昨年、子どもから大人まで広く憲法を知ってほしいと、日本国憲法を親しみやすい言葉に直した『憲法ドリル』を監修した。「なにをどう学び、研究するのも自由」(23条)、「どんな職業を選ぶことも自由」(22条)など、空気や水のように私たちの日常の生活を支える憲法の中身を説明する。

 

改憲の議論の進め方は「不誠実」

 「憲法カフェ」では、病気の自己責任論や医学部入試での女性受験生減点、指導問題など、医師・歯科医師にとって身近な話題と憲法とのかかわりを探った。

伊藤朝日太郎弁護士監修の『憲法ドリル』(高文研、2018年)。日本国憲法全文を親しみやすい言葉に直し、ポイントを押さえるドリルもついている。

 永田氏は、政府が打ち出している予防医療の重視について、「非常に大切なこと」としつつ、病気の自己責任論の広がりも懸念する。伊藤弁護士は、憲法でもっとも大切な「個人の尊重」(13条)や、「生存権」(25条)からすれば、予防に努められない環境を是正するのが政府の務めと説明。「努力してきた人間を踏みにじる許せない行為」と早坂氏が憤る医学部女性受験生の減点問題について伊藤弁護士は、平等原則(14条)の下では許されない性差別と話した。医師・歯科医師にとって切実な審査、指導、監査問題は、「適正手続」を保障する憲法31条がかかわる。透明性のある手続にすることが、憲法上も要請される。
 安倍首相が目指す9条改憲について伊藤弁護士は、歴代政府が自衛隊を合憲とし、最高裁判所も違憲としたことがない中で、「理由があいまい」と述べる。真の狙いは集団的自衛権の解禁にあるが、それを明確にしない政府の議論の仕方を「不誠実」と指摘した。

 

当たり前の毎日は憲法があるからこそ

入会して初めて憲法に

新聞部員 永田 正和氏
新聞部員 早坂 美都氏

永田 私が初めて憲法に触れたのは、保険医協会に入った頃です。9条改憲を阻止するための署名を頼まれ、医師・歯科医師と憲法にどんな関係があるのかと、ものすごく驚きました。

早坂 私も憲法のことはよく知りませんでしたが、伊藤さんが監修した『憲法ドリル』を読んでみたら、「何をどう学び、研究するのも自由」「思っていることを何でも自由に表現することが認められています」「どんな職業を選ぶのも自由」などと書かれていて驚きました。
当たり前のように大学に行って学んで、サークル活動もして、歯科医師として仕事をしてきましたが、それが実は憲法のおかげだったと初めて知りました。

伊藤 通常、日常生活の中で憲法を意識することはほとんどないですよね。今日は身近な話題から、憲法の役割を探っていきたいと思います。

 

「生きさせろ!」も権利

伊藤 早坂先生は、お酒に詳しいそうですね。

早坂 はい。全国保険医新聞のコラムで、ワインについて書いたことがあります。協会の新聞にも酒と肴についての連載をしています。

伊藤 酒を飲む自由って人権として憲法で保障されていると思いますか。

早坂 うーん、憲法には書いてありませんよね…。

伊藤 もちろん憲法に直接書いてはありませんが、憲法13条は「生命、自由及び幸福追求」の権利を定めており、すべての人権の母体になっています。
 「知る権利」や環境権などの新しい人権を認めるために改憲しようという議論もありますが、本当に必要な権利であれば、13条で認められるんです。

早坂 お酒を飲むことも、「幸福追求」に含まれるということでしょうか。

伊藤 お酒を飲む権利が人権かどうかは議論があるのですが、少なくとも国が個人の行為を制約するには、十分に合理性のある理由が必要になります。
 一人ひとりを尊重し、自由な生き方を認めるのが憲法の考え方ですから、場合によっては他人から見て「愚かな行動」でさえも憲法上の保護を与えることが必要となります。

 

病気の自己責任論

永田 「自業自得の透析患者は殺せ」などと言う著名人や不摂生な人の医療給付を批判する主張に同調した閣僚がいましたね。
 政府は予防医療の重視する方針を打ち出しており、それは非常に大切なことなのですが、こうした風潮の中では、医療費抑制策と結びついて病気の自己責任論が広がるのではないかと危惧しています。個人の尊重の理念に反するのではないでしょうか。

伊藤 個人の尊重を実質的に保障するために、25条1項は生存権を定めます。
 生存権の保障のためには当然政府による財政的給付が必要で、私たちは政府に対し憲法上の権利として「生きさせろ!」と要求できます。
 さらに、25条2項は、政府が社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上及び増進に努めるよう命じています。
 貧困や病気には、「自業自得」「不摂生」で片づけられないさまざまな要因があります。たとえば非正規雇用で健康に気を遣う経済的・時間的余裕がないなど予防に努められない環境があるのであれば、それを是正していくのも政府の務めなのです。
 さらにいえば、医療だけでなく貧困対策や生活保護などを受ける場合に、例えば不摂生やギャンブルにはまっていたなどの過去を問うことは、本来許されません。生活保護法2条も保護の「無差別平等」を定めています。

早坂 なぜ過去は問われないのですか。

伊藤 何より、生存権は政府からの恩恵ではなく侵すことのできない憲法で保障された権利です。過去にさかのぼって病気や貧困の理由を詮索することは、生存権の保障を拒否することを正当化することになるからです。
 また、過去の詮索は、個々人が選び取り、あるいは余儀なくされた生き方自体を否定することになりかねません。

 

女性受験生の減点は差別の上塗り

早坂 私は2人の子どもを育てながら歯科医師を続けてきましたが、非常に大変でした。たとえば保育園に入れても、子どもはすぐ熱を出し、そうすると母親が呼び出されます。
 私はたまたまいいシッターさんを見つけられたけど、その方がいなければ仕事をやめざるを得なかったと思います。

伊藤 女性ばかりが家事や育児を負担する不平等な状況を解消することも、憲法は求めています。14条は「国民は法の下に平等」とし、性差別を禁止しています。
 1985年に批准された女性差別撤廃条約では、女性を差別する法律だけではなく、慣習や慣行も修正又は廃止しなければならないとあります(女性差別撤廃条約2条(f))。

早坂 昨年は医学部入試での女性受験生の減点が明らかになりました。努力してきた人間を踏みにじる許せない行為だと思い、協会の広報・ホームページ部長として談話を出しました。
 ですが今の医療現場の働き方が過酷なこともあって、女性医師の中にも、減点は「仕方ない」という人がいます。

伊藤 いや、あれは本当にひどい。法律家の感覚からしたらあり得ないことです。
 男女を別に取り扱うことが許されるのは、それを正当化できる合理的な理由がある場合だけです。たとえば女性にだけ産休制度を設けるのは、男女の身体の差異に応じた取り扱いの違いです。しかしどう考えても、ペーパテストと面接の入試で女性だけ減点する理由はありません。

 

離職は減点の理由になるか

永田 東京医科大学は、女性が結婚や出産を理由に離職することを理由にしていました。

伊藤 女性が育児などを理由に離職してしまうなら、その状況を生み出している社会の構造自体が差別的なわけです。男性が子育てがあるから仕事できませんと言って、やめていく状況ではないじゃないですか。

永田 たしかに。子育てのためには仕事を辞めると言う男性がいたら、その人も減点するのか、ということですね。

伊藤 女性受験生の減点は、女性の離職の原因となっている社会の差別に受験生の人生がかかっている医学部入試での差別を重ねたもので、本当に罪作りだと思います。

 

憲法に血を通わせる

早坂 私が子育てをしていた頃は女性にとって大変なことが多くて…あと20年もすれば絶対に世の中は変わると思っていました。けれど今でも家事や育児の負担を負うのは結局女性だし、根本的には何も変わっていない。
 医師・歯科医師も含めて女性の就業率は、出産・子育て期に低下するM字カーブを描いていて、そんな社会は本当にどうかと思います。

伊藤 たしかに日本はまだまだ男尊女卑の社会ですが、時代の変化によってこれまで差別とされていなかったものが性差別として禁止されるようになったこともあります。
 たとえば戦後すぐは男女で定年退職の年齢が違うのは当たり前でした。それがおかしいと声を上げた女性が裁判で争い、1981年に最高裁は、男女別の定年制は差別であり許されないとしました。85年に男女雇用機会均等法ができて、男女別の定年制は禁止されました。

永田 それよりも早く誰かが訴えていたら、もっと早く変わった可能性はあるのでしょうか。

伊藤 あると思います。差別は禁止と憲法に書かれていても、何が「差別」なのかを常に問題提起していかないと世の中は変わりません。
 14条の問題に限りませんが、憲法として書かれた文字にどうやって血を通わせていくかは私たちにかかっています。これは憲法に照らしておかしいのではないかと声を上げる人がいて、社会が動き、おかしいことのスタンダードが変わっていく。

永田 女性受験生の減点問題でも、裁判が始まりましたね。

伊藤 裁判の原告になるのは勇気のいることです。でも裁判はその人たちだけのものではない。背後には、原告と同じ思いを持つ人が山ほどいます。
 私は夫婦同姓の強制を憲法違反と訴える裁判に取り組んできました。日本では夫婦のどちらの氏にしてもよいとされていますが、実際には95%以上のカップルが夫の氏を選んでいます。これは女性差別ではないかと訴えたんです。

早坂 夫婦別姓、大賛成です!

伊藤 残念ながら最高裁で敗訴しましたが、今別の人たちが原告になって、同様の裁判をしています。
何回も訴えるうちに世の中の流れが変わって、最高裁の判断が変わることもあります。大事なのは声を上げ続けることだと思います。

 

指導には適正手続の要請

永田 医師・歯科医師の日常診療の中で切実な問題の一つに、審査、指導、監査問題があります。個別指導の選定理由は高点数が多いのですが情報提供による場合もあり、その理由が開示されず不透明です。

伊藤 憲法は31条で、「適正手続」を保障しています。処分の理由を告げて、きちんと相手の言い分を聞いて、透明な手続きを経なければ不利益をもたらす処分は受けないのが大原則です。

早坂 指導は「懇切・丁寧に行わなければならない」と指導大綱にあるんですが、実際には密室で恫喝まがいのことをされ、それが原因と思われる医師・歯科医師の自殺もあります。

伊藤 行政手続法は、行政指導は「相手の任意の協力によってのみ実現されるもの」(32条1項)で、相手が指導に従わなかったことによって不利益を受けてはならないし、行使できない権限をちらつかせて相手を従わせてはならないとしています。本当は監査まではできないのに、監査をにおわせて、脅すようなことはしてはいけない。

永田 われわれはまさにそれに直面していますよ。しかも「自主返還」と称する診療報酬の返還が強要されています。

伊藤 憲法に則った、透明性のある手続にしていくことが必要ですね。公正な第三者機関などに苦情を申し立てて、不要な自主返還を撤回することができればいいと思いますが。

永田 協会は不当な自主返還がないよう、地方厚生局と定期的に懇談し、要請しています。

伊藤 日弁連は、2014年に指導・監査制度の改善を求める意見書を出しています。保険医の皆さんと連携していけたらいいですね。

 

ホワイトボードの白い文字

永田 私が日頃から疑問に思っているのは、日米地位協定です。とても不平等な内容で沖縄の人たちが苦しんでいる。

伊藤 日米地位協定では、米国の軍人が職務執行中に犯罪を行っても日本の警察は逮捕できません。米軍機には日本の航空法も適用されず、日本のどこで米軍機が低空飛行しても文句は言えないなど非常に問題の多い内容です。

永田 憲法9条で日本は戦力を持てないとされているのだから、日米安保条約は違憲ではないのですか。

伊藤 最高裁は、外国の軍隊は9条が禁止している「戦力」には当たらないとした上で、「高度の政治性」を理由に、安保条約が違憲かどうかを明確に判断しませんでした。
 ただ日米安保条約は、いずれかの国が終了を通告すれば1年で期限切れになることになっています。日米安保条約が今日まで維持されてきているのは、政治的決断の問題でもあります。

 

改憲の議論は「不誠実」

永田 政府は9条改憲のことばかり言うけれど、不平等な条約で日本人の安全が脅かされている現状をもっと考えてほしいと思います。

伊藤 そうですね。しかも今の9条改憲の議論は非常に不誠実な形で進められています。
 安倍首相は自衛隊が違憲と言われてしまうから9条を変える必要があると言っています。ですが社会党との連立政権や民主党政権の時を含めて、歴代政府は自衛隊を合憲としてきましたし、最高裁が自衛隊を違憲と言ったこともありません。

永田 自衛隊は合憲と言いながら憲法を変えるところがおかしいと思います。合憲ならそれでいいと言うのが普通じゃないでしょうか。

伊藤 そのとおりです。改憲が必要なのは、現行憲法のままでは国民の意思を反映した政治が実現できないという場合です。
 自衛隊の違憲判決が次々出されるような状況でもないのに、自衛隊の士気を高めるためという曖昧な理由で改憲するのは邪道です。

早坂 改憲しなければいいけないのは、どういう場合ですか。

伊藤 たとえばフランスでは、地方議会等のメンバーの一定数を女性としなければならないクオータ制がとられています。しかし制度の導入当時憲法院は、この制度を違憲と判断しました。
そこでフランスは、クオータ制が違憲にならないよう、選挙などへの男女の平等なアクセスを促進することを書き込む改憲を行いました。

永田 安倍首相は、憲法を変えた首相として名を残したいんでしょうか。

伊藤 それもあるかもしれませんね(笑)。しかし自民党が発表した改憲の条文案をみると、本当の狙いは集団的自衛権の全面的解禁だと思います。
 2015年に成立させた安保関連法でそれまで違憲とされていた集団的自衛権を解禁しましたが、日本が存立の危機にならない限りという厳しい条件がつけられました。

早坂 集団的自衛権について、元自衛官の泥憲和さんの話を聞いたことがあります。
 集団的自衛権というのは他国のけんかに口を出すことだ、そんなことで自衛官は命を落としたくないと言っていました。現場の人間の言葉は重いですね。

伊藤 集団的自衛権を自由に使えるようにして海外に出兵して、ストレートに言えば戦争をしても憲法違反にならないようにするのが、安倍政権の狙いでしょう。

早坂 そんなことをしたら日本はテロの標的になってしまうのではないでしょうか。日本はどこに向かっているのか、とても怖いと思います。

 

憲法の価値が際立つとき

伊藤 憲法は通常の法律の背後にあって私たちの人権と民主主義を守っています。憲法はホワイトボードに白く書かれた文字のようなもので、普段は目に見えないし意識もされません。
 でもそこにもし黒い墨がかけられたとき、つまり私たちの自由や個人の尊厳が侵された時に、あるいは国が誤った方向に行こうとしているとき、憲法の存在が浮かび上がってきます。
 社会に「自己責任論」がはびこり、憲法改正の必要性が声高に叫ばれるとき、かえって憲法が保障する人権や憲法の平和条項の価値が際立ってくるのです。 

以上