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追悼 中村哲 医師

患者の生活改善に尽力 アフガンの人々は忘れない

全国保険医新聞2019年12月25日号より)

 

2014年11月、ナングラハール州にて
中村医師(左)とレシャード氏

 紛争が続くアフガニスタンで人道支援に取り組む「ペシャワール会」の現地代表、中村哲医師が12月4日、武装集団に銃撃され死亡した。アフガニスタン出身で同国への医療、教育支援に取り組み、中村医師とも親交のあったレシャード・カレッド医師(静岡協会)に追悼文を寄せてもらった。

 

 永年、アフガニスタンの東部ナングラハール州で、医療を始め、井戸掘りやかんがいなどの事業に貢献されていた中村哲先生の悲報に衝撃を受けました。
 中村先生は、1984年からパキスタン北東部にあるペシャワール市周辺でソ連軍の侵攻を逃れてアフガニスタンから避難してきた難民約300万人のお世話を開始し、特にハンセン病の患者を中心に診療を始めました。その後、活動拠点を直接アフガニスタンの地に移し、ナングラハール州の農村地で活動していました。中村先生は学生時代から山登りが好きで、後に、無医村の多いアフガニスタン東部の山岳地帯で訪問診療を行うきっかけにもなりました。このような活躍が認められ、2003年にはアジアのノーベル賞≠ニ呼ばれるマグサイサイ賞を受賞されています。
 中村先生は、患者の病を医療だけで克服することはできず、病の原因となっている飢餓、衛生面の不備、居住の問題の解決こそ重要だと考えるようになりました。農業や生活を支えるために井戸掘りやかんがい事業に力を注ぎ、特にかんがい事業では、中村先生ご自身も材料運搬や重機の運転をしながら25キロのかんがい用用水路を作り上げました。ガンベリー砂漠の約100ヘクタールの土地を美しい緑に衣替えさせたのです。
 私は2014年末にジャララバードを訪れ、中村先生のお宅に宿泊して、一晩中先生の想いやご苦労を聞かせていただきました。翌日は、緑豊かな農園や果汁園を見学させてもらいました。先生が大きなザボンを切って来られ、「アフガニスタンの地も捨てたもんじゃないだろう」と言った冗談半分の笑顔を今でも思い出します。
 中村先生は、アフガニスタンの人々に神様のように敬われ、「カカ・ムラド」と慕われています。カカはおじさん、ムラドは希望という意味です。彼の訃報に、アフガニスタン国民皆が悲しむ中、葬儀が行われました。
 中村先生の活躍とご厚意を、アフガニスタンの人々はいつまでも忘れないでしょう。ご冥福をお祈りいたします。
古き友人と後輩より (レシャード・カレッド)

 

以上