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必要不可欠な医療守る 経済学者・宇沢弘文の思想
「社会的共通資本」軸にした社会へ

全国保険医新聞2021年9月15日号より)

 

 新型コロナウイルス感染症拡大によって経済や生活が危機的な影響を受ける中、人々の暮らしを支える必要不可欠な分野にあらためて注目が集まっている。「社会的共通資本」の概念でこうした分野に光を当てたのが経済学者、宇沢弘文(1928〜2014年)だ。米国経済学界の中枢で活躍し、ノーベル経済学賞に最も近い日本人と言われた宇沢氏の思想から、現代社会に何が言えるのか。宇沢氏の長女で宇沢国際学館代表取締役として思想を伝える活動に努める占部まり医師に話を聞いた。

 

医療の安心 金銭に変えられない

宇沢弘文氏(©尾形光繁)
占部まり医師

 私の父、宇沢弘文が唱えた社会的共通資本とは、一つの国や地域で人々が豊かな社会を営む上で必要不可欠なものを示す概念です。@大気、森林、海洋などの自然環境、A道路、交通機関、電気や水道などの社会的インフラストラクチャー、B医療、教育、司法などの制度資本、以上3つに分類されます。
 それらの中でも、医療を、教育と並んで、制度資本の最も重要な構成要素と語っていました。病院はそこにあるだけでいい、いつでも医療を受けられるという患者、住民の安心感は金銭に代えがたいものだと話していました。必要な人が必要な医療を受けることができる国民皆保険体制は、コロナ禍の中でも死守しなければなりません。

 現在の医療崩壊状態では、その安心感も失われています。保団連は国が進めてきた病床削減などの医療費抑制策によって生じた医療の脆弱性が、コロナ禍での医療崩壊を招いたと指摘。公的・公立病院統廃合を進める地域医療構想の撤回など医療充実への転換を求めています。

 病床削減は慎重であるべきです。特に、公的・公立病院は地方などで感染症対策などの不採算分野を担いながら地域医療を支えることはもちろん、雇用を生みだし地域社会を安定させる役割も担っています。病床削減は、地域を安定させる社会的インフラの縮小も意味します。
 社会的共通資本は基本的に、真摯に取り組むほど、赤字になりやすい分野です。それゆえ、宇沢は、市場原理や経済的な効率性に則って管理してはならない分野だと強調していました。

国民医療費は国の成熟度でもある

 政府がまとめた「骨太方針」では、医療費抑制策を継続する方針です。

 宇沢は、小泉政権以降の医療費削減策によって、日本の医療が全般的危機にあると厳しく批判していました。
 経済学的な意味で、適正な国民医療費というものを考えるのは不可能だとして、むしろ、国民医療費が高いということは、それだけ国が成熟しているということだとも言っていました。有形、無形の資源が医療提供や医学等の学問分野へ投入されている社会というものは、安定した魅力ある社会であることを意味するからです。
 経済学は、望ましい医療制度をつくるための財政措置を考えるためにあり、医療を経済に合わせるのではないというのが、社会的共通資本としての医療を考える基本視点だとしていました。
 ただし、その前提として、医師らが、高い専門知識と高潔な職業倫理に基づいて最適な医療を行っていること、そのことへの社会的共感が得られている必要があるとも強調しています。医療の本質がサービスの売買ではなく、信任であることが根幹となります。
 その点に関連して、私は、現状では、広く地域の医療機関がコロナ対応に参画できる制度的な後押しがあるべきと考えます。また、医療者が感染症対策などの研修を受ける機会を整えるなど、専門職としての研鑽を積む公的サポートも、今後さらに充実すべきとも思います。

経済学の限界から見えた展望

 社会的共通資本は、どのような過程で構築されていった概念なのでしょうか。

 宇沢は東京大学の数学科を卒業後、戦後の混乱期の中、経済学者へ転身します。1956年、28歳の時に、20世紀を代表する理論経済学者であるケネス・アローにスタンフォード大学に招かれて以来、数理経済学の最先端で活躍しました。
 しかし、市場原理主義への傾斜、ベトナム戦争の長期化と赤狩りの広がりといった当時の社会情勢に嫌気がさし、米国を去りました。
 68年に帰国した宇沢が目の当たりにしたのが、高度経済成長を経て数字の上では繁栄しているはずの日本社会が抱える思いもよらぬ貧しさでした。
 宇沢に衝撃を与えたのは、水俣病に代表される公害問題や地域開発にともなう自然環境破壊でした。人間が生きる上で必要不可欠な自然が無軌道な経済活動によって破壊され、そのしわ寄せが弱者に行く現実を直視しました。
 こうした問題は、宇沢に、自分の専門であった数理経済学の手法からこぼれ落ちた領域を明確に意識させ、数字では評価できない、人間の生活を根本から支えるものに光を当てる理論の必要性を痛感させました。その時、核となっていったのが、社会的共通資本という概念なのです。
 宇沢の活動はその後、農地収用を巡ってコモンズ(共有地)のあり方が問われた成田空港建設反対闘争や、地球温暖化といった問題へと広がっていきました。

社会的共通資本を軸に構想される社会とは。

 経済成長と人の幸せが必ずしも相関しなくなった状況において、宇沢が重視したのが、J・S・ミルが言う「定常状態」です。経済成長をしていなくても、自然と調和し、人々の幸福で豊かな生活を維持できるような社会です。それを支えるのが、社会的共通資本であると語っていました。
 コロナ禍を通じて、人々の生活に必要不可欠なものが明白になっている今、真の意味で豊かな社会を構築するチャンスでもあります。宇沢弘文の思想が大きな力になると感じています。

以上

『経済学は人びとを幸福にできるか』 
東洋経済新報社 1,760円税込み
『人間の経済』 新潮社 792円税込み

 

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