小説家・平野啓一郎が描いた近未来の日本@―格差の果に生きる希望は

月刊保団連2021年10月号より)

 

 小説家・平野啓一郎氏は、京都大学在学中の1999年にデビュー作『日蝕』で芥川賞を受賞。20年以上にわたって多彩な作品を世に送り出してきた。最新刊『本心』は、2040年代初頭の日本を舞台とし、死に時を自分で決める「自由死」が認められるという設定だ。格差と貧困、 社会保障の崩壊などのテーマも盛り込みながら、母親を失った悲しみを克服し、社会に目が開かれていく青年の姿が描かれる。同作について、保団連の天谷静雄理事が話を聞いた。(インタビューはウェブ上で行った)

 

格差を是正する力が弱くなっている

ひらの けいいちろう
1975年生まれ。99年、京都大学法学部在学中に投稿した『日蝕』で芥川賞受賞。2020年から同省選考委員。主な著書は、小説では『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』、『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ドーン』(ドゥマゴ文学賞受賞)、『かたちだけの愛』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、エッセイに『私とは何か「個人」から「分人」へ』、『考える葦』など。16年刊行の長編小説『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞受賞)累計60万部を超えるロングセラーとなり、19年に映画化。18年に発表した『ある男』で読売文学賞受賞、22年に映画公開予定。
公式サイトは http://k-hirano.com/

天谷 『本心』は、死んだ母親をAI(人工知能)等の最新技術を使って再現するという出だしに引き込まれて一気に読みました。自分の出生の秘密を探る推理小説風であると同時に、恋愛小説の要素もあり、生命の根源と人生の意義についての哲学的な問いかけもあり、本当にバラエティーに富んだ内容です。
 舞台は、今から約20年後の日本です。格差と貧困の拡大、社会保障の崩壊、少子高齢化、不安定雇用、気候変動等が人々の生活に暗い影を落としていますね。さらに死に時を自分で決める「自由死」が合法化され、その判断にも貧困が影響しています。
 私たちはもう少し明るい未来を展望して国民医療の向上に努力していますが、社会保障改悪の動きは年々加速しており、ここで描かれているような社会になりかねないという危機感もあります。こうした時代設定にしたのはなぜですか。

 

平野 まず、未来予測は難しいですけれども、地球温暖化と日本の少子高齢化は間違いなく進んでいくと思います。ですが、日本はその対応が全く進んでいません。
 また、近年は多くの人が国の財政問題に意識的になり、「予算を使うに値する人間」と「値しない人間」とを選別しようとする非常に危険な風潮があります。糖尿病や透析を受ける患者を「自業自得」などと言って公的保険の利用を否定するような発言もありましたし、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」での大量殺傷は、優生思想に基づいたものです。この状況を憂慮しています。
 この小説の舞台は、僕も属するいわゆるロスジェネ(※)といわれる世代が高齢者になる時代なんですが、この世代は、就職の時期にバブル崩壊後の不景気が直撃し、現在も多くが低賃金の非正規労働者として苦労しています。 この世代が高齢者になったとき、どう支えていくかが問題になると思います。今の状況が続けば、高齢者に対して「いつまで生きているんだ」という風当たりが強まり、高齢者自身も生き続けることに肯定的な感情を持ちにくくなってしまうのではないでしょうか。ですから「自由死」という架空の制度を設定することで、高齢者が生き続ける希望をどう守っていけるのかを考えたいという意図がありました。
 さらに、社会に格差が広がり、それを是正しようとする力が非常に弱くなっていることを懸念しています。社会全体の平等が確保されず、労働者が酷使されることで人生の大半が費やされてしまえば、物を作っても売れないし、政治参加もできないし、人との交流を楽しむ時間もなくなってしまいます。今の社会はそういう方向に向かっているのではないかと思います。
 2019年に亡くなった中村哲医師は、アフガニスタンで医療支援をしても背景にある食料不足と栄養失調を解決しない限り状況は改善しないと考えて、農地の灌漑水利事業に乗り出したわけですが、このように、根本的に社会全体を良くしなければ、個別具体策も対症療法になってしまいます。このままでは暗い未来が来てしまうという懸念を持って『本心』の世界を描きました。

※ロスジェネ:ロスト・ジェネレーションの略。バブル崩壊後の就職難の時代に就職活動をした世代。1970年から1980年頃の生まれ。

 

天谷 われわれ高度経済成長の中で生まれ育った世代は、今日より明日、明日より明後日が良くなるという希望の下に生きてきましたけれども、平野さんの世代、つまり私たちの子どもや孫はこうした暗い未来予測に直面しているのだと強く認識させられました。
 小説中では、生活の苦しい人々が仮想空間に逃げ込みますが、そのシステムも商売に組み込まれ、格差拡大の一因となっています。

 

平野 現実社会が苦しくなれば、仮想現実の世界に没入して、そちらが現実より心地いいと感じる人たちは出てくるでしょう。満たされている立場から、そんなのは偽物だと貶めることはできないし、例えばベッドで寝たきりの人が仮想空間でパリやニューヨークに旅行できるようになるなど、仮想現実にはポジティブな側面もあると思っています。
 ただおっしゃる通り、仮想空間をつくっている富める人たちはそのシステムによってますますもうかり、生活が苦しい人たちはその中で満たされて、現実の階級間の不平等への憤りや、それを変えなければという運動の衝動が鈍化するというアイロニカルなことも起こり得ますね。それは結局、格差を維持したい人たちには好都合です。
 仮想現実を楽しむこと自体は否定できないんだけど、やっぱり現実社会を変えようとする意思と行動は維持されなければいけないと思うし、主人公の朔也もそこに至ってほしいと思って描きました。

 

資本主義社会の矛盾の中でどう生きるか

天谷 資本主義の抱える諸矛盾が著しく露呈した社会でどう生きるべきかを、考えさせられる小説でもあります。朔也の母親の友人だった三好は、貧困状態にありながら、「お金持ちの世界はそのままであってほしい」と考えます。社会への憤りをもって暴力的に変革しようとする同僚の岸谷も登場します。朔也は、いずれでもない道を選びますね。

 

平野 現実の社会を変えたいと思ったときにできることはいろいろありますけれど、朔也には、困っている人を助ける行為を通じて自分の存在価値を見いだし、それが少しずつ現実を変えていくということに希望を持ってほしかったんですね。社会全体を良くする上でも、一人一人が他者に対する小さなケアみたいなところから出発するのが、あるべき姿ではないでしょうか。
 一方で、世界の富の8割を1%の人たちが得るという本当にばかげた格差が地球全体を覆っていて、それは個人の日常的な実践で改善できることではありません。そうした問題は、政治参加を通じて、お金のあるところから税金をしっかり取るように変えていかなければならないと思います。

 

太いロープで可能性を生かせる社会に

天谷 この本の中では、セックスワーク等で貧困を生き延びてきた三好が、障害を持つ青年大富豪のイフィーに救われますが、誰もがこうした幸運にあずかれるわけではありません。ここで私は、芥川龍之介の童話『蜘蛛の糸』を思い出しました。地獄に落ちた犍陀多(かんだた)という男が一匹の蜘蛛を助けたことをお釈迦様が思い出し、蜘蛛の糸を地獄に垂らすという話です。犍陀多はよじ登ろうとしますが、自分だけが助かろうとしたために、最後には糸が切れてしまいます。
 子どもの頃は、やはり悪人は救われないのかなという気持ちで読みましたが、今では、なぜすぐ切れるような糸を垂らしたのかという疑問があります。太いロープや鉄はしごだったら犍陀多も他の罪人も這い上がれるのに、お釈迦様は結構冷酷な存在ではないかと。芥川は、資本主義社会の行き着く先を見越してこの小説を書いたようにも感じるのです。

 

平野 非常に鋭い視点だと思います。犍陀多がある条件に合う人間であれば救われ、そうでなければ救われないという考え方は、実は慈悲という考え方から遠くて、自助を強調する今の政府の態度に近いのではないかということですよね。
 政府はまずは自助、それが駄目なら、共助、公助と言いますけれど、本当は共同体というのは、全員が十分に生活していける保障があった上で、一人一人が何をやるのかという自由が開かれているべきだと思います。
 今は貧困のために、多くの人の才能や可能性が生かされない社会になっていて、これは倫理的、人道的な問題だけでなく、やや下品な言い方をすれば、社会としても損をしているのではないでしょうか。世の中が良くなるためには、多くの人の可能性を生かせる環境を政府が整備する必要があると思います。

 

天谷 保団連は、太いロープや鉄はしごのように盤石な社会保障で貧困状態にある人々をすくい上げ、再挑戦できる社会を目指しています。今の政府は専門家の意見を無視して東京五輪を強行し、コロナ感染爆発に拍車をかけました。平野さんも五輪中止を発信し続けてきましたね。医療崩壊の中で医療者は悪戦苦闘しており、国が医療費を削減し続けてきたことがその要因です。私たちは医療・社会保障充実の政治への転換を訴えています。

 

平野 日本は欧米に比べて少ない患者数で簡単に医療崩壊の危機を迎えてしまいました。こうした医療体制の弱さは、資本主義の原理を押し進めてきた長期にわたる新自由主義路線のツケですし、これを変えていかなければならないと思います。
 政府は、新型コロナ患者の重症者以外は入院を制限する方針を打ち出し、完全には撤回していません。初期に手当てをすれば重症化を防げる治療法も手探りで行われている中 で、その治療自体を困難にしかねない政策ですね。
 医療現場の皆さんの取り組みに、僕自身も小説家として、さらに一市民として連帯していきたいと思います。

以上

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