月刊保団連2021年11月号より)

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 小説家・平野啓一郎氏の最新刊『本心』では、死ぬ時を自分で決める「自由死」が権利として合法化された世界が描かれる。貧しい母子家庭で育った主人公の朔也は、死んだ母親のヴァーチャル・フィギュア(仮想空間内のキャラクター:VF)をオーダーし、その〈母〉と会話を重ねながら、生前に「自由死」を願っていた母親の本心を探っていく。
 インタビュー後編では、死の自己決定についての考えや、小説のタイトル「本心」の意味、文学の役割について語ってもらう。
(インタビューはウェブ上で行った)

 

人との出会いで親の死を乗り越える

ひらの けいいちろう
1975年生まれ。99年、京都大学法学部在学中に投稿した『日蝕』で芥川賞受賞。2020年から同省選考委員。主な著書は、小説では『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』、『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)、『ドーン』(ドゥマゴ文学賞受賞)、『かたちだけの愛』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、エッセイに『私とは何か「個人」から「分人」へ』、『考える葦』など。16年刊行の長編小説『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞受賞)累計60万部を超えるロングセラーとなり、19年に映画化。18年に発表した『ある男』で読売文学賞受賞、22年に映画公開予定。
公式サイトは http://k-hirano.com/

天谷 この小説で主人公の朔也は、リアル・アバターという、依頼者の「分身」として外出したり物を届けたりする「何でも屋さん」のような仕事をしています。それなりにやりがいを感じている面もありますが、労働の過酷さ、低賃金、会社からの不透明な評価などは、ウーバーイーツの配達員など現在のギグワーカー※1の問題点と重なります。

※1 インターネットを通じて、料理宅配サービスの配達員などの仕事を単発で請け負う労働者。

平野 リアル・アバターという仕事は、AIやロボットが発展しても、単純作業ではない人の判断が必要な仕事は残るのではないかというところから想像しました。実際に、コロナ禍のニューヨークで若い人たちがボランティアとしてリアル・アバターのように高齢者の買い物に行って感謝されたり、ウーバーイーツのおかげで子育て中で気軽に外食できない人がレストランにアクセスできるようになるなど、職業としての可能性はあるはずなんですね。
 ただ、それが資本の論理で低賃金労働者をこき使う形になってしまうと、働く人が社会の役に立っている実感を持てなくなってしまいますから、非常に不幸なことだと思います。

 

天谷 朔也は母親を亡くした喪失感を埋めようとして、AI(人工知能)などの最新技術を使って仮想空間内に作られた生前そっくりの〈母〉と会話を重ねます。母親の友人だった三好や、障害を持つ青年大富豪のイフィーなどとの出会いの中で、次第に社会的な目が開かれていきますね。

 

平野 豊かで余裕のある環境であれば、親の社会での活躍や友人関係など、親が親以外の存在として生きている場面が子どもにも見えやすいでしょう。しかし、厳しい労働環境でひたすら搾取され、あとは家庭での親子関係だけという生活では、子どもの見る親の顔が、親としての顔だけに限定されてしまうと思うんですね。
 しかも社会保障制度が脆弱になっていくと、生活が苦しくても自助努力と家族で何とかしろという雰囲気になっていきます。経済的に苦しい母子家庭はますます母と子の関係が濃密になり、そこで突然親を失うのは、豊かな環境で親を失うのとはかなり違う経験で、 悲しみを克服するのもより難しいのではと考えました。
 朔也は、母親の知り合いと出会って彼の社会的な関係が広がり、その人たちと過ごす時間に充実感を持つようになることで、親の死を乗り越えていきます。僕は人との出会いはとても大きいと思うので、この本でも、人との関わりを通じて朔也の目が広いところに向かっていく過程を描きました。

 

愛する人と最期のときを迎えたい

天谷 小説では「自由死」が認められた未来社会という設定で、死の自己決定の問題が扱われています。耐え難い苦痛や死が避けられない病気でなくても、医師の認可があれば、自分で死のタイミングを決められるというものですね。朔也の母親は、生前に自由死を願っていましたが、息子の反対でかないませんでした。

 

平野 このテーマは、僕が以前から提唱している「分人主義」と関係しています。人間は対人関係ごとに様々な人格を持っていて、その 一つ一つを「個人」に対して「分人」と呼ぶというものです。分人の中には心地いいものもあれば非常にストレスを抱えるものもあります。その中で、人生の最期は、愛する人に囲まれて自分が最も好ましいと感じられる分人で死を迎えるのが幸福なのではないかと考えました。逆に、 戦場や過酷な労働中など、自分にとって不本意な分人で死ぬというのは最も不幸なことではないかと。
 死に時を自分で決める自由が一切なけれ ば、孤独に死を迎えてしまう可能性はかなりあります。ですから、自由死のような制度を社会が本当に禁止することができるのかを考えたかったんですね。

 

天谷 小説では森鴎外の『高瀬舟』が引用されていますね。これは「安楽死」の問題を扱っていて意味深長です。医療現場では今は、消極的安楽死の考え方が主流ですが、積極的安楽死なども考えていけば、命の選別の危険は避けて通れません。小説では、母親のかかりつけ医だった富田医師は、社会の切迫した状況から自由死を「願わされる」こともあると認めつつ、その意思を家族も尊重すべきと言います。ここには私も朔也と同じように反発を覚えたんですが。イフィーは、自由死は命の選別につながると反対し、『高瀬舟』は貧困を放置した政治の問題と主張します。一方貧困の中にある三好は、 本当に辛いときに自由死が認められると思うと安心して生きられると話すなど、死の自己決定を巡る様々な議論が展開されますね。

 

平野 死の自己決定は今後、これまで以上に社会的な議論になっていくと予感しています。これを平時のわれわれ一般の問題として考える必要はあると思います。
 しかし、「苦しい状況にある人たちが死にたいというのを否定できるのか」と社会的弱者 にこの問題を押し付けるような形で議論を進めることは非常に危険です。
 僕は今の日本のように優生思想も語られるような時代に、積極的安楽死を認めていこうとすれば、実質的に「いつまで生きるのか」というメッセージになり、不本意な形で追い詰められていく人たちが相当出てくるのではないかとも強く懸念しています。特に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」での大量殺傷のような優性思想に基づく犯罪が起きたときには、僕たちはいったん死の自己決定の議論は止めないといけないと思います。

 

「本心」の複雑さ

天谷 朔也は仮想空間で〈母〉との会話を続けても、生前に「自由死」を願っていた母親の本心にはなかなか至りません。愛する人に見守られながら死を迎えたいという思い、三好に語った経済的な不安、朔也を生んだ経緯などが複雑に絡み合っているように思いました。

 

平野 母親にもいろいろな顔があって、時には相手ごとに語ることが矛盾しています。人間の「本心」はそういう一見矛盾するものが複雑に絡み合いながら、結果としてある一つの行動なり決断につながっていくものだと思うんです。
 僕がこの本で「本心」をテーマにしたのは、 人間関係の中で大きな問題となるのと同時に、社会制度の構築に関わるからです。もし自由死のような制度が作られたら、当然、「本心から望んでいれば」という条件を付けることになると思います。
 しかし、肝心の本心は社会の状況や経済状態に強く影響されます。人間の本心の複雑さが社会制度の不安定さに結び付いていることから、個人の物語を社会全体の物語に展開していくことが僕の意図だったんですね。

 

天谷 小説では、母親と交流のあった藤原という老作家の存在が、全体の骨格を作っているように感じました。「小説家として、自分は優しくなるべき」という藤原の言葉がありますが、この小説でも、一人一人の登場人物への作家の温かい視点を感じます。藤原には、平野さんご自身を投影しているのではないかと思ったのですが。

 

平野 その質問はよくいただくのですが、僕自身は、藤原に森鴎外のイメージを重ねて書いています。
 鴎外は文筆活動の初期には非常に戦闘的な、議論好きな作家でしたが、日清戦争後に小倉(現・北九州市)に左遷された頃から優しくなるということは、研究者の間でも一致しています。彼は公衆衛生学を学んだ医師だったので、貧困などについて、登場人物一人一人の問題ではなく制度の問題として考えようとした作家でもありました。

 

文学は何の役に立つのか

天谷 最後に医学と文学の比較について質問させてください。やや失礼な言い方かもしれませんが、医学は人体に直接働きかけて治療するという分かりやすいものですが、文学にはどういう価値があるのかは、よく問われるのではないでしょうか。平野さんは2019年に「文学は何の役に立つのか?」をテーマに講演されていますね※2

※2 「文学は何の役に立つのか?(」2019年11月23日)

平野啓一郎『本心』(文藝春秋) 1980円(税込)

貧しい母子家庭で育った主人公の朔也は、生前の母親のヴァーチャル・フィギュア(仮想空間内のキャラクター)を製作し、会話を重ねながら「自由死」を願っていた母親の本心を探っていく。母親の友人だった女性やかつて交流のあった老作家と知り合い、全く知らなかった母親の別の顔を知らされ、さらに自分の出生を巡る衝撃の事実も明らかになる。

平野 文学の世界にいると、その問いはしょっちゅう突き付けられます。現実と文学との関係を考えれば、貧困などの辛い状況にある人の慰めになるようにと 思って小説を書くと、読んだ人々が現状に耐えられるようになり、社会を変えようとする衝動が和らいでしまうのではないかという根源的な矛盾を、小説家は抱えています。かといって、文学が常に読者を社会的な行動に駆り立てるための一つの機能のようになってしまうのもやや寂しい。読者の苦しみや孤独を慰めることと、現実の社会について考えることの両方をやらなければと思っています。文学は、作品にもよりますけれど、人の思想や生き方に影響を及ぼす力があると思うんです。生きた登場人物が描かれて、具体的な行動を踏まえて思想が語られていくので、自分と近い考えの登場人物も反発を覚える登場人物もいる中で、自分の考えが開かれていく経験ができると思いますね。

 

天谷 この『本心』という小説は、リアルな社会認識の中に様々な問題提起が含まれており、また、人間的な優しさに貫かれています。コロナ禍で苦しんでいる多くの方々にお読みいただきたい小説だと思いました。これからも社会的な問題提起、そして、人生に励ましを与えるような作品を発表していただきたいと期待しております。本当に今日はありがとうございました。

(おわり)

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