写真家・小松健一氏(全国保険医写真展審査員)による講評
(2020年7月5日開催の「全国保険医写真展」講評会から抜粋)
会長賞
「札沼線を廃止にしないで!」(熊本協会:濵武 諭)

 作品のタイトルは「札沼線を廃止にしないで!」となっていて、実際、キタキツネが廃線となる線路のところで、撮影者を見つめているという何気ない写真です。北海道ではキタキツネは良く出会えますが、この作品は、まるでキタキツネが「廃線にしないで」って言っているように見えるのが味噌です。キタキツネがそんなことを思うわけないんですが、作者がキタキツネを通じて、人間に対して、祖先たちが築いてきた、苦労して北海道の未開の地を開拓してつくってきた線路を廃止しないでと叫んでいる。作者の思いが伝わってくるのです。
 写真というのは単純でただ押すだけですから、ほかの芸術に比べると非常に楽なように見える。例えば、音楽にしても、文学にしても、絵画にしても、彫刻にしても色々なジャンルの芸術があるが、写真も芸術のひとつ。
 それぞれの芸術ジャンルと同じように、今、著作権というのが、作者が亡くなってから70年間は、法律で自動的に保護されている。みなさんの写真は、全てそうです。登録しなくても自分が発表した段階で国が守る制度になっている。国だけでなく世界中がそうなっている。だから、勝手にこの作品を使ったり、トリミングしたりすると法的に罰せられるし、この作品を使って、例えば、勝手にTシャツなどを作って売ったりすると損害賠償が請求される。小さな会社なんかがつぶれてしまうような数千万単位の訴訟がおきています。
 写真は、作品である。作品にとって一番大事なのはなにかというと、作者のメッセージや思いがそこにあるかどうかというのが最も重要なんです。だから、いくら決定的瞬間をとっている作品であっても、テーマ性が浅い場合がある。珍しいものや人が見つけられなかったものをとるということも大事だけれど、それだけではもう1ランク上にはいかない。この作品のいいところは、作者の言いたいこと、伝えたいことが、見る側に伝わっている。それも、北海道を代表するキタキツネに託して、作者が発しているということですね。もちろん、この線路がずうっと続いていることが今までの歴史を感じさせたりとか、あるいは廃線になったらなくなってしまう電車を配置したり、緑の中に信号の赤を配置したりといううまさもある。でも、そういう構図や光とかだけではだめです。これが「キタキツネ」とかいうタイトルであれば、会長賞にはならなかったと思います。そこに作者の思いが伝わらない。だからタイトルというのも大事なんです。映画のタイトルとか、小説のタイトルとかも、みんなものすごく考えていますけど、そういう意味では、ほかの作品も全部そうですが、そこが会長賞とか審査委員長賞とか入賞になるか、それとも普通の入選で終わるかの差なんです。
 これはすべての作者にいえることです。そういうことをぜひ、知って、考えてほしい。
 それがわかってくると物を見る目とか、あるいは撮る瞬間とか、あるいはタイトルの付け方とかが全く変わってきます。そういうことを頭に入れておいて、見ていただければと思います。

審査委員長賞
「樹命(じゅみょう)」(組写真)(大阪協会:河合 美枝子)

 この作者は、丁寧に撮っている。ちょこちょこと行って撮れるものではない。3点を組み写真にして、本人が「樹命」という「樹の命」と書いているが、そういうタイトルをつけている。
 樹だけでなくて、人間もそうですが、輪廻転生ではありませんが、朽ち果てて、そして、そこから新芽が出て、そしてまた新しい命が誕生する。周りには朽ち果てた枝があり、その向こうには、おそらくこれを実らせた、実を落とした大きな大樹があるという、ここにクローズアップして見せながら、象徴的に表現している。何百年、数百年たったであろう大きな木が必死になって生きた、そういう部分を出している。そして最後は、朽ち果てた樹ですよね、そこに苔がいっぱい生えてきて、新しい命を育んでいる。そして、ここに川が流れていますけれど、これも大木が倒れ果てているけれど、そこにはキノコが芽を出している。そういう、命の循環、生命体の循環みたいなものを、この3枚の中で表現している。そういう意味で会長賞の作品とは、また違うが、作者のメッセージがよく伝わってくる。これも作者の気持ちがあるからこそ、見る側を感動させる作品となっている。これが例えば、1点ずつ、どれもまあまあいいが、1点だけで「樹命」としたんでは弱かったと思う。やはり3点あることによって、ここには映っていない昆虫だとか、キノコ類やコケ類など、他の植物だとか生命体と森が一体となって、こういう環境を作っていることが理解できる。
 もちろん、この恩恵は我々人間も受けている。きれいな水にしたり、空気にしたりしているのが、人間にも返ってきている。それを今、人間が破壊して、どんどん森林を切り崩したり、地球を壊そうとしている。それがいろんな形で、跳ね返ってきている。静かですが、この作者は、そこまでは考えていないかもしれないが、自然というものを大切にして、共生していかなければいけないことを静かに語りかけている。だから、じーっと見ていると感動してくる。

特選
「はじめまして。」(東京歯科協会:矢島 昇悟)

 阿波踊りをしているおじいちゃんと子どもの視線があって、子どもが不思議そうにみている。「はじめまして」という瞬間をとった写真。そばにお父さんらしき人がいるんですが、お父さんは、スマホで撮るのに夢中になって、子どもをほったらかしている。子どもとおじいちゃんの交流のうまい瞬間が撮れた作品。もちろん、背景のぼやかし方とか、夜間で絞り込めないから開放近くにして撮っているか。逆にバックがぼけていることによって、子どもとおじいちゃんとをうまく浮かび上がらせることができた。そういう上手さはあります。瞬間ですね。瞬間をうまく撮ったということです。ただ、単なるそういう上手さだけではなく、瞬間をとらえたとか、シャッターチャンスがいいとか、構図がいいというのもあるが、もう一歩、それとは別に、阿波踊りという、長く続いてきた日本の伝統芸能に対して、まだ、生まれて間もない、一歳ぐらいの子どもが、興味を持ってみている。おじいちゃんから孫たちに伝承されていくという、日本伝統をそうやってきちんと守っていこうという姿勢を感じる。ですから特選にまでなったんです。単なる入選ではなくて。これがシャッターチャンスの良さだけでは、そこまではいかなかった。さっきも言ったように、写真というのは、内容が大切。一番大事なのは、作者が何を言わんとしているのか。内容をきちんと捉えているかどうかです。

参加者からの質問-スマホで撮っているお父さんをトリミングしているようですが、これはどうでしょうか?

 いいんじゃないですかね。手が少しあるほうがいい、お父さんは夢中で撮っている。お父さんがあまり映ってしまうと邪魔になってしまう。本人はそこまで考えていないかもしれない。偶然にうまく撮れたのかもしれない。絶妙の切り方だ。お父さんが映っててニッコリしていたりすると踊り手と子どもに目がいかなくなってしまう。しいて言えば、足が切れている。踊り手は、特に阿波おどりなんかは、足と手が命ですから。しかし、この作品では、あまり関係ない。

特選
「対戦相手は私?」(愛知協会:浅岡 紀良)

 これは動物園でしょうけど、ゴリラ君そのものをズバッと撮ったという、めいっぱい。それが、足も手も入っていて、何よりもこの目と表情がよかったですね。「対戦相手は私?」というのは「次、おれの番か?」とまるで言っているような瞬間を切り撮ったということでね。ただ、そういう意味で、なにか作者がゴリラを通じて何かメッセージというのは、ないんです。ゴリラというのは、人類に近く、大きな動物で、知能も非常に高いといわれていますけれど、そういうものを通じて、なにか人間との交流を、おそらく作者は、自分のおじいさんとか親父だとか、思い出したり、どっかでみた人の顔を思い出しながら、撮っていたのでしょう。私も体験あるのですが、一日中付き合っているとファインダー越しにそういう気になってくるんですね。おそらくそういう瞬間をとったんだと思います。ゴリラ君も「なんだよ、お前、俺ばっかり撮って」みたいな、不思議そうな顔をしている。そういう瞬間を撮れたのが、よかったんじゃないかな。ユーモラスな写真です。

特選
「滑落!」(沖縄協会:原国 政裕)

 作者は沖縄の人なんだね。滑落といっても大げさなものではないけど、滑って転んだという瞬間を撮ったもの。これは下から、ローアングルで撮影。これは夏だと思いますけど、空がひじょうにきれいだし、雲が湧いている。仲間が上がっていくところを撮った。雪渓。そして、なおかつ、ここに動きがある。ドタッと滑って転んだ瞬間をピタッと撮っているし、同時に周りの人もちょっと心配して下を見ていたり、という瞬間を撮っている。素晴らしいシャッターチャンスだ。写真としても非常にドラマティックというかね、いかにも写真ならではの表現方法だというふうにおもいます。みんなが俯いてただ雪渓に立っているだけでは特選にはならなかった。だからいい瞬間をとらえたということですね。

参加者からの質問-すごくアンダーに撮っているが、雪の下の部分はいるんでしょうか?

 あったほうがいいですね。ないと、角度とか、厳しさとかなくなるので。雪山だけど、夏だからもう雪は汚いし、白じゃないと思うんです。だけど、もうちょっと焼きを明るくしてもよかったかもしれない。でも、逆にこれぐらい強くして、空も真っ青ですから、そうやって強調したということなんでしょうね。難を言えば、人の表情が、ちょっと焼きこみすぎて、黒くなってつぶれてしまっているので、表情が、出たほうがよかったですね。少しわかるからいいけれど、これが切り絵みたいになって、全く見えなくなるとだめだったですね。こういうところは、結構大事なんですよ。


入選
「子供飛脚6人衆」(広島協会:堀 司郎)

 塩の道は、日本海から信州など内陸へ塩や海産物を運んだ道。写真は塩飛脚といって、この中に塩を入れて、子どもたちが運んでいるという、昔からあるお祭りなんでしょうね。祭りは、ほとんどが絵になるし、ドラマティックだし、そういうのを撮っただけでは面白くない。これはインパクトありました。よくあるただ神輿を担いでいるというだけではないものがあった。ただ、そこから先がいまいちなかった。子供たちが一所懸命やっている状況や雰囲気はわかった。昔の格好をしているが、足元を見るとみんな流行りのかっこういいスニーカー。一昔前ならわらじとか足袋とか。今の子供たちは、ここはおしゃれしたいということで褌しているけどスニーカーというのは、時代性が出ていて、よかったと思う。背景もいいですね。ただ、祭りは、絵になるからなんでも撮ればなんとかなるだろうと思って、祭りの写真が多いんですけど、よっぽどでないとダメです。

入選
「餅つきに初挑戦」(香川協会:永峰 伸一)

 よくある光景なんですけど、この作品の良さは、地元のお年寄りたちとか世話役とか、周りにおばあちゃんたちが見えますけど、そこに次の世代の子供たちが、餅つきなんかやったことないんだけど、おじいちゃんたちに教わりながら、それも杵もすごい古い、おそらく長く使っているようなものを、「こうやってつくんだよ」と教わりながらやっている。あと何十年か後には、この子たちが、こんどは自分の子供たちにつないでいくという。そういう、伝統行事とか神事とか、日本の独特の文化をこうやって次の世代に継承していくというのが出ている。ただ、餅つきしているだけではだめだと思う。この作品のみそは、次世代の子どもたちが、お父さんたちがやって、さらにおばあちゃんたちが腰を曲げながら見守っているという三世代、四世代にもわたるものがここに表現されている。象徴されているというのを作者は、その場面を見つけて撮っている。これは神社でしょうけど、こういう古い建物もちらっと入れて、昔からある様子を表現している。古い杵にもなんか書いてありますよね、墨で。そういうものを大事にしながらやっている。普段は何気ない日常生活を送っているんでしょうけど、こういう神事や祭りのときには、ご先祖様から伝承してきたことをきちんとやるというのが、地域の人たちの心意気みたいなものなんでしょうね。日本の地方は、過疎化とか限界集落とか、いろんなことを言われて、大変な事態だと思うんですけど、そうはいってもこういうものをちゃんと守ったり、年に1回の村祭りのある時は、都会に行っている人たちがみんな戻ってきて、祭りを支えて作っている。そういう光景って結構出会いますね。そういうところは、まだまだ日本もまんざらでもないなと感動します。

入選
「森の王者(クマタカ)」(福島協会:吉田 豊)

 クマタカがこんなきれいな状態で近くで撮れることはあまりないので、よく撮ったと思います。いちばんの良さは、鉄パイプのところにとまっているというところです。これ、木だったら普通の話なんですけど、そうじゃない人工物のところにとまっているというのが面白いのです。背景もきれいに処理されています。望遠で撮ったんでしょうけど、被写界深度の使い方が非常にうまかった。こんな場所があるのかなと思って、どこだろうと思ったら福島の方だったんですね。福島原発の放射能被害にあった飯館村で撮ったと書いてあった。人もあまり入らない、もちろん帰ってきている人も一部いるけど、昔と違って、こういう人工物のあるところでもクマタカとか安心して出てきているという裏返しなのかなとも思える。都会ではこういう風景には出会えませんが、偶然なんでしょうね。狙ってとれるものではないでしょう。たまたま出会って、撮ったんでしょうか。素晴らしいと思います。そういう意味では、シャッターチャンスのすばらしさと、「森の王者クマタカ」というタイトルが、ほんとは深い意味があるんだけど、なかなかそこまでは表現できなかった。でも、非常にいい瞬間を捉えています。


 
入選
「光芒」(岐阜協会・坂野 昭八)

 こういう写真はよくあるが、光をうまく、美しい状態で、分散しているところを捉えましたね。なかなか、こんなきれいに光が飛ぶことはないんですけどね。この作品の場合は、下に川が流れているんですけど、川面に光が落ちて、光っている。清流が流れているところまで撮ったというところが良かったですね。光の分散だけだとよくある作品になり、めずらしくない。川面まで撮ったことによって、流れと太陽の光が、うまくハーモニーになった。今回、自然の作品が多かったですけどね。ただ、瞬間をきれいに撮り、クモの巣も光っていますけど、会長賞や審査委員長賞みたいな、メッセージ性がもう一歩なかった。作品の内面性、内容が少し弱かったように思います。単なるネイチャー写真ではしょうがないのですね。ようするに、風景写真とりましたすごいところを撮りましただけではね。そこのところの差なんです。これも非常に素晴らしい風景作品ですけどね。

入選
「縁結び」(愛知協会:齊藤 みち子)

 この作品の面白さは、絵馬を奉納している写真は多いのですが、これをスマホで撮って、さらにそのスマホの画面が、自分たちが手を出して、やっているところ、「いいご縁がありますように」という二人の手も入っている。そこが面白い。私が思うには、こんなに顔とか髪とかはいらなくて、手の部分がメインだから、その部分だけでもよかったのではと思いました。縦位置でもよかったかな。こういう発見とか発想の面白さがあるが、次、誰かがやろうとしてもだめですね。二番煎じになる。一等最初は良かったけれど、その次はないです。面白さを見つけて、工夫して撮ったという努力は高く評価したい。

入選
「勇姿」(三重協会・内山 勝之)

 場所は、静岡とか愛知あたりだろうか。花火の大筒をもって、この筒から火柱が高く上がっている。そういう写真が多いんです。火の粉が上がっている写真。この場合は、その花火が出る部分をスポーンと切っちゃって、自分の花火の火の粉か周りの火の粉かわからないけど、一瞬何しているんだろうと不思議な感じのところを撮っている。そういう面白さがあります。非常にフォトジェニックできれいですね。この手の花火の写真としては、相当いい作品だと思いました。でも、さっきと同じように、そこから先が。作品を通じて、花火を上げる勇姿の「伝統」を通じながら、何か伝えたいというところがない。例えば、次世代に引き継ぐようなこととか、ドラマティックだし、フォトジェニックに撮れているが、そこから先がなかったので、入選どまりになっている。例えば、ここに小さな子どもが父親と一緒に花火の小さいのをもっているとか、そういう場面がもしあれば、全然違ってくる。この作品は、これはこれでバッチリ決まっていますけど・・・・。でもコンクールによっては、日本の伝統なんかでは、もっと上に行く作品だと思います。作品としては、非常にいい仕上がりです。
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