TPP政府対策本部の意見募集に対し、2013年7月17日に保団連が提出した意見です。
TPP交渉参加に関する意見
1.組織・団体名:全国保険医団体連合会
2.代表者名 又は 意見提出者名及び連絡先電話番号
意見提出者 理事・政策部長 三浦 清春
連絡先電話 03-3375-5121(代表)
3.提出意見
(対象分野) 制度的事項(法律的事項)
医薬品関連のルールは、物品の貿易の分野ではなく、制度的事項の分野において交渉されている。すなわち医薬品については単なる関税の撤廃ではなく、むしろ公的医療保険制度が適用される医薬品としての承認制度や価格制度など、医薬品に係る各国の制度が問題とされている。
政府がまとめた『TPP協定交渉の分野別状況』によれば、「医薬品及び医療機器の償還(保険払戻)制度の透明性を担保する制度を整備し、手続保障を確保すること(関係者への周知、プロセスの公開、申請者の参加等)について提案をしている国がある」としている。該当の国が、「透明性」や「手続保障」を盾に、各国の薬事行政において大手製薬企業が関与できる仕組みを主張していることが伺われる。
2010年4月から公的医療保険制度における医薬品価格システムの改革で試験的に導入された「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」は、新しい医薬品の特許が切れて、後発医薬品が発売されるまでの間は、発売時の医薬品価格が維持されるというものである(ただし、その医薬品を医療機関や保険薬局に対して安売りしないことなどが条件である)。高価格が設定され、特許が切れても後発医薬品が発売されるまでは高価格が維持されるというこのシステムは、大手製薬企業には大きなメリットがある。TPP協定交渉の窓口であるアメリカ通商代表部は、日本政府に対して提出している「外国貿易障壁報告書」の中で、この加算システムを恒久的な的制度にするよう要求しており、実現した場合、医薬品の公定価格を高止まりさせることになる。
厚生労働省が2009年に調査した医薬品価格の調査結果では、新薬は、品目数が全体の13.2%を占め、数量では18.9%が使用されている。ところが、消費されている金額は47.8%と、全体の半分近くを占めている。種類や数量が少ないのに金額が多いことは、ひとつひとつの新薬の価格が高いことを示している。このことを裏付けるのが、全国保険医団体連合会と厚生労働省が、それぞれ実施した医薬品価格の国際比較である。調査結果では、日本での売上高の上位100品目中77品目の患者購入価格(2010年)の平均値を、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリスの4カ国と比較したところ、アメリカの医薬品価格は日本の1.3倍で、2倍を超える医薬品もあった。例えば、降圧剤のノルバスク5mgは日本64円、アメリカ144円、コレステロール低下剤のメバロチン10mgは日本110円、アメリカは270円であった。最も価格が低かったイギリスを100とした場合の各国の相対価格は、フランス125、ドイツ168、日本222、アメリカ289であることが判明した。厚労省は77品目から10品目を除いた67品目の2010年価格を調査したが、その結果でも、イギリスを100とした各国の相対価格は、フランス125、日本197、ドイツ219、アメリカ352となった。現状でも国際的に高い日本の医薬品価格が高止まりすることが懸念される。
TPP協定参加によって、医薬品価格の算定ルールにアメリカ流のルールが持ち込まれ、日本の算定ルールの変更が余儀なくされ、新薬の公定価格がアメリカ国内での水準に近づいていくならば、現在1〜3割の患者自己負担も増えることになる。公的医療保険の財政は一層悪くなる。日本政府は公的医療費を抑制するために、新薬に対しては保険外併用療養費制度の適用を拡大し、医薬品価格の高騰をすべて患者の自己負担に転嫁することや、治療・手術などの技術料を下げてくる危険がある。
(対象分野) 知的財産権
知的財産権については、今後の交渉次第ではあるが、少なくとも『TPP協定交渉の分野別状況』によれば、医薬品のデータ保護は、個別の交渉事項のひとつとして取り上げられているようである。TPP交渉の参加国は、参加国間における知的財産権に対する効果的でバランスの取れたアプローチを確保するために、TRIPS協定の権利・義務を強化及び発展させることで合意したとある。
医薬品の特許保護について、TRIPS協定は、(1)物質特許の導入を加盟国に義務付け、(2)医薬品や食料品を不特許とすることは認めない、(3)特許の保護期間は出願日から20年以上とするなど、高い保護水準を課した。医薬品に対する物質特許の義務付けは、抗HIV薬をはじめとするジェネリック医薬品を高騰させ、途上国の人々の健康に重大な影響を及ぼすとして、TRIPS協定を途上国に適用する際の大きな論点を構成した。そこで、2001年にドーハ宣言が採択された。宣言に明記された事項は、「強制実施権」(特許権者の許諾を得ない第三者に対して、政府等が当該特許を実施する権利を強制的に付与する)に関わる確認である。TRIPS協定では、強制実施権の許諾は原則として国内市場に限られ、輸出は認めていない。しかし、多数のHIV患者を抱える国では、自国で医薬品を製造することができず、インドその他の第三国からジェネリック医薬品を輸入するほかない。この点について、2003年のWTO一般理事会は、厳格な手続きのもとで、強制実施権に基づく医薬品の輸出を認め、2005年にはTRIPS協定の改正議定書が一般理事会で採択された。
TPP協定は知的財産権保護の対象や期間、特許と販売認可との関係などについて、TRIPS協定を超える内容を含んでいるとされる。そのため、TPP交渉参加国において、ジェネリック医薬品の製造・販売にどのような影響が生じるのか、ドーハ宣言の趣旨に反する事態が発生しないのかといった点が懸念される。具体的には、(1)先発医薬品メーカーが特許申請時に提出した新薬の臨床実験データの独占期間を延長する、(2)医薬品の研究開発に関連する技術を特許の対象とする、(3)特許の申請・認可に要する期間をこれまでの特許保護期間に加えて保護期間を延長する―などが実施されるならば、後発医薬品メーカーの参入に対する新たな障壁が設定されることになる。
日本では、ほとんどの場合、新薬が出されてから平均12.4年経つと、後発医薬品メーカーのジェネリック医薬品が出現する。国民は安価なジェネリック医薬品を選ぶことができる。しかし、後発医薬品メーカーが先発医薬品の臨床実験データを使えなくなれば、新しくデータを取る費用がかかり、ジェネリック医薬品の価格が先発医薬品とほぼ変わらなくなってしまう。世界で活躍している『国境なき医師団』は、途上国で使われるエイズ治療薬の8割以上がジェネリックだと指摘し、「知的財産権の保護」によって、医薬品価格を高止まりさせるアメリカの「誤ったビジネスモデル」で、「人命が左右される事態になる」との批判は的を射たものである。
(対象分野) 知的財産権
日本やカナダ、ニュージーランド、EUなどは、基本的に「診断方法、治療方法および外科的方法」を特許保護の対象としていない。しかし、アメリカでは、「診断方法、治療方法および外科的方法」についても、「新規かつ有用な方法」などであれば、特許保護の対象としている。また、診断・治療・外科的手法が特許対象になれば、治療方法と医薬品とを結びつけることによって、医薬品の特許期間を実質的に延長することも可能となる。
厚生労働省が、先進医療として認可した医療技術等は、公的医療保険が利かず全額患者負担だが、基礎的な部分だけ公的医療保険が適用される。先進医療は、有効性、安全性、普及性等の条件がそろえば公的医療保険を適用するのが前提である。ところが、先進医療が特許保護の対象になると価格が上がる。それを公的医療保険に適用すれば財政を圧迫するため、公的医療保険の枠外に固定化されるおそれがある。価格が上がったうえ、全額患者負担のままにされれば、国民はますます使いづらくなる。他方、先進医療をカバーする特約を販売している民間保険会社は、先進医療特約に加入する人が増えて、市場が拡大することになる。最新の医療技術等の承認システムや価格について、TPP交渉で直接には議論されなかったとしても、TPP協定の発効後、保険外併用療養費制度(混合診療)がなし崩し的に拡大し、結果として混合診療の全面解禁となる危険性がある。
(対象分野) 衛生植物検疫
衛生植物検疫(SPS)については、リスク評価の手続きについて、WHOなど国際機関の作成したガイドラインの法的性格をもたせることも議論されている。SPS協定では、危険性の評価は科学的根拠等に基づくこととされており、いわゆる予防原則の観点にたった事前規制をかけることは認めていない。ただし、SPS協定ではリスク評価の手続きについて具体的に規定しているわけではない。TPP交渉では、リスク評価の手続きをより明確に限定することで、SPS協定の規定をさらに強めることが検討されているため、協定が発効すれば、各国が独自に医薬品や食品の安全規制を設けることが、より難しくなることが懸念される。
(対象分野) 越境サービス
アメリカやシンガポールなどは、営利企業病院が当たり前の国である。日本では医療法で、原則として営利企業病院は禁止されている。厚生労働省は、「(営利企業の)剰余金配当については、非営利性を損なうものであり適当ではない」との見解である。営利企業は、出資者に対する剰余金の配当を最優先するため、コスト削減による医療の安全の低下、不採算の部門や地域からの撤退、患者の所得額による選別といったことが懸念されるからである。
『TPP協定交渉の分野別状況』では、「越境サービス」分野の交渉において、WTOのGATSにはない「ネガティブ・リスト方式」と「ラチェット条項」も含めて、「核となる要素のほとんどについて合意」したとしている。ネガティブ・リスト方式とは、例えば「自由化しない」と明記しない限り、自動的に自由化されてしまう方式である。この方式に従えば、営利企業病院の禁止をTPP協定において明記することを各参加国が合意しない限り、日本においても営利企業病院・診療所が解禁されてしまうことになる。
アメリカ通商代表部の『外国貿易障壁報告書』(2011年度)は、「サービス障壁」のひとつとして、「医療サービス」を取り上げ、「厳格な規制によって、外国事業者を含む営利企業が包括的サービスを行う営利病院を提供する可能性等、医療サービス市場への外国アクセスが制限されている」と主張した。TPP協定に参加すれば、日本の法律で規制した営利企業病院の参入禁止が、サービス貿易の障壁として、撤廃される可能性がある。医療の非営利性を守ることが危うくなる。韓国では営利企業病院を、全国に存在する経済自由区域に限って認めた。日本でも、政府が計画している「国際戦略特区」において、韓国と同様に営利企業病院が認可される危険がある。
(対象分野) 越境サービス
『TPP協定交渉の分野別状況』では、医療従事者の免許や資格の相互承認制に関しても、
現在のところ直接には議論されていないという。免許や資格の相互承認制が合意すれば、日本政府は、他の加盟国で認定された資格者について、自国と同じように働けるよう門戸開放を促されることになる。加盟国の医師、看護師等の医療従事者の養成内容には違いがあり、コミュニケーション能力を重視される医療現場での言葉の問題もある。日本の医療水準が維持できるかどうか不透明である。他方、日本の医師、看護師等が外国に出て行くことも考えられる。医師、看護師不足による地域医療の危機に拍車がかかる可能性がある。
(対象分野) 投資
『TPP協定交渉の分野別状況』では、ISD条項について、「健康や環境の保護など公共の利益のために規制を行う権利を保護する規定についても議論」されているとしているが、医療政策がその対象外とされる可能性もあり、医療制度・ルールの規制緩和・撤廃が強化されることが懸念される。
(対象分野) 金融サービス
『TPP協定交渉の分野別状況』では、ISD条項の「適用等について議論されている」としている。TPP協定参加によって、日本政府が民間医療保険の市場拡大を促されることが懸念される。
現在、日本政府は、先進医療など保険外併用療養費制度の範囲を拡大する一方で、公的医療保険財政を抑えるため、政府の諸会議において、カゼなどを「軽い」病気だとして現在の3割負担から7割負担に引き上げることや、少額の医療費は全額自己負担にする、医薬品の保険給付に上限を設けて超過分は自己負担とする、一部の医薬品は医療保険から外すことなどを議論している。
これと並行して、民間医療保険の市場拡大もねらわれている。公的医療保険制度の特徴のひとつである治療・検査・手術・医薬品などを患者に直接提供する現物給付であるが、金融庁は6月、現物給付に限りなく近い方法で医療を保険契約者に直接提供できる生命保険商品を認める報告書を取りまとめた。
これらは現在、TPPとは関係なく議論されているが、TPPに参加して医薬品価格が高止まり・高騰するならば、公的医療保険財政を抑制するために、こうした公的医療保険の土台を崩す民間医療保険の拡大や、給付範囲の縮小が一気に進む危険性がある。形式的に全ての国民が公的医療保険に入るという意味で国民皆保険のシステムが残っても、実質的に機能しなくなる危険性が高い。国民にとって経済格差が医療格差となる社会になっていくことが危惧される。
(対象分野) 金融サービス
『TPP協定交渉の分野別状況』では、「保険サービスについて民間との対等な競争条件の確保を念頭に議論が行われているとの情報がある」としている。アメリカ通商代表部の『外国貿易障壁報告書』(2011年)では、「共済―組合によって運営される保険事業、共済は日本の保険市場で実に大きなシェアを占めている・・・・・・アメリカ政府は、共済が金融庁の監視の下に置かれるとともに、平等な競争が確保されている民営の保険業と、同じ規制基準と監督に従うべきだ」として、共済にも保険会社と同様のルールや税制を適用すべきだと要求している。日本の社会に根付いている相互扶助の共済を、アメリカの保険会社にとっての障害だとしており、日本政府が共済の株式会社化と市場開放を促されることが懸念される。
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