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小児がん医療から見える 皆保険むしばむ高薬価
―名古屋大学名誉教授 小島勢二氏インタビュー―

全国保険医新聞2016年5月25日号より)

 

 長年小児がんの研究・治療に携わってきた小島勢二氏は、高薬価が医療費を圧迫し、皆保険制度を崩壊させかねないと現政権の医療政策に警鐘を鳴らす。保団連も、新薬創出加算などがもたらす高薬価構造の転換を求めてきた。安倍政権が批准しようとするTPPでは、製薬企業が薬価の決定過程に介入し、薬価が高止まりすると懸念されている。また、政府は医療を成長戦略の中に位置づけており、大手製薬企業優遇の方向性だ。

こじま・せいじ 1976年に名古屋大学医学部を卒業。静岡県立こども病院、名古屋第一赤十字病院を経て、99年に名古屋大学小児科の教授に就任、本年3月に同大学を退官。在任中、造血幹細胞移植の合併症の治療法としてウイルス特異的細胞障害性T細胞や骨髄間葉系幹細胞の開発をおこなった。また、次世代シークエンサーによる網羅的遺伝子解析でいくつかの疾患において新規原因遺伝子を発見したほか、その臨床応用をすすめている。

 長年にわたり小児がんの研究・治療に携わってきた小島勢二氏はこの間、高薬価、国民皆保険の今後に強い危惧を抱いている。「がんの子どもたちに良い治療を」と願う小島氏に話を聞いた。(文責・編集部)

最大の障害は医療費

 がん対策推進基本計画(2012年6月)で、新たに小児がんが重点課題に位置づけられ、拠点病院を中心に診療体制の構築・整備が進められました。
 名古屋大学病院は、全国に15ある小児がん拠点病院に、第1位の総合評価で選ばれました。基礎研究およびその成果を臨床に橋渡しする研究グループと診療グループとが両輪となった医療チームを形成して小児がんに取り組んできたことが評価されたと考えています。
 小児がんで最も患者数が多い急性リンパ性白血病に関しては、次世代シークエンサーを用いた微少残存白血病細胞の検出や、キメラ抗原受容体遺伝子導入T細胞療法(CAR−T療法)を用いて、抗がん剤に耐性となった患児の治療法を開発しています。
 ただ、こうした研究が今後も続けられるか、たいへん危惧しています。国の研究費の配分方法が、患者さんの役にたつかではなく、「産業化に結びつくかどうか」の基準で判断されるようになったからです。このような動きには疑問を感じています。
 私たちは、がんの子どもたちに少しでも良い治療をと思っていますが、最大の障害は医療費かもしれません。
 大手の外資系製薬企業であるノバルティスが、CAR−T療法の治験を日本で開始していますが、予定される薬価は5000万円を超えると言われています。アカデミアが自分の患者さんの治療用に開発すれば安く済むのですが、企業が薬として販売するとなると途端に高額になります。これだけ高額になると現在の医療保険制度は維持できるのでしょうか。
 米国でも製薬会社がエイズ治療薬をいきなり55倍に値上げした例があり、社会問題となっています。

皆保険を捨てるのか

 新薬が保険で使用できるのは良いのですが、今までには考えられないほど高額な薬が認可されています。これは大変な問題で、日本の医療の崩壊につながりかねません。
 特に心配しているのは、最近認可された肺がん治療薬です。この新薬の年間薬剤費は1人当たり3500万円です。この薬が適応となる肺がん患者は5万人で、この薬だけで年間1兆7500億円の医療費が必要です。ほかのがんへの適応拡大も予定されています。話題のC型肝炎の治療薬をはじめ、同様のことが一部の診療科のみではなく、さまざまな分野で起きています。
 日本の医療費が増えているのは高齢者が増えたからとよく言われますが、それ以上に高額な新薬が認可され、それが医療費を引き上げているのが真実と思われます。こんな高い薬を保険で認めるということは、国はもう国民皆保険に見切りをつけ混合診療を解禁するつもりなのでしょうか。
 投資家が出資した研究費で大手製薬会社が薬剤を開発・販売する米国型の医療には、欧州のアカデミアは危機感をもっています。欧州の大学では住民から寄付金というかたちで研究費を自ら集め、自分の患者のために新規医療を開発して、安価に提供しています。わが国にもこのような仕組みが必要です。
現政権の方針は、医療を成長戦略の柱として、企業をいかに盛り立てるかという視点ですが、欧州など世界各国ではそのような流れは決して主流ではありません。日本は国民皆保険を捨て、米国のように民間保険への道を進もうとしているように思われ、とても危惧しています。実際、日本郵政がアフラックと業務提携し、郵便局でのがん保険の販売をめざしています。わが国の小児がん分野でのさまざまな活動を通じてアフラックの知名度が浸透していることを考えると、企業の戦略に薄ら寒いものを感じます。

以上