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データヘルス事業とは何か @
―健康格差の拡大を懸念―

全国保険医新聞2016年6月15日号より)

 

 近年の国の医療政策の特徴として「健康増進」策と結びつけた営利産業化がある。その一つであるデータヘルス事業では、特定健診・保健指導などによる健康の保持増進を進めて医療費を抑制し、合わせて健康寿命延伸産業(以下健康産業)を創出することを打ち出している。被保険者の健康増進や重症化予防のサポートは保険者の重要な役割であるが、その方法や行きすぎた対策による問題が懸念される。かかりつけ医や産業医として関わりが求められる当該事業について、その現状をふまえ、課題をさぐる。

「データヘルス計画」とは

データヘルス事業とは

 2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」で、国民の「健康寿命の延伸」がかかげられ、@個人・保険者・企業の意識・動議付けを高めることと、A公的保険に依存しない新たな「健康産業」の創出、の両輪で取り組むことを打ち出し、保険者はデータヘルス計画の策定とそのための事業の実施を行うこととなった。
 データヘルス事業は、これまで保険者が取り組んできた被保険者の健康管理事業を深化させるとの位置づけで、保険者が加入者のレセプトと特定健診結果を照らし合わせ、データを分析して健康支援を行い、同時に医療費抑制を図ることを目指すものだ。健康産業創出のために、データの抽出・分析や事業実施等を民間事業者に委託して行うことを推奨する点が特徴といえる。 
 被用者保険や市町村国保、後期高齢者広域連合などほとんどの保険者が15年度中に計画づくりを終え、順次データヘルス事業を進めている。厚労省が試行期間と位置づける第1期の計画期間は、15年度から17年度だ。第3期特定健診実施計画に合わせて設定される第2期(18年度〜23年)に本格的に実施する予定だ。

「データヘルスケア事業」の主な取り組み

2008年 高齢者医療確保法
特定健診・特定保健指導実施
医療費適正化を法文上規定

2009年 レセプト請求の電子化、特定健診等結果のデータベース化。健診項目統一、様式等統一でデータに基づく保健事業の環境が整う

2013年6月 「日本再興戦略」保険者にデータヘルス計画の策定・事業の実施等を求める

2015年12月24日 「経済・財政再生アクションプログラム」(経済財政諮問会議)
民間事業者も活用した保険者によるデータヘルスの取組を進めることを盛り込む

事業の主な取り組み

 「データヘルス計画作成の手引き」(厚労省)などによると、具体的な取り組みは、費用対効果の観点も考慮し、▽加入者に自らの生活習慣等の問題点を発見させ改善を促すための取り組み(健診結果や生活習慣等の自己管理ができるツール提供等)▽発症予防のための特定保健指導等と重症化予防の取り組み▽健康・医療情報を活用した取り組み―とされている。集団全体に働きかけて全体のリスクの低下を図るポピュレーションアプローチと、より高い危険度の者に働きかけるハイリスクアプローチの両面からなる保健事業を効果的・効率的に展開するとされている。
保険者に義務付けられている特定健診・保健指導を中心にさまざまな取り組みを取り入れて行われるもようだ。高齢者(75歳以上)に対しては、保健事業は努力義務のため、厚労省は高齢者向けの保健事業を実施できるよう17年度中にガイドラインを設定し、モデル事業を実施の上で18年度から全国展開を目指す方針だ。

医療費適正化計画と組み合わせた取り組み

 第3期医療費適正化計画(18年〜23年度)では、外来の一人当たり医療費の地域差の削減を目指し、その取り組みとして、民間事業者を活用したデータヘルスの推進、ヘルスケアポイン等を活用したインセンティブ対策の強化、糖尿病重症化予防の推進等を進める方針である。

個人へのインセンティブ

2つのインセンティブを活用

 15年に成立した医療保険制度改革関連法では、予防・健康事業などの保健事業の推進を図るため、2つのインセンティブを活用することが決められている。
 第一に保険者へのインセンティブである。各保険者の後期高齢者医療制度への支援金を加減算する仕組みについて、現行では特定健診・特定保健指導等の実施率のみが指標となっている。これを、18年度から年齢構成や地域差等に違いのある保険者種別ごとに新たなインセンティブの仕組みに見直す方針だ。
 特定健診等以外に、後発医薬品の使用割合や糖尿病などの重症化予防の取り組みの実施状況など6つの共通指標に基づいて保険者種別によってインセンティブ制度を設ける。健保組合と共済組合は現行制度と同じ支援金を加減算する。国保は「保険者努力支援制度」を創設し、16年度から特別調整交付金を増減させる。協会けんぽは都道府県別の保険料に反映させる。
 第二に、被保険者個人へのインセンティブで、予防や健康づくりの個人の取り組みを評価するヘルスケアポイントの付与などを行う。
現在、1割程度の保険者で実施されているが、厚労省は全国に普及するため「ガイドライン」を4月にまとめた。公的医療保険制度の趣旨から、個人の保険料(率・額)を変更することはできないことを明示したが、一方で給与支払いと同時にポイント付与することを「保険料への支援」と呼称することを妨げていない。また、一部の保険者で、一定期間医療機関を受診しなかった場合などに行われている現金支給については慎重に考えることが必要としたが、法令上の問題はないので禁止はできないとしている。実態として財務省が提案しているような保険料の増減が行われることになる。
 また、給与等の削減など個人に不利益を課すディスインセンティブ方式は避けるべきとしながら、その方式を取り入れた企業を先進事例として紹介しており、ガイドラインの方針と矛盾していると言わざるを得ない。

受診抑制の抜本解決にならず

 保団連、協会・医会の受診実態調査や学校歯科健診調査にも現れているように、払いきれない国保料や度重なる患者負担増と非正規雇用の拡大などにより、経済的な理由で医療機関への受診すら控える人が増加し、経済的格差が健康格差につながる事態が進行している。
 こうした事への抜本解決策を抜きにした「健康増進」策は、健康格差のいっそうの拡大につながる危険性をもっている。

以上