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【寄稿】科学者の責任問われる 医療技術も軍事利用

全国保険医新聞2017年2月25日号より)
(公財)先端医療振興財団臨床研究情報センター長・京都大学名誉教授
福島 雅典氏

 2015年に防衛省が大学・研究機関での軍事技術の基礎となる研究開発を促進するため「安全保障技術研究推進制度」を創設。同制度の17年予算は、15年の18倍となる110億円に増額された。「軍事目的のための科学研究を行わない」としている日本学術会議の声明見直しと軍学共同研究解禁の動きに対し、大学人・研究者から批判の声が相次いでいる。先端医療で医療イノベーション創出の事業に深く関わる福島雅典氏は、われわれ一人一人に科学者としての責任が問われると述べる。同氏に軍民両用研究の現状、科学者の使命と責任について寄稿してもらった。

公財)先端医療振興財団臨床研究情報センター長・京都大学名誉教授
福島 雅典氏
 30年にわたり、がんの内科医としてがんの標準治療の実践とその普及に努めるとともに、わが国の医療の民主化、薬害防止のための科学の確立・普及と実践、医療の科学的基盤の構築整備ならびに臨床科学の確立と普及に貢献し、現在もその活動に尽力。日本医療研究開発機構(AMED)の革新的医療技術創出拠点プロジェクト・サポート機関代表としてARO構築とネットワーク形成支援に力を注いでいる。

 私たちは人類未曽有の科学・技術の革命期に生きています。医学・医療からみるとこれらのテクノロジーすべてが統合されて、人が人を超える、機械が人を超えるそんな時代に入ると予測します。
 政府は2013年にまとめた「日本再興戦略」の中で、健康寿命延伸を一つの柱と位置づけ、その実現のために日本版NIH、日本医療研究開発機構(AMED) を創設し、15年4月より稼働しました。
 AMED の医療イノベーション創出事業は、基礎研究の成果を臨床に応用、実用化するもの。具体的には新しい医薬品、医療機器を開発して患者さんの元に届ける国の事業です。言い換えれば、イノベーションによって、活力ある健康長寿社会を実現しようとするものです。
 これらのアカデミアの潜在的開発能力は薬事承認ないし認証を10年間で23件達成、難病克服プロジェクトは4年たらずの間で3件承認をとるスピードで、今や製薬・医療機器メーカーを凌駕しています。
 昨年2月10日に厚労省から発表された先駆け審査指定5品目は厚労省の認めた画期的製品であり、すべてアカデミア発です。驚異的な再生医療製品が今年中に承認されると予想されます。脊髄損傷で寝たきりになる人は激減するでしょう。

軍事利用可能な医療技術

ロボットスーツ
HAL

承認済、
市販

胎児心電図

承認
申請中

マラリア
ワクチン

治験中

鼓膜再生

承認申請
準備中

神経再生

承認申請
準備中

 革命的イノベーションのうち、軍事利用可能技術あるいは重要な軍需物資となるものをご紹介します(表)。


ロボットスーツの技術は軍事利用可能

 既に市販されているもので有名なのはロボットスーツ HAL(Hybrid Assistive Limb)です。HALは、難病中の難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)をはじめとする神経変性疾患の患者さんの運動機能回復に著しい効果があります。筑波大学の山海嘉之教授の発明であり、神経科学の革命です。
 HALを健常人に適用した場合、超人的な運動能力を発揮し、装着すれば鉄道レールさえ持ち上げることが可能になります。この技術を支えるサイバニクス理論はサイボーグ開発の根幹であり、軍事利用可能な理論、技術です。


胎児心電図で潜水艦のシグナル解析

 胎児心電図は東北大学の木村芳孝教授が発明した胎児の心電図計測システムです。胎児の心電図をとることはずっと不可能とされてきた技術です。母体の心電図、腹壁の筋電図、胎児の運動による電位変化など著しいノイズの中から特定の微弱な信号をとり出すことが必要です。潜水艦、ミサイル、戦闘機等のシグナルを妨害電波等のノイズから取り出す基本理論と解析技術を含むもので軍事転用が可能となります。
 これらはもともと純粋な民生用、医療技術であり開発者にはまったく軍民両用という意識はありませんでした。

歴史から学ばぬ者に未来はない

軍事関係の特許は非公開

 ロボットスーツHALや胎児心電図などのそれぞれの基本特許はすでに公開されており、また各国で成立しています。すべての特許は公開、これは日本の常識です。ところが別の世界があるのです。
 米国特許庁はすべての出願に対して国家安全保障の観点からスクリーニングします。秘密命令が出された出願は、公開されません。ちなみに日本は1948年に秘密特許制度は廃止していますが、日米間には防衛特許協定があり、技術が米国から提供された時、かかる特許は秘密保持しなければなりません。
 しかしながら、科学には元来、国境はありません。科学の世界に国境を作ってはなりません。純粋に民生用として開発された技術の中には即軍事利用可能なものも多く、したがって研究者は自分自身の発見・発明の技術的意味を考え抜く責任があります。
 米国国立保健研究所(NIH)が最近、大問題となった医学研究を報告しています(※1)
 ワクチン開発を軍事研究という人はいませんが、将来必要になるであろう鳥インフルエンザワクチンを作るための猛毒ウイルスの研究結果に関する東京大学の河岡義裕教授の論文は出版すべきではないのではないか、という議論がありました。

科学と技術の関係

 科学によって技術が生まれ、技術によって次の科学が生まれる関係にありますが、本来両者は分けて考えねばなりません。
 森羅万象ものごとのあるがままを究める。これが科学です。例えばアインシュタインの相対性理論から導かれる物質とエネルギーの等価式「E=mc2」、これが科学であり、それ自体に善も悪もありません。一方「かく為したい」、これは技術です。
 原爆はその理論から生まれた技術です。厄介なことに、その時は良かれと思った技術であっても、後々には人々にとり返しのつかない災厄を引き起こすことがあります。このことを人々はよくよく知らねばなりません。人間の智慧は未熟なのです。

安全保障のジレンマ

  最近、山口県岩国基地に配備されたF35は制空戦闘機の最先端、第五世代戦闘機です。無人偵察機グローバルホークは青森県三沢基地への配備が決まっています。一方でわが国は、国産の対潜哨戒機P1 の輸出交渉中です。このようなより高機能の強力な防衛装備の開発・配備は果てしない軍拡競争を招きます。これが安全保障のジレンマです。

アインシュタインの苦悩を思う

 アインシュタインはルーズベルト米大統領に原爆をナチスに先んじて開発すべきであると進言しました。
 終戦直後、アインシュタインは、「私たちがこの兵器をアメリカとイギリス国民に届けたのは、彼らに全人類の受託者という役割、平和と自由の戦士としての役割を任せたからです」「戦争には勝ちました。だが、平和は勝ち得ていません」と述べています。すべての科学者は彼の苦悩に思いを致すべきではないでしょうか。
 今、われわれ一人一人に、科学者としての責任が問われています。科学者の責任はただ時代の要請に応えることだけでしょうか。ラッセル・アインシュタイン宣言(※2)は科学者としての良心、誓いであります。
 戦後間もない 1948 年2 月の世界科学労働者連盟科学者憲章には、科学者の世界に対する責任が明記されています。
 今、私たちはラッセル・アインシュタイン宣言、科学者憲章そして何よりも日本学術会議の「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の声明」、「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を再確認すべきと考えています。
 歴史から学ばぬ者に未来はありません。過去を記憶できない者は、過去を繰り返すよう運命付けられています。すべての科学者はその使命と責任に目覚めねばなりません。

本稿は2017年2月4日に開催された日本学術会議の安全保障と学術に関するフォーラムで行った講演のダイジェストである。

「私たちの前には、もし私たちがそれを選ぶならば、幸福と知識の絶えまない進歩がある。私たちの争いを忘れることができぬからといって、そのかわりに、私たちは死を選ぶのであろうか?私たちは、人類として、人類に向かって訴える――あなたがたの人間性を心に止め、そしてその他のことを忘れよ、と。もしそれができるならば、道は新しい楽園へむかってひらけている。もしできないならば、あなたがたのまえには全面的な死の危険が横たわっている」
「およそ将来の世界戦争においてはかならず核兵器が使用されるであろうし、そしてそのような兵器が人類の存続をおびやかしているという事実からみて、私たちは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されないことを自覚し、このことを公然とみとめるよう勧告する。したがってまた、私たちは彼らに、彼らのあいだのあらゆる紛争問題の解決のための平和的な手段をみいだすよう勧告する」(決議)

ラッセル・アイシュタイン宣言(1955)より

※1 https://www.nih.gov/news-events/news-releases/press-statement-nsabb-review-h5n1-research
※2ラッセル・アインシュタイン宣言 バートランド・ラッセル、アルバート・アインシュタイン他、湯川秀樹ら著名な科学者11人が署名し、1955年に発表された宣言。核戦争による人類絶滅の危険性と、戦争以外の手段による国際紛争解決を訴え、世界の科学者の討議を呼び掛けた。

以上