ホームニュースリリース・保団連の活動医療ニュース 目次

 

時代遅れの経済成長教
―内閣府大臣官房審議官など歴任のエコノミスト
法政大学教授 水野和夫氏に聞く―

全国保険医新聞2017年8月5・15日号より)

 

 米国で不法移民の国外追放などを訴えたトランプ大統領が誕生し、イギリスはEU離脱を選択した。欧州では「イスラム国」によるテロが相次ぐ――近年、先進国が大きな変化に直面している。ベストセラー『資本主義の終焉と歴史の危機』(2014年)の著者で法政大学教授の水野和夫氏は「資本主義の限界の現れ。経済成長一本槍のアベノミクスも時代遅れ」と指摘する。激変する国際社会のゆくえから日本経済の評価まで、多角的に聞いた。

 

みずの・かずお
 法政大学教授。三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経 済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)な どを歴任。主な著作に『資本主義の終焉と歴史の危機』 (集英社新書)、『終わりなき危機 君はグローバリゼー ションの真実を見たか』(日本経済新聞出版社)など。

―反グローバリズムのような動きやテロの横行など、先進国に起こる変化をどのように考えるべきでしょう。

 資本主義が進めてきたなりふりかまわぬ富の「蒐集」への反動でしょう。
 1970〜80年代から米国や西欧諸国などの先進国では経済成長の行き詰まりに直面してきました。これを打開しようとグローバル資本は生産コスト節約のために低賃金の移民労働者の受け入れや生産拠点の海外移転を進め、税負担を軽減しようと福祉を削減させたりしてきました。
 その結果、これまで豊かさを享受してきた先進国で貧富の格差が拡大しました。『21世紀の資本』で富裕層と一般国民との格差拡大を数値で見せたトマ・ピケティの言葉を借りれば、グローバル企業の経営者が「レジに手を突っ込んでいる」ような状態です。
 グローバル化にうんざりしているのは先進国共通です。自国の社会や市場を国民の手に取り戻せという声が大きな潮流となって現れたのが「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプ大統領であり、イギリスのEU離脱の国民投票だったのです。
 また対外的には資本は大規模災害や政治的混乱に乗じて他国の政府や市場、資源を略奪する「ショック・ドクトリン」と呼ばれる手法で収奪を強めてきました。過剰な富の蒐集に対する怒りが顕在化したのが、01年の米国同時多発テロでした。米国・資本主義の象徴であったワールド・トレードセンターが攻撃されたわけです。そこから、イラク戦争、そして「イスラム国」の誕生へと一直線でした。

 

―「資本主義の終焉」が近づいた症状ということでしょうか。

 そうです。資本主義の性質である「無限の資本増殖」が限界に達したことの現れだと思います。
 資本主義経済は常に「フロンティア」へ進出することで資本の増殖を追及し、富を蒐集するシステムですが、すでに地球全体を覆ってしまい新たな地理的膨張の余地が失われました。その結果、なりふりかまわぬ富の蒐集が起こるわけですが、資本の増殖が困難になるということは資本主義の終焉を意味します。

 

―こうした時代の中、アベノミクスの方向性をどう評価しますか。

 相変わらずの経済成長一本槍、時代遅れです。
 先進国ではかつて経済成長が生活水準を改善し統治を安定させてきたため、経済成長が全てを解決するという「成長教」崇拝に陥っているようです。「骨太の方針」でも成長戦略として、IoT、ビッグデータの活用、AI(人工知能)の活用などが「第四次産業革命」と叫ばれていますが、「成長教」の信奉者が最後にすがるのが技術革新です。いわばイノベーションへの神頼みのようなものです。
 ゼロ成長とは経済がこれ以上拡大する必要のない成熟した段階に達した印でもあるのです。資本利潤率の近似値である国債の長期金利がゼロに達したのは、貪欲に蒐集を続けるのではなく人間としての生きかたを考えろというメッセージです。

 

政治の優位取り戻し経済放任を終わりに

―日本経済のとるべき方向性とは。

 経済成長する必要がないのであれば企業は生産規模を拡大する必要がなくなり、溜め込まれた剰余の使い道が変わってきます。大企業の内部留保の半分は働く人からいわばかすめ取ったもの。大企業、富裕層への課税を強化し、これまでの経済政策で拡大した格差を是正する施策をとるべきです。
 格差拡大によっていまや1人親家庭の子どもの50%以上が貧困に陥るなど、弱者にしわ寄せがいき格差が再生産されています。生まれた国や身分に関わらず全ての人が平等にチャンスを与えられるという近代社会の前提さえも失われているのが現状です。
 ゼロ成長の「定常状態」こそ、人と人との交流や芸術、学問の探求など真に人間的な価値を追及できる社会を作っていくきっかけとなるはずです。「成長教」にとらわれた主流派経済学も政府も、人間をただ「労働力」としてのみ捉え労働力の確保のための「一億総活躍社会」や「働き方改革」を叫ぶばかりです。

 

―新著『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』では近隣地域で作る経済圏で定常状態を実現することが提案されています。

集英社新書・税別 780円

 これまでの米国を盟主とするグローバル資本主義は「より遠く、より速く、より合理的に」を理念として世界中から富の蒐集に駆られていました。地理的な限定を持たない「世界帝国」です。この米国型の経済圏から距離をとった秩序を模索する必要があります。
 EU型の経済圏にヒントがあると考えています。現在のEUにもドイツやフランスがイタリアやスペインから収奪するという経済的不平等の構図があり課題はありますが、EUでは近隣の地域内で生産と雇用が配分され、富の循環が生まれます。EU型経済圏いわば「閉じた帝国、地域帝国」に定常状態を探っていく可能性があると考えます。
 荒唐無稽に聞こえるかも知れませんが、実際に世界は今、閉じていくプロセスの渦中にあると思います。イギリスのEU離脱もその一端です。中国の「一帯一路」やロシアの「ユーラシア経済連合」も同様でしょう。トランプ大統領の出現は米国でさえ閉じていかざるを得ない状況の現れです。

 

―今議論されている米国抜きのTPPや日欧EPAなどはどうでしょう。

 日本政府が今進めている貿易協定は「より遠く」へ出かけていき富を蒐集しようという旧来型のものです。
 TPPは米国が抜けてもカナダやメキシコなども入っている環太平洋でのもの。ヒト、モノの移動コストもかさみます。日欧EPAやTiSAも同様に遠すぎる。私は欧州とは貿易より理念や価値観での同盟関係を築いていくべきと考えます。
 理想は地理的に近い日中韓に南シナ海域の諸国(ASEANプラス3)との政治、経済両面での連携だと思います。
 日本と中韓とは尖閣・竹島の問題、さらには歴史問題などさまざまな課題を抱えていますが、早期に解決しようとあせらず、じっくり取り組むべきです。地域帝国の標語は「より近く、よりゆっくり、より寛容に」です。ドイツもフランスと何度も戦争していますが、歴史に向き合い今は関係を改善している。

 

―最後に、単なる経済連携ではなく「帝国」を強調するのはなぜでしょう。

 「帝国」という言葉はただ貿易上の付き合いというだけではなく、中心国が周辺国に政治的に影響力を行使する意味合いを含んでいます。しかしもちろん他国を支配したり、収奪の構造を作るべきだというわけではありません。大切なのは一国を超えて責任を持つ体制です。
 資本主義システムの中では、世界の公共性に責任をもつ主体がいません。グローバル資本に振り回され、経済や財政が破綻してもその国だけの問題として片付けられてしまう。経済放任にブレーキをかけ、地域の人々の暮らしに責任を持つ主体の構築が必要です。
 経済に対して政治の優位を取り戻す必要があります。すでにグローバル化が進んだ現状で、一国では難しい。近隣国の政府が「ゆっくり、寛容に」対話を重ね、人や地域に責任を持てるエリア=地域帝国の創出に動き出さなければなりません。

以上