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小児がん最新医療の現場から
― 皆保険蝕む高薬価 @ GVHD治療薬の場合 ―

名古屋大学名誉教授 小島勢二
全国保険医新聞2018年6月15日号より)

 

 

ブラックボックス

こじま・せいじ
 1999年に名古屋大学小児科教授に就任、2016年3月に同大学を退官。愛知協会会員

 薬価の高騰が止まらない。今後、再生医療や遺伝子治療などの先進医が実臨床の場に登場するとさらなる医療費の高騰は避けられないものと思われる。いまやわが国の皆保険制度を維持するにあたって、最大の懸念材料は薬価の高騰である。
 わが国では薬価の算定にあたっては、比較する薬剤がない場合には原価計算方式で算定される。原価計算方式では、製品総原価に営業利益などを積み上げて薬価が算定されるが、製品原価は“企業の言い値”どおりでブラックスボックスであるという声も聞こえる。

 

アカデミアの製造原価

 一昨年、造血幹細胞移植後にみられる急性移植片対宿主病(GVHD)の治療薬として骨髄間葉系幹細胞(MSC)が、世界に先駆けて薬事承認を受け発売された。
 名古屋大学では、これまで、厚労省や院内倫理委員会の承認を得て、自施設でドナー由来の骨髄MSCを培養し、急性GVHDの治療に用いてきた。原価計算方式で算定された新薬の、アカデミアにおける製造原価を知りうる稀有な立場にある。
 JCRファーマ社が米国のオサイリス社から技術導入して発売したMSC製剤(テムセル)の薬価は1パック86万8,680円で、成人では標準的用法に16パックを必要とすることから、その治療に都合1400万円を必要とする。
 一方、名古屋大学で一人分の治療に必要なMSCの製造原価は、試薬・消耗品代の総額が16万5,000円、その他、無菌試験・ウイルス検査など製剤の安全性の確認にかかる費用が14万5,000円である。補足として、血小板採取に必要なアフェレーシスキットや無菌室に入室する場合に必要な更衣一式、無菌室の環境検査に必要な細菌培地等の諸々の費用が23万3,000円で、これらを含めた総額は54万3,000円である。

 

日本の特異な状況

 ところで、MSCの製造はそれほど困難なのであろうか。
 昨年訪問した中国の病院では、現在はアカデミアが製造したMSCを無料で入手しているが、2年ほど前までは、中国の企業が製造したMSCを2000元(35万円)で購入していたとのことである。ブラジルの移植施設は、難治性GVHDの治療に用いるレミケードなどの抗体製剤と比較して、自施設で製造するMSC製剤は安価に製造できるので、発展途上国におけるGVHDの治療には適していると報告している。
 不思議なことに、わが国では院内で製造したMSCをGVHDの治療に用いた経験のある移植施設は名古屋大学を除いてはほとんどみられない。
 オサイリス社のMSC製剤は、米国で難治性急性GVHDの260例を対象に無作為割り付け試験をおこなったが、偽薬群と比較して有効率において優位性を示すことができなかったことから、薬事承認を得ることができなかった。どうして、アカデミアで供給する製剤と比較してオサイリス社の製剤は臨床効果が劣るのか検討した科学論文も出版されている。
 欧州では、MSC製剤を、アカデミアが製造供給しており、この分野への企業の参画はみられない。日本の特異な状況が浮かび上がる。(3回連載)

以上